第56話 プラン瓦解

 第三試合後には直ぐに自分の試合が始まるため、パドック内で機体の最終調整をしつつ、舞台袖から第三試合を眺めるケビン。

 そこへ、第二試合を終えた三脚の機士が機体から降り、ケビンの横を通り過ぎようとする。

 ヘルメットを被ったままだからその素顔までは窺い知れないが、ケビンは気さくに声をかけた。


「勝利おめでとうございます。 先ほどの戦い、お見事でした」


「ん? おう、そいつはどうも。 あんたも出場者か?」


 返ってきたのは比較的若そうな声。

 向こうもケビンが鎧下を着こんでいたことで、直ぐに出場者と分かったようだ。


「はい。 第四試合です。 それにしても、あんなポールの使い方があるんですね」


「ま、そうだな。 遊ばせておいても仕方ないと思って、“予定とは違う使い方”をしたんだが、功を奏したようで何よりだ」


「遊ばせておく……? あれが本来の使い方ではないんですか?」


「ああ。 しかし、恐らく使わなかったら俺は負けていた。 それだけ相手の技量も高かった。 だが、次は予定通りの用途を見せられるだろう。 何せ俺の次の相手はあのキングだ。 あの副兵装だって、その為に用意したんだからな。 ま、決勝であたったら、よろしく頼むぜ」


 そう言い残し、その機士はパドックの奥へと去っていく。 おそらく休息をとるのだろうが、この試合テンポだと、直ぐに第二回戦が始まりそうであった。


 第三試合、ケビン達が事前に受け取っていた対戦表では中量二脚対軽量二脚とのことではあったが、フィールド上に歩み出たその機体を見て、ケビンとリュネットは目を見張った。

 それは、両手に突撃槍を持った中量二脚に対してではなく、開会の際にも目にした、歪な造形をした軽量二脚に対してだ。

 武装はオーソドックスな突撃槍にシールドという出で立ちではあるが、注目すべきはそこではない。

 一番目を引く巨大な肩部には開会の時には無かった回転翼(プロペラ)が接続されており、マッシブな上半身とは裏腹に、下半身はチキンレッグと言わんばかりに細身の逆三角形。

 そのアンバランスなアセンブルは会場中の視線を集めるには十分すぎる異形だった。


「コアは軽量、腕部は重量寄り、脚部は軽量ですか……」


 そのアンバランスな機体構成はケビンとリュネットだけではなく、会場に集まる観戦者たちの興味を引くに余りあるものだった。


「僕は記憶も知識も二年分しかないので詳しくはありませんが、ああいう機体構成もあるんですね……」


「いえ、私も初めて見ました。 基本的に、機体種別はその脚部を持ってしてカテゴリー分けされますから、一応の枠は軽量二脚という分類でしょう。 その自重は中量のものか、それ以上のはず」


「それって、まともに動けるんでしょうか?」


「本来であれば、闘うことすらままならないでしょう。 ですが、そんな機体がわざわざガベージダンプの試合に出てくるとは思えません。 それに、ある噂を聞いたことがあります……」


「噂?」

 

「あの軽量二脚、肩部に回転翼が付いていることから見ても、レシプロエンジンを内包しているものでしょう」


「レシプロエンジンって、飛行機の?」


「そうです。 噂というの、肩部内蔵型の小型エンジンを設計、開発していたメーカーは私の知る限り、企業複合体のガイオスインダストリー。 そこの航空と軍事の両部門が開発を進めていた特殊パーツだったはず。 試験運用が可能な段階まで進んでいたのは知りませんでしたが、私たちの目の前にいるということは、実用レベルまでこぎつけていたようですね」


「ということは、この試合への参戦理由は……」


「戦闘データの収集目的ということであれば、名前を隠している理由に説明はつきますね。 大手企業がこういった大会に参戦しているというのは体裁が悪い。 ですが、秘匿性を保つのであればわざわざこういった場所に開発中の機体を持ち込むのはナンセンスです。 ガイオス程の企業であれば、自前の施設で事足りる。 となると、何かほかの理由がありそうですね……」


「よう! こんなところで何してるんだ?」


 と、そこに鎧下を着たままの、何やら上機嫌なガルドが二人の前に現れた。


「ガルドさん、一回戦進出おめでとうございます」


 リュネットが商会でならした芸術的なお辞儀と共に称賛を送る。


「ガルドで構わねぇよ。 この俺にさんなんてつけなくていい。 お前もだボウズ、いや、ケビンだったな。 お前らなら目当ての物の為に誰かしら出場させてくるんじゃねぇかと思ったが、まさかお前が機士として出てくるとはな」

 

「いや、それは……」


「ああ、名前変えてるんだったな。 対戦表で確認してる。 安心しな、こんな趣旨の大会だ。 出場者の匿名性は守られる。 だいたい、ここにきてる馬鹿どもが名前と顔を一致させるなんてことできるわけがねぇ」


 そう言って笑うガルドはケビンとリュネットが話していた特殊な軽量二脚に視線を向ける。


「あれか、確かに俺も見たことねぇアセンだ。 普通なら自立させるのも面倒そうな代物でどこまでやれるのか、見ものだな」


「キング、そろそろ……」


 後ろに控えていたガルドの部下が耳打ちする。


「おちおち話も出来ねぇな。 まぁ、せいぜい頑張れよ、時計屋。 それとな――」


 続けてガルドが口にした言葉は、ケビンにとって非常に頭を悩ませるものだった。


「折角出場の場を用意しておいたのに、しけた試合をされるわけにもいかねぇ。 もし俺が優勝した時の景品は、例の金庫にしておくことにしよう」


「な!?」


「こっちは大会を主催してるわけだから、腑抜けた試合なんざ見せられても困るわけだ。 流石に魂胆が見え見えの出場者には、こっちから発破をかけてやらねぇとな」


 それは、ケビンが想定していたプランを白紙にさせるものだった。


「まぁ、精々気張ってくれよ。 欲しいものは力で奪ってこそだろ。 もしも面白い試合が観られれば、俺の気も変わるかもしれんぞ。 はっはっはっは!」


 ガルドは御付きを伴って高らかと笑い声を上げながらパドックを出て行った。

 それを見送ったリュネットはケビンの方を向いて肩をすくめた。


「……こうならなければいいと期待していたのですが、そこまで甘くはなかったようですね」


「会長は、こうなることを予想していたと?」


「いえ、そこまでは……。 ですが、この大会のルール上、早期に敗退したとしても、蒐集の蔵から景品を取得できることになっている以上、わざと負けるという輩が参戦してくることもありえるとは思っていました。 簡単に言えば、八百長という奴です。 ただ、そういった者の動きというのは目の肥えた人間には直ぐわかるので、何らかのペナルティー……ここでいうなら、何かしら手痛い懲罰が待っていることは予想できます。 それを、ガルドは前もって忠告してくれたということですかね」


「つまり、僕らの考えは容易に想像できていたということですか」


「あくまで可能性ですが。 ひょっとしたら、純粋にやる気を出してほしいガルドの思惑かもしれません。 どちらにしても、容易く手を抜いてもよい事態ではなくなりました」


 当初の予定、そしてベルカを納得させる材料として、なるべく早期に負けるというプランを提示していたわけではあるが、闘う前からそのプランを潰されてしまった。


「これは……あとでベルカに小言を言われるだろうな……」

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