第60話 一回戦第四試合
実況の指示と共に、マーシャルが旗を掲げて中央に歩み出る。
《ケビン、君はあの戦いを経験し、多くのことを学び、吸収した。 私は貴方なら出来ると確信しています。 自信をもって槍を握りなさい》
「はい!」
緊張で固まりそうだった両手で操縦桿を握り直し、両足でスロットルペダルの感触を確かめる。
『第四試合、はじめ‼』
マーシャルが旗を振り下ろし、両機はほぼ同時にスタートした。
リュネットとしてはクロックワークに若干のもたつきがあるだろうと予想していたが、そんなことにはならなかった。
ケビンの機士としての腕はこの短期間において殆ど衰えておらず、むしろ一度試合を経験した分、操縦に硬さがなくなっている。
「エンジン出力60%」
ディーゼルエンジンをメインに使うとしても、修繕したばかりでいきなりの最大出力は懸念が残る。
ケビンとエンジン両方の慣らしを兼ねる意味合いもあり、まずは半分程度の力で突進を開始する。
対して、オーメンの駆るゴーデンダックはすかさず背中に装備されていた煙幕投射機から煙幕弾をクロックワークのレーンに投射する。
クロックワークの直線上の全てが白煙に包まれ、視界は完全に絶たれた。
「これがスモーク!? 思ってた以上に何も見えないし、どこまで進んでも煙が晴れないっ」
それどころか、まっすぐ進んでいるのかも分からない。 普通の機体よりもはるかに視認性が高いクロックワークでも――というより、見えすぎてしまうが故に、この白煙という装備は機士にとって対応しずらい兵装ともいえる。
しかもこの濃度では観客席からですら、機体を視認することは難しいだろう。
《フレイルの攻撃が来ます! 衝撃に備えて!》
リュネットの通信に歯を食いしばるケビン。
その直後、右側面という想定していない方向からの攻撃に機体も体も精神も揺さぶられる。
《右に少し流れています。 左に四度修正してください》
「了解!」
即座にリュネットから指示が出る。
観客席、管制席からクロックワークの機体は確かに見えない。 しかし、見えないのはクロックワークだけで、ゴーデンダックは見えているのだ。
そして、フレイルの打突による煙幕の流れ、僅かに散る火花からリュネットがおおよその位置を掴む。
《射突用意!》
「ディサイドレバー、セット!」
ケビンは右手を操縦桿から右壁に備わったディサイドレバーへと握り直し、一気に後ろまで引き込む。
クロックワークはそれに連動して突撃槍を構え、腕ごと後ろに引き絞る。
回生エネルギーのチャージは、エンジン出力と同じ60%溜まっている。
《射突まで、2,1――今!》
「……っ!」
視界不良の中、ケビンはレバーを前方に叩きつける。
甲高く、そして硬質な破砕音が鳴り響き、レバー越しに衝撃が腕へと伝わる。
それと同時に一気に視界が晴れ、煙の中からクロックワークが現れた。
『観客泣かせのスモークのせいで全く見えねぇ! それでも轟く打撃のサウンド! ホワイトアウトした両機の間で一体どんな攻防があったのか!? おおっと! 新人の機体、クロックワークの左肩部に打撃痕を確認! どうやらあの視界ゼロの中で、フレイルは的確に命中したようだ! 大してゴーデンダッグの方はというと……おお!?』
観客たちの視線の先、ゴーデンダッグの機体には確かにクロックワークの一撃が決まっていた。
だが――。
『これはやべぇ! こっちのほうも同じ左腕に命中したようだ! だが、同じ命中でも、こっちは腕が吹っ飛んじまってるぜ!』
ゴーデンダッグの左腕は肩口から跡形もなく吹き飛んでいた。
『しかし、ポイントとしては同点だ! これが2本目にどう響いてくるのか注目だ!!』
実況の言うように、確かにポイントとしては同点だが、腕を吹き飛ばしたという印象からくるインパクトは間違いなくクロックワークが上だった。
それは会場を沸かせ、そしてケビンを困惑させた。
「……ヴェティ?」
――【いいのが入りましたね、ケビン】
「今のが、60%だって?」
レバー越しに感じた手ごたえ、与えた衝撃は、とても加減をしたようには思えなかった。 だがそれでも、相手の機体に大きなダメージを与えたのだ。
《どうやら、キルベガンの技術者たちはこちらが想定していた以上の仕事をしていたようです》
「会長? どういうことですか?」
クロックワークスを反転させ、元のスタート地点へと戻らせながら、リュネットの返答を聞く。
《もともとその機体、クロックワークが積んでいるパワーユニットの出力上限には、かなりの余裕があったんです。 それも、普通の機体では持て余してしまうほどに。 前回の試合でも、突貫作業のせいで整備が行き届かず、そのパワーを十分に生かしきることが出来ませんでした。 まぁそれでも、ご存じの通りとてつもない力を発揮しましたが。 ですが、今回クロックワークに搭載されている右腕部は、ヘムロックが搭乗していたディノニクスから流用したものです。 全損してしまったニアヴァルムガルド――今のクロックワークの腕の代わりに、是非使ってほしいと譲られたのですが、調べてみたら、最先端の技術がふんだんに使われていました。 中でも、バッテリーを利用した新型のデプロイユニットはそこいらで用意されている物とは段違いの性能を有しています。 そのエネルギーの変換効率と回生上限は――》
《リュネット、長い。 要点をまとめろ》
説明する口調が徐々に加速していくのを遮るようにベルカが口をはさむ。
《っと、失礼しました。 つまりは――機体に見合ったいい右腕が付いたということです》
「な、なるほど……」
つまり、持て余していたパワーの有効利用に最適の腕がヘムロックから届いたというわけだ。
「にしても、他の機体と同じように副兵装を左腕に装備してくれていたら楽になったんですが……」
煙幕投射機はゴーデンダッグの背部にマウントされている。 手ぶらだった左腕を吹き飛ばしたところで、大きなアドバンテージにはならないだろうとケビンは苦笑する。
《それでも、左腕の重量が無くなった分、バランス調整に意識を向けざるを得ないでしょう。 それは二本目で幾分なり有利に働くはずです》
《だとしても、今のでかなり警戒したはずだ》
リュネットに続くベルカの言う通り、今の一撃は確実に機士であるオーメンを警戒させるはず。
ただ、有利になったからと言って、手を抜けるような相手ではない。
むしろこういう時にこそ、ここをホームとしている機士たちは力を発揮するだろう。
《そうですね、今の攻防で後がないことくらいは覚悟してるはず。 きっと次でキメに来る。 こちらそのつもりで挑みましょう》
自陣に備えていた予備の突撃槍をクロックワークに握らせ、同じく替えのフレイルに持ち直したゴーデンダッグを遠目に見定めるケビン。
――【ケビン、次に視界不良となった際に、敵当該機を視認できるようにしますか?】
と、そこにヴェティから提案の音声が入る。
「……え?」
『注目の二本目! 片腕のないゴーデンダッグでクロックワークにどう立ち回るのか、オーメンの技量に注目だ!』
マーシャルが勢いよくフラッグを振り下ろした。
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