第58話 出撃準備
コックピットに身を収めたケビンが双発型のショットガン・スターターにショットシェルを込めて、撃発させる。
漆黒の機体が久しく眠っていたディーゼルエンジンの鼓動を高鳴らせ、その振動がケビンの体を高揚させる。
「エンジン、起動確認。 計器正常、警告ランプに異常無し。 “窓ガラス”も問題ありません」
ケビンの乗るリーゼギアは他の機体と違う。
視界確保に頭部からの映像を光学的に反射させるペリスコープを使うのではない。
外界の様子を前面、左右にはめ込まれた窓ガラス――ディスプレイで見通せるという点だ。
加えて、重要な点がもう一つ……もとい、もう一人。
《了解しました。 それでは、“同乗者”と会話が混線しないよう、無線のミュートボタンのチェックをお願いします》
リュネットに「了解」と応え、操縦桿に付いたボタンを押しながら話しかける。
「久しぶりだなヴェトロニクス」
――【はい、500時間ぶりですね、ケビン】
全ての機能が立ち上がった後でケビンが声をかければ、既に先の戦いで戦闘補助を任せていたもう一人の姿なき同乗者がそこに存在していた。
しかも、何故かケビンにしか分からない言語で話されているため、他の人間には何を言っているのか分からない。 ちなみに、この機体の各所に印字されている文字も同様だ。
今ではそのヴェトロニクスもその存在をリュネットやベルカを含めた身内連中の知るところとなっており、しかし会話が可能なのがケビンだけの為、専用のミュートボタンを備え付けたのだ。
「まさか、またこいつに乗ることになるとは思わなかったけど、今日はよろしく頼むよ」
――【了解しました。 機体性能をいかんなく発揮した最大限のサポートを行います】
「頼りにしてるよ。 それと、一つ考えたんだけど――これからは、君のことをヴェティって呼ぶことにするよ」
――【ヴェティ?】
「べトロニクスは長いし、僕らは一緒に乗ってるようなものなんだから、呼称は必要だろ?」
――【……了解しました】
「ヴェティ、今日の試合は前回とかなり違う。 あと、今回は会長が特別なレギュレーションに合わせて、シールドの代わりに秘密兵器を用意してくれた」
――【秘密兵器現在当機の背部に装備された、シートのことですか?】
「ああ、会長曰く、マント……じゃなくて、クロークらしいけど」
――【クローク……機体搬入の際に取り忘れた防塵シートではないのですね】
「……ジョークまで言えるんだな、ヴェティは」
もしかしたら本気でそう認識していたのかもしれないが、ケビンには却ってそのギャップが面白かった。
そして同時に、ヴェティが防塵シートと揶揄したリュネットの秘密兵器の事を思い出していた。
それは第三試合が終了した後、ケビンが機体に乗り込もうとした直前、カクラムのクルーたちがしきりに大きな緑の布を広げているのを目にした時だった。
「あの、会長の言う秘密兵器ですが、本当にこれが何かの役に立つんですか?」
「まぁ、他の出場者たちの副兵装に比べたら箔に欠けますが……まぁそこは、デュエルエンジニアを信用してください」
「いえ、疑ったことは一度もないですけど……」
「ありがとうございます、ケビン。 本来であれば、当初の作戦である綺麗に敗北する方法を考えていました。 ケビンは槍と盾という基本的な武装であれば経験値もあるし、複雑な操作も必要ない。 しかし、ガルドからの忠告を受け、最終目標を視野に入れた場合、さすがに無策でバーリトゥードの試合に君を挑ませるわけにもいかない。 そこで、これです」
そういって、機体を覆えるほど大きなシートを指し示すリュネット。
「……えっと、シート?」
「そこは格好よくクロークと言ってださい」
妙なこだわりがあるのか、眼鏡に光を反射させながら大真面目に語るリュネット。
そこへ、ベルカが腕を組みながらやってくる。
「リュネット、私にはこれが武装ではなく装飾品にしか見えないが、これが何の役にたつんだ?」
「ベルキスカ嬢のおっしゃることはごもっともです。 これがどう役に立つかは、勝ち上がっていけば分かります」
「普通はまず初戦を超えることを考えるんじゃないか?。 いや、そもそも勝つ必要などないんだから、防御力をあげる兵装を積むのが定石だろう」
「ベルカ、実は……」
と、ここにきてとうとうベルカに自分たちのプランが崩壊し、勝ち進まなければいけなくなったことを告げたケビンとリュネット。
「……」
ベルカはケビンからその話を聞いて、腕を組んだまま眉を吊り上げた。
「か、隠していたわけじゃないんだ。 本当に今さっき言われて、急いで対策を講じていたところだったんだよ。 ベルカにも近くにいたら、直ぐに伝えようとしたんだけど、姿が見えなかったから……っ」
「そ、そうなんですベルキスカ嬢。 決して、黙って事を進めようなどとは思っておりませんでした。 しかし、一度出場したら途中で副兵装の変更は認められず、かつ出場までの時間が差し迫っていたが故、致し方がなく……」
もう隠し事はせず、何かあれば直ぐに相談するといった手前、報告が後手に回ってしまったことは間違いなく、ケビンとリュネットが肝を冷やすには十分すぎる状況だった。
しかし、ベルカの姿が見えなかったのも事実であり、その間にも試合開始のタイムリミットは迫っていたため、致し方なく状況を進めていたのだ。
それをしぶしぶも理解しているのか、ベルカも一つ溜息をつくだけにとどめた。
「……それで、さっきの質問だが、どうなんだ?」
「はい。 確かに、初戦すら勝利してないうちから最後の戦いを視野に入れるのは早計かもしれません。 ですが、もし一つ用意しなければならないのだとしたら、これは必ず必要となります。」
「だが、恐らく相手の力量は他の出場者たちと遜色ないだろう。 そんな相手に、布切れ一枚でやっていけるのか?」
ベルカの疑念はもっともだった。 次に戦う相手の力量は、この試合に出場しているほかの機士を見れば、疑うべくもない。 しかも、万が一初戦を抜けても、二回戦で闘うのはあの軽量二脚。
そいつらを相手に殆ど突撃槍一本で闘うことになるのだ。
誰が聞いても無茶な話だ。
「それは何とかします。 任せてください。 私はデュエルエンジニアですから」
「て、言ってたよ」
先ほどのやり取りを掻い摘んでヴェティに説明するケビン。
――【了解。 戦闘プランは、リュネット・ライゼフに委任します】
「ああ。 勝つにしろ負けるにしろ、僕たちは、僕たちにできる全力を尽くそう」
そう言って、ケビンは操縦桿のミュートボタンを解除した。
《話し込んでいたようですが、どうかしましたか、ケビン?》
「ああ、いえ……機体越しでも伝わってきます。 凄い盛り上がりですね」
狭いコックピットの中、厚い装甲版越しにも伝わってくる歓声。
それはこれからフィールドへと赴くケビンを緊張させ、昂らせる。
《はい。 前とはまた違った趣があるでしょう? これはこれで、私は嫌いではありません。 むしろ、この雰囲気こそが本来のジョストの盛り上がりに近いといえます。 身分を問わず、多くの人々が馬に跨る騎士の雄姿に熱狂した、その起源ともいえる馬上槍試合のそれにね》
「今のジョスト・エクス・マキナもいいですが、その馬上槍試合も、いつか見てみたいですね」
《現在でも祭事として催している場所はありますよ。 串焼きにホットワイン、出店にギャンブル。 今度、皆で見に行きましょうか》
「本当ですか? 是非!」
《では、帰ったら旅行プランの予定を見繕うとして、今は目の前の戦いに集中しましょう》
「はい。 よろしくお願いします」
《こちらこそ。 機体コンディションは?》
「ヴェティ」
――【パワーユニットの改修状況から、ガスタービンユニットの全力起動は15秒間のみ可能。 右腕部換装によるフライホイールユニットの変更に伴うインジケーターをディスプレイへ表示。 加えて、シールドの代わりに増設した左腕マスダンパーの重量が想定値を三ポイント下回っていますが、それ以外は各ユニット問題ありません】
ヴェティからの報告を受け、ケビンは頷く。
「ええっと……大丈夫です。 行けます。 新しい右腕は、ヘムロックの機体に装備されていたものを報償として譲られたものなんですよね?」
《そうです。 外装は新規造形として、素体のポテンシャルは非常に高い。 特に、回生エネルギーをフライホイールだけでなく、バッテリーにも電気的に蓄えられる点が優れています。 流石、公爵家のワンオフ機といったところですか》
「そんなもの貰ってしまって大丈夫だったんですかね
?」
《これはヘムロック、キルベガン子爵からの個人的な謝罪を込めた品ということですから、問題ないでしょう。 さて、それでは切り替えていきますよ。 初戦は中量二脚。 主武装はフレイル。 サイドアームは、煙幕弾投射機です》
「煙幕……」
《視覚を奪った上で、普通の試合ではまずあり得ない知覚外の方向からの攻撃をしてくる相手です。 攻撃を受けた際のバランス維持には最大限注意を払ってください》
「了解です」
《ケビン、このオールド・スタンダードルールは、交戦の都度、自陣に戻って態勢を建て直すことができる。 あまり気負いすぎることはありません。 一戦ずつ、じっくりいきましょう》
「はい、頑張ります」
《ケビン》
「ベルカ?」
《頑張ってこい、応援してるぞ》
「……ああ!」
前回の試合同様、その言葉はケビンにこれ以上ないほどの応援となってその背中を支える。
ケビンにとって人生で二度目のジョスト・エクス・マキナが今、始まる。
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