第45話 交渉

 ベルカの後に続いて蒐集の蔵を出た後、彼女の背中を追うケビン。

 二人そろって先ほどガルドと出会った場所に戻り、未だに巨体をその場に座らせていた本人の前にやってきた。


「お、もういいのかお二人さん?」


 そう問いかけるガルドに、ベルカが口を開く


「私たちはここで回収されたものを引き取りに来た。 オークション額に多少色をつけてもいい。 もしくは、あれと同等の価値を持つ品を用意しよう。 直ぐに引き渡してほしい」


「直球過ぎる……」


 一切の装飾を省いた切れのある要求。

 最短距離のストレートで目的を告げるベルカに、ケビンは彼女らしいと感心する。


「ガルド、あの金庫の中身はバーンウッド領主、ギルバートグレイドハイドと、カクラム商会会長、リュネット・ライゼフにとって非常に重要なものだ。 快い取引が出来たら、そちらにとって大きな意味を持つだろう」


 それを聞いたガルドは一拍置いてからベルカの目を見返す。


「ほう、何の話かと思えば……。 ちなみにお嬢さんはあの金庫の中身を知っているのか?」


「知らない。 だが必要なものが入っている」


「だったら猶更その申し出を受けるわけにはいかねぇな。 もしあんたらが提示した額以上のものがあの中に入っていたら、こっちは大損じゃねぇか」


「そもそも、あれは身内のものだ。 事態を把握する前に競りにかけられた」


「“だった”ものだろ。 他所には他所の、ウチにはウチのルールがある。 正論だの理屈だのなんてものはこの街ができた時からねぇんだよ」


「しかし、価値が定かでないもの景品とするよりも、明確に価値が数値化されているものの方がいいだろう。中身の分からない箱よりも、余程食いつきがいいんじゃないか? 少なくとも、懐を傷めずに価値が不明瞭を確実に価値があるものへとランクを上げるなら、悪い取引じゃないだろう」


「確かにガベージダンプの懐は痛まない。 だがな、その価値はあれを手にしたものが正当に受けるべきだ。 それには物自体の価値だけじゃない。 イベント性も含まれる。 金庫の中身を開けるまでの高揚と、その中身に対する喜びと落胆。 それら全てをひっくるめた価値を、ぽっとでの奴らにかっさらわれるわけにはいかねぇな」


「それは、金庫を手にするまでの過程にすら価値があるということですか?」


「察しがいいな兄ちゃん、このウェスタでやるジョストは単なる競技じゃない。 祭りだ。 見世物なんだよ。 参加する奴、見物する奴が熱くなるものがひつようなんだ。 分かるか? 大馬鹿野郎どもには、熱狂しやすくて、分かりやすいエンターテインメントが必要で、それこそが大事なんだ。 それにな、蒐集の蔵に置いてある景品は、まず試合に出る出場者が手にする権利がある。 それを条件に出場者を募っているからだ。 だから当然、もしかしたら、あんたらが言ってる金庫目当てに出場を決めた奴らだっているかもしれねぇ。 つまりだ、試合も始まらねぇうちから、その景品が消えてるなんて落ちはありえねぇんだ」


「ちょっと待ってください。 あの展示物は、賭けに対する配当ではないんですか?」


「そうすることもあるが、価値ある報償は武勲として、大会を盛り上げた出場者に与えるべきだろう。  重要なのはトロフィーだ。 そこだけは、表舞台とかわらねぇ。 それが、ここの場合は蒐集の蔵にある品々だってことだ。 観客たちへの配当は、他所と同じように金さ」


 とんだ思い違いをしていた。 というより、宿屋の店主の話を安易にとらえすぎていた。

 つまりこのガベージダンプではあそこにある景品を手に入れるには、試合結果を当選させても意味がないということだ。


「どうあっても、金庫を手放す気はないと?」


「だから言っただろうが嬢ちゃんよ、もう試合は組まれてるって。 確認したわけじゃねぇが、中にはその金庫を目当てに出場するって奴もいるかもしれねぇ。 それに、出場を決めた後に他の景品に変えたいってやつもいるかもしれねぇ。 だから、初めからあったはずのものが消えたなんてことはできねえんだよ。 もし、仮にあの金庫を渡すような条件があるとするなら、それはたった一つ。 自らの力で勝ち取るしかない。 何度も言うが、金銭が問題なんじゃねぇ、出場者の魂を熱くさせる物が必要なんだ。 言っただろう、ここのジョストは祭りなんだ」


 それを聞いて、しかしいまいち納得が出来ないケビン。


「だけど、割に合わない博打にもほどがあります。 蒐集の蔵にはそれ以上に魅力的な品々がたくさんあるのだから、中身が定かじゃない金庫の為にジョストをやる人間などそうそういるとは思えません」



「普通ならそうだろうな。 だが、ここじゃ色んな理由で大会に参加してくる奴がいる。 ただギアに乗って闘いたい、実力を試したい、キングである俺を倒したい。 そして少なくないのが、一攫千金を狙いたいってやつだ。 その金庫に何が入ってるのかは知らないが、ビッグネーム二人が欲してるほどのものってことで、金目の物、もしくは高値で取引できるものとしての信憑性は増した。 もうこの時点で、ただの金庫じゃなくなったんだ。 それをこの俺が簡単に手放す道理は無い。 これ以上の譲歩も問答も意味が無いことが分かったか? グレイドハイドのお嬢さん」


「……私の事を知っているのか?」


「おうさ! あんたの親父は有名人だからな。 ギルバート・グレイドハイドの試合はどれも最高にたぎったぜ。 特にこないだの試合なんて一生忘れられねぇ。 おかげで熱の冷めきらねぇ奴らが押し寄せて毎日が大入りだ。 随分稼がせてもらってる。 しかし、それとこれとは話が別だ。 まぁ、シップの探査権なんかがあれば釣り合いが取れそうだが、それだと貰いすぎになっちまう。 かといって、グレイドハイドのご令嬢を景品なんかに徴用した日には、ここが更地にされちまう。 ……ま、誰にとまでは言わんがな」


 ベルカが対価になることなどケビンからすれば到底受け入れられないし、その結果誰が更地にするのかも分かりたくはない。

 しかし、現状が手詰まりだということだけは理解できた。


「いいか、基本的にここの大原則は、勝利して手に入れるか、指をくわえて見ているかだ。 とどのつまり、お前らに取れる手段は限られてるんだ。 最初からな」


 非常にシンプルであり、これ以上の話し合いに意味がないと告げるガルド。


「金庫が景品として出される試合は、いつからなんだ?」


 ベルカが訪ねると、ガルドは簡潔に答えた。 


「三日後の夜さ」


「……そうか。 分かった」


 数舜、ベルカは思案の為に目をつむり、何事もなかったかのようにそういって踵を返す。

 ケビンの隣を通り過ぎようとした彼女の瞳は、何かを決断したかのような覚悟を感じさせた。


「もう行くのかご両人? よかったら一試合くらい見ていったらどうだ? 表舞台じゃ見れない試合が拝めるぜ」


「試合があるんですか?」


「おうよ。 まぁそこまで本格的なものじゃねぇ。 ほとんど身内同士の練習試合みたいなもんだ。 だから客もほとんどいねぇだろ。 つまり、最前列が開いてるってことだ。 齧り付きで見れるぜ」


 ニヤリと笑って先を示すガルド。

 普通に観客が入っているように思えるが、盛況時にはこれ以上ということか。

 そう感心したケビンはガルドに一礼してベルカに駆け寄っていく。

 

「さて、あの坊主は食いついてくるかな」


 ガルドは顎をさすりながら、コロシアムの最前列へと向かっていく青年の背中に期待のこもった視線を向けていた。

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