第57話 一回戦第三試合 軽量二脚

 ガルドの後姿を見送った後、気づけばスタート位置についていた両機に視線を戻すケビンとリュネット。

 そこには、腰を落として踏切体制をとっている中量二脚と、より前傾姿勢となりながらも同じく腰を落とし、両肩部に備わった回転翼の回転数を徐々に上げていく軽量二脚の姿が見て取れた。


「まぁ、今は次に戦う“かもしれない”相手の試合に注目しましょう」


 リュネットがそう口にし、マーシャルが旗を振り下ろした瞬間、両機は同時に踏み出した。


 そして、会場中のすべてが軽量二脚の姿に驚愕した。


「と、飛んだ!?」


 ケビンと同じ驚愕の声を、一体どれだけの人間が同じように上げたのか。

 軽量二脚は地に足をつけることなく、まさしく飛行と呼んでも差し支えない姿でフィールドを水平に飛行していた。


「下半身は初速を得るためのカタパルトと、滞空中の機体制御のためだけに使用するというわけですか。 その為に、あの歪な構成となっていたのですね」


 リュネットの推察通り、飛行中の空中制御は肩部だけでなく、脚部の反動を利用したもの。

 ただ、それがいったいどれほどの技量によって行われているのか想像することすら難しい。

 ただ地面を走らせるのとでは訳が違う。

 全く別のベクトルをいく、リーゼ・ギアの革新ともいえる技術を目の当たりにしているのだ。

 その光景に、しかし中量二脚はひるむことなく、左腕に副兵装として持っていた突撃槍を軽量二脚に向かって投擲する。

 繊細な制御を要求されるであろうそれに対して、その攻撃手段は正しい選択だった。

 僅かでも接触すればよし、そうでなくとも、確実にバランスを崩すであろうことは想像に難くない。

 しかし、その期待は裏切られる。

 軽量二脚はまるでアクロバット飛行のようにその投擲を背面飛行によって華麗によけ、中量二脚と交差する瞬間には機体一機分を瞬時に上昇し、真上から貫くようにして突撃槍をその頭部に叩きつけたのだ。

 その後、飛行の勢いを殺しつつ着陸し、轍を残しながら振り返った先では、中量二脚が余りにも呆気なくフィールドに仰向けとなって倒れていた。

 その光景は会場中を更なる興奮へとヒートアップさせせ、歓声は沸きに沸いた。


「驚きましたね。 あの速度と運動性能は、既存の軽量機とは一線を画していました。 身をそいだとは言っても、機体重量はそれなりのものなのに、それを飛ばすだけの推進力。 加えて、あの三次元的な攻撃。 もしあのような機体がプロダクトタイプとして大々的にリリースされたら、ジョスト・エクス・マキナの歴史が変わるかもしれませんね。 闘い方やセオリーといった概念そのものが根底から覆されそうです」


「やっぱり、会長から見てもそれほどの物なんですね……」


 しかし、リュネットも口にしたがあくまで可能性の話だろうということはケビンにも理解できていた。 何せ、ただ人型の質量を空中に浮かせるだけじゃない。 見ただけでもかなりピーキーな設計、設定がなされているだろうことは容易に想像できる機体を、単純な機種転換訓練で扱えるほど生易しいものじゃないこと確かなのだ。 大々的に普及するにはいくつものハードルを越える必要があるだろう。


「しかし、オールド・スタンダードというルールに乗っ取っている以上、その大枠から外れるような戦い方はありえない。 その上であの初見殺しの戦法といってもいい動きをこの目で見ることが出来たのは大きな収穫です」


「でも会長、それは種が割れた以上向こうも承知しているはずです。 それを踏まえたうえで、あちらがどういう動きに出るか……」


 少なくとも、自分よりも戦闘経験豊富であるはずの中量二脚は手玉に取られた。

 完全に未知の戦法を取ってくる相手に、経験の浅い自分が勝てるビジョンが全く湧いてこない。


「ケビンの言うことはもっともでもありますが、まずは、目先の戦いに集中しましょう。 気を楽に、私たちが付いてますよ」


「……確かに、そうですね。 ありがとうございます」


 そんなことを考えるのは、これからの試合に勝ってからでも遅くはない。 

 ケビンはリュネットの励ましに頷き、自分が乗り込む漆黒の機体に振り返った。

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