第59話 ALIAS

『さぁ、第四試合! 本来であればこの試合も実況は無しなんだが、運営に飛び切りの美女から嘆願があったため、特別に実況席から紹介させてもらおう! おおっと、きっちり出場者ご両人から許可をもらってるからご安心を! さてさて、東ゲートから搭乗するのは、このガベージダンプ常連! 縦横無尽な鉄球捌きから繰り出される攻撃は、例え重量級といえど体勢を崩すに十分すぎる一撃! これまでに幾人もの機士をバスタブの中でシェイクさせてきたのは、愛機ゴーデンダッグに跨がるこの街一番の荒くれとも名高いこの男! オーメン・ジード!!』


 会場中から歓声やら怒号だけでなく物も飛び交う。

 突然の実況付き試合となったことに、ケビンだけでなく、リュネットも管制席で目を見開いている。


「ベルキスカ嬢、先ほど姿が見えなかったのはもしかして……?」


「ああ、私が要求してきた」


「その、理由をお聞きしても?」


「理由はいくつかある。 一つは、目の肥えた人間がケビンの戦いを観察した場合、あのイグニカでの戦いと関連性を見出されてしまう可能性があるのを、あえて大々的に別人だと喧伝することで意識をそらす目的がある」


「確かに、熟練の機士ともなれば、その操縦の癖で相手を見定めることも難しくないでしょう」


 万が一、目ざとい人間にイグニカで出場したことになっているギルバートと、今大会に出ている機士のケビンに繋がりがあるようなことを悟られれば、もっとも立場が危うくなるのはギルバートだ。

 今大会に貴族であるギルバートが参戦しているのではと思われてしまう問題は何としても避けなくてはならない。 そうでなくては、何の為に機体を黒くしたのか分からなくなってしまう。 


「もう一つは、事前情報では知ることが出来ない情報も、ガベージダンプ側が把握していれば実況者が口にするかもしれない。 そこから少しでも勝ち筋につなげられる情報を拾うことが出来れば、不利な状況も好転させることが出来るかもしれないだろう」


「なるほど……現状で仕入れることが出来る情報は試合を観戦することでしか入手できていない。 であれば、僅かでも相手の情報を知ることが出来るのはかなり大きなアドバンテージとなるでしょう」


 何でもありが当たり前のガベージダンプにおいて、対戦相手の情報というのは幾らあっても足りないということはない。 それを事前に知ることが出来るというのは非常に重要だ。

 デュエルエンジニアであるリュネットとってはなおさらである。


「そして、最後に――」


「まだあったのですが?」


「正直、先の二つはそれほど心配はしていない。 だが、三つ目が最も重要だ」


「と、言いますと?」


 リュネットと通信機越しのケビンが息を飲んで続きを待つ。


「イグニカでの戦いは、あくまで父さんの代理だった。 だが、今回はケビンの本格的なデビュー戦だぞ、大した口上もなく、大々的な紹介もないままに執り行われるなんて許せるか? たとえ名を変えていたとしても、盛大に喧伝されてしかるべきだろう」


《……えぇ》


 ベルカの堂々としたのもの言いに、ケビンとリュネットはほんのわずかな時間だが、ここがコロシアムということを忘れそうになった。


「……ベルキスカ嬢、私の印象では、あなたはケビンに機士として闘って欲しくないと察していたのですが……」


「当然だ。 ケビンはあくまで時計職人。 荒事なんてもってのほかだ。 だが、それでもケビンが一大決心をして出場するというんだ。 ならば、それを全力で支え、そしてその雄姿を多くのものに見てもらうことは身内としてあたり前の配慮だろう」


「な、るほど……」


 リュネットが気圧される様に納得し、ケビンに至っては赤面して口を開くことも出来ていない。


『対して、今回が初出場となったニューカマー!

 どうしてこの荒くれどもしか出場しないこの試合に出ることになっちまったのか、訳ありの参戦者!

 今日、この日からこいつの伝説は始まるのか!? お前ら全員、後世に名前をあげるかもしれない野郎の名前を覚えておけ!!』


 東のゲートからそのリーゼ・ギアが現れると、歓声が一層大きくなる。


『漆黒の重量二脚“クロックワーク”を駆る、ウォッチメーカー‼』

 

 ――ウォッチメーカー。 その名の通り、時計職人。

 出場するにあたって必要となっていた仮の名は、ベルカのアドバイス通り、ケビンの生き方をそのまま表したようなものだ。

 そして、機体名はというと……。


《クロックワーク――ぜんまい仕掛けのとは、最新鋭のエンジンを備えた機体には皮肉な名前だとは思いますが、いいなだと思いますよ》


「ありがとうございます。 ネーミングセンスがあればもっとカッコイイ名前にしたかったんですが、まぁ、今では割と気に入ってます」


《何を言っている。 ケビンの生き様を現したいい名前じゃないか》


「ありがとう、ベルカ」


 そもそも、このウォッチメーカーはこの場限りの名前であり、身内が褒めてくれているのだから、それ以上を望む必要はない。

 


『もう今まで散々見てきたお前らに今更ルール説明はいらねぇと思うが、今日はオールド・スタンダードの三本制! より多くのポイントを取得するか、相手を行動不能にした方の勝利だ。 あとは自由、なんでもありだ! 今日の試合は第一試合から度肝を抜く展開ばかりだからな、客たちも物をぶん投げる暇がねぇってもんだ!』


 実況が続く中、ケビンはリュネットから最終確認を受ける。


《まず、パワーユニットはレストアしたばかりなので、あまり無理は出来ません。 極力エンジンは労わって使ってください》


「分かりました」


――【出力配分はこちらで制御します。 ケビンは操縦に集中してください】


「分かった。 ありがとうヴェティ」


《対戦相手の使用する煙幕弾投射機(スモークディスチャージャー)の厄介なところは、視界不良によって相手との相対距離がつかめない点です。 しかもフレイルは打ち込まれる軌道が読みにくいので、二重の意味で厄介といえます》


「はい。 ……僕は一度ここに来た時、見学がてらリーゼギアの振るうフレイルの長さを見ていますが、あの持ち手の長さと伸びる鎖の長さを考えたら、リーチを読むのは難しそうです」


 煙とフレイル。 どちらも知覚を困難とする兵装。

 経験の浅い機士が相手をするには、あまりにも酷な組み合わせである。

 兜の下で引きつるように苦笑いを浮かべるケビンに、ベルカが無線機越しに頷く。


《もしケビンに技量があるなら機体の加減速、シールドがあるなら防御と、対応する手段があっただろうが、現状はそのどちらも有していない》


《ええ、ベルキスカ嬢の言はもっとも。 ですが、そのための私です。 まず、不安材料を一つ除くとすれば、あなたの機体は重量級だ。 フレイルという武器は先端のスパイクボールに重量と遠心力を載せて打ち込む武器であり、加速の乗った際の衝撃は強力ではありますが、衝撃力で言えば突撃槍には及ばない。 だから搭乗者は兎も角、そう簡単に機体は体勢を崩さない。 不利に思えたこの組み合わせも、クロックワークに対しては有利に働くというわけです》


 実際、人間サイズのフレイルと突撃槍を比較しても、前者は鎧の上から人間にダメージを与えられるのに対し、後者はそれ以上に、鎧を着たままの人間を吹き飛ばすほどの威力を持っている。


「つまり、先制されても……」 


《突撃槍ほどのダメージは無い分、ケビンの狙いはそうそう外れないということだな》


《そういうことです。 そして、相手のスモークのせいで視界ゼロの中、相手に攻撃を当てるというのは本来なら困難を極めます。 しかし、特定部位は狙えなくとも、方向さえ定まっていれば打点は狙える。 どの道、リーチ的にも向こうの攻撃が先に当たるのですから、どっしり構えて、受けた後にしっかりと反撃が出来る様にすれば、後はそう難しいことではないはず》


「下手に外したりかわされたりするよりは、それが最善ですね。 正直、戦々恐々ですが」


《いいですか、ケビンは一度試合の経験があるから、衝撃に対しては少なからず心構えがあるでしょう。 ですが、視界ゼロという状況は、いくらガラス窓という特殊な視界の中であっても、想像している以上に強烈なストレスとなるはずです。 今から心構えだけはしておいてください》


「……了解です」


 試合開始のファンファーレが鳴り響く。

 歓声がより一層強まり、その振動はコックピットにまで届いた。


『さぁ時間だ! 両者、槍を構えろ!』

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