第44話 ガルド・ドニゴール
天井の随所には光源を取り入れるために格子状となっており、加えてガス灯が随所に配置され、地下施設とは思えないほどの明るさを保っているガベージ・ダンプのコロシアムを目の前にして、ケビンとベルカは素直に驚いていた。
「まさか、本当にこんなところに会場があるなんて……。 しかも、この形はオールド・スタンダードのコロシアムですよね。 僕初めて見ましたよ。 ベルカは?」
「父に連れられて見たことならあるが、地下空間に作られたフィールドということならこれが初めてだ」
本来の馬上槍試合は一直線上で突撃槍を打ち合うということを繰り返す競技であり、この会場はその従来の形に乗っ取った試合形式を取っている。
現在の様にコロシアム外周を回って中央に戻る様な方式ではなく、互いに直線上の両端に立ち、中央に向けて同時に駆け出し、すれ違う瞬間に突撃槍を突き出すというものだ。
故に、その都度自陣へと戻って武装を構えなおし、周回しないことからLapでカウントするのではなく、何本目という形で試合を行う。
「お二人さん、我らが自慢のコロシアムに見惚れてくれるのは大変恐縮だが、出展されてる景品を知りたいんだろ、遅れず着いてきてくれ」
ケビンとベルカが男の後についていく途中、多くの人間が二人のことを目で追っている。 正確には、ベルカの方をだが……。
そして言われるがまま案内についていくと、その途中、髪の逆立った筋骨隆々で、一際大きな強面の男がコロシアムの椅子にどかんと腰かけており、ケビンとベルカを見ると、目を細めた後大きく見開いた。
「なんだ、いつからここはインターンのルートに組み込まれたんだ?」
「ガルドさん、彼らは大会に出品される景品を確認したいとのことです。 入場料もちゃんと頂戴してますよ」
「そうか。 まぁ、お前らがきっちり入場料を払ってきたってんなら、俺に文句はねぇ。 好きに見て回りな。 ただし、自己責任でな。 ここにはマナーを遵守する人間の方が稀だ。 面倒ごとは自衛の精神をもって対応してくれ、学生さん」
「いや、学生ってわけじゃ……」
「お二方、ガルドさんはこのガベージダンプを仕切ってて、“キング”とも呼ばれてる。 くれぐれも失礼の無いようにな」
「俺としちゃ、面倒さえ起こさなけりゃあとは自由にしてくれてかまわねぇ。 好きにしな」
ガタイに似合わず気さくに話しかけてきたガルドにケビンも警戒心を解き、頭を下げる。
「どうも、改めまして、ケビンです。 彼女は、ベルキスカ。 よろしくお願いします。 今説明していただきましたが、今日は出品される景品を見させていただくために来ました」
「ああ、そんなこと言ってたな。 俺はガルド・ドニゴール。 景品置き場はこの先だ。 何が目当てかは知らねぇが、眼鏡にかなうのがあれば良いな」
「はい。 ゆっくり見させていただきます」
ケビンは会釈し、それにガルドは片手をあげて答え、その場を後にする。
コロシアムの階段を更に下った先にある、リーゼギア用のパドック。 そのエリアに併設された、見るからに一際頑丈にできた扉の前にやってきた。
「ここが景品を集めてある展示室だ。 俺たちの間じゃ、蒐集の蔵って呼ばれてる」
扉の前にいる警備の人間に指示を出し、扉を開けさせてから中に入る三人。
「これは……凄い……」
思わずそう言ってしまうケビン。
そこにはひな壇に整頓された様々な調度品もあれば、部屋の隅に山のように積まれているジャンク品など、所狭しと物資が置かれている、まさに、蒐集の蔵と呼ぶべき部屋だ。
「思っていたよりずっと広いですね。 景品の数も相当なものでしょう」
「まぁな、もともとは車のガレージだったものを流用してるから、大きくいじる必要もなかったんだ。 さて、あとはご自由に。 俺は仕事があるから戻らせてもらうぜ。 出るときは、ガルドさんにもちゃんと挨拶をしてからな」
ここまで案内をしてくれた男がケビンとベルカを残して部屋を後にする。 見張りはいいのかと思わなくもなかったが、恐らくは持ち出したらすぐにわかるようになっているのだろう。
「思っていたより、種類が多いな。 しかも、大小様々だ。 宝石、古書、武器、服と――動物まで……」
ベルカの視線の先には今述べたもの以外にも、宝剣、極彩色の羽、絵画、彫像などが並べて展示されており、中でもその大きさから一際目を引いたのが――。
「リーゼギアのパーツまであるのか……」
ベルカの視線の先にはリーゼギアの腕部が壁に立てかけてあった。
他にも、車のマフラー部品やギア用の部品が多数懸架されており、四方の壁に満遍なくそれらが敷き詰められている。
「しかし、肝心の金庫はどこだ?」
「まさか、中身を取り出すことに成功したのかな?」
「だとしたら、書類束のようなものが景品になっているかもしれないが……それは無いな。 中身が分からない金庫だからこそ景品として価値があるんだ。 わざわざその価値を下げるような真似はしないだろう」
例え中身が何かしら意味のあるものだったとしても、そこに価値を見出すものが居なければただの紙切れだ。 ならば、中身を伏せておいた方が何倍も付加価値がつく。
ベルカの推測に頷くケビンは、目線を上げた先にあるものを見つけた。
「――僕たちの懸念は杞憂だったみたいだよ。 たぶん、あれじゃないかな」
ケビンが指さした先、装飾過多な燭台や車のハンドルと一緒に、鈍色に輝く黒い金庫が置かれていた。
「間違いない。 宿屋の店主が言っていた特徴に一致している」
ベルカが金庫に近づき、目で見て、触って確かめる。
「よかった。 この街に来てから、初めての収穫だね」
「ああ。 次は、この金庫をどうやって手に入れるかだ。 正攻法でいくなら、JEMTOTOの正当な配当として勝ち取るしかない」
「まぁ、そうだけど……あまり現実的じゃないよね。 出来ることなら確実性の高い方法をとりたいかな。 あ、ちなみにさ、ベルカってギャンブル強い?」
「いや、やったこともない。 ケビンは?」
「僕はカードくらいならあるけど、JEMTOTOは一度もないよ」
「となると、直談判するしかない。 ガベージダンプで最も権力がある人間となると――さっきの男か」
「うん、さっき話したガルドって人だね。 ……え、ねぇベルカ、直談判て? 何だか嫌な予感がするんだけど……」
「何を想像したのかは知らないが、ただ交渉するだけだ。 まったく、ケビンは私を何だと思ってるんだ。 さっそく、ガルドのところに戻って話をつけてみよう」
「……了解」
ケビンの知るベルキスカ・グレイドハイドという人間は、常に冷静で聡明、なにより家族思いという誰からも好まれる人柄を持った、自分にとって最も信頼のおける女性だ。
この街に来てからは幾分その認識に変化――もとい、追加項目が増えつつあるが、それでも期待と信頼感が揺らぐということは一切ない。
それでも、ここまでの流れで多少の不安を覚えるのは無理からぬことだろう。
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