第46話 観戦

 ガルドの勧めでコロシアムの最前列まで足を運んだケビンとベルカ。 ケビンの方は生で見れるジョストの試合ということで幾分気分が高揚していたが、片やベルカの方はと言えば、ガルドとの交渉が不発に終わった時から、何かを考えこんでいる様子が見て取れた。 それは些細な変化であったが、日頃から付き合いのあるケビンにはそれがすぐに分かった。

 だからというわけでもないが、彼女にとっての気晴らしになればという思いが少なからずあったケビンは、会えて彼女の手を引き、試合の観戦へと連れだしたのだ。


 目の前ではちょうど、中量二脚ミドルバイポッド同士の試合が始まろうとしていた。

 両機がフィールドの両端に位置し、中央に鉄板の敷居が設けられている。 

 それを挟むような形で全速で突撃し、交差する瞬間に突撃槍ランスを突き出すという、馬上槍試合と呼ばれていた本来のジョストの形式に乗っ取った“オールド・スタンダード”と呼ばれるルールが、このガベージダンプが運営しているジョスト・エクス・マキナの試合だ。


「オールド・スタンダードの試合って見るのは初めてだけど、それ以上にこの会場の熱気というか、異様さはウェスタならではなんだろうね」


 ケビンとベルカのいる場所はガルドが気を利かせたのかそれほど人が密集しておらず、比較的観覧しやすい場所ではあったが、それ以外のフィールドに近い観覧席はただごとではなかった。

 声援、絶叫、怒号が飛び交い、中には手にした物をフィールド上に投げ込んでいる輩も少なくない。

 本来であれば取り締まられる行為ではあるが、ここでは黙認されているのか、咎めるようなものは誰もいない。

 その時、観客が投げたボトルの様なものが片方の機体に直撃しそうになった。 それをシールドで払った瞬間、ボトルが割れてシールドが真っ黒に染まる。


「今のは……」


「あれは、重油だな」

 

 ケビンのつぶやきにベルカが答える。

 もしシールドで防いでなかったら頭部のレンズにかかって視界を大きく奪われていたかもしれない。


「こんなの、公式試合じゃ絶対あり得ないよ」


「あんたら、ここは初めてか?」


 ケビンのつぶやきを聞いて、近くにいた初老の男が訪ねてくる。


「はい。 あまりに見馴れているジョストとかけ離れているので、少し困惑してます」


「はっは! そうだろう。 ここの客どもは、表の格式ばった普通のジョストじゃあもう満足できないのさ。 まぁ、だからこそ、普通に飽いたやつらにゃ~いい刺激になってる。 ここじゃバーリトゥード(なんでもあり)が当たり前なんだ。 観客席からものが飛んでくるのだって日常茶飯事ってことよ」


「そんな無茶な……」

 

「何なら、出場する機士の方も、相手にちょっかいをかける武装を一つ持ち込んでいいのさ。 だから、予想がつかない試合が観られる。 最高だろ」


「道具を? 盾と突撃槍以外にですか?」


「うむ、それが目玉でもあってな。 言ってしまえば、ダーティープレイが正道なんだ。 公でやりゃ~それはもちろん反則だろうが、ここではそれ込みで試合をやるんだ。 それは機士にも言えることでな、ほら、東側の機体を見てみろ。 ここじゃ主兵装(セオリー)すら自由に選べる」


「……あれは、フレイルですか?」


 よく見れば、本来は定石であるはずの盾が左腕部に装備されておらず、フレイルと呼ばれる先端のスパイクを鎖でつないだ武装を持たせている。


「さぁ、始まるぜ」


 両機が共に突撃し、まだ互いが射程外にある時、フレイルを持った機体は頭上でそれを回転させ、勢いをつけてから相手に向かって左腕を振り下ろす。

 すると、鎖の長さが一瞬にして延長され、槍よりも短いと思われていたリーチが瞬く間に伸び、槍の三倍はあろうかという程の長さに達して相手の右腕が強打される。 


「なるほど、あのフレイルで先制してバランスを崩させるのか」


 ケビンの言う通り、体勢が崩れた機体は射突姿勢が崩れ、その隙を見逃さないフレイルを持った機体は右手に装備した突撃槍で胴体を打ちぬいた。

 姿勢が崩れていたところに強打を撃ち込まれた機体は横転し、勝敗は決した。


「どうよご両人、これがウェスタのガベージダンプだ。 気に入ったか?」


 普段では見られないその試合にケビンが釘付けになっていると、後ろからガルドがやってきた。


「さっきも言ったが、メインは三日後だ。 当日はこんなもんじゃねぇ。 血が沸き立つような試合を約束するぜ。 まぁ、時間があるようだったら連絡をくれ。 今なら席も“出場枠”も用意できるからよ」


「え、どうして……」


「こいつさ」


 ガルドは先ほどケビンが渡した懐中時計を掲げる。


「お前の差し出した入場料が思った以上の品だったからな。 二人分の対価としてもまだ不足だと判断したまでよ」


「……そうですか。 確かに個々の試合は凄く刺激的です。 時間に都合が出来たら、是非」


「おうよ。 その日まで、あんまり目立つような真似はするなよ、お嬢さん」


「やっぱり、知ってるんですね」


「ウェスタで起こったことで俺の耳に入らないことはない。 まぁそうでなくても、酒場でやったみたいな大立ち回りをすれば寝たきりの年寄にだって知られてるだろうよ」


 もう何度目かに渡る忠告を聞いて、ケビンはともかくベルカは顔を伏せる。


「ごもっともで……。 ベルカ、行こう」


「うん」


「じゃあな、お二人さん」


 ガルドの言葉を背に、ケビンたちはガベージダンプを後にした。

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