第43話 ガベージダンプ
宿の店主に言われた場所へケビンとベルカが足を運ぶと、次第に建物の間隔が開いていき、ついには丸太で作られた柵、というより壁によってさえぎられた区域へと辿り着いた。
「ベルカ、あれがそうかな?」
「人の気配が無いということは、そういうことなんだろう」
ウェスタの街外れにある一際大きな石造りの建物。 丸太の壁が途切れたところにあるそれは、まるで街側とその向こう側を隔てる関門のようだ。
「ここが、ガベージダンプか」
「だろうね。 事務所とかってあるのかな?」
入り口は他の建物のようにスイングドアとなっており、危険な場所という割には門番やドアマンといった人間は外に立っていない。
ただ、中の様子は陰っているせいで薄暗く、却って不気味さをいやというほど醸し出している。
「入ってみれば分かるだろ。 行くぞ」
「え、いやでも……」
恐らくここはウェスタの中で最も危険だと言われている連中の拠点。
警戒心をもって慎重に事を運ぼうと思っていたケビンとは裏腹に、ベルカは普段と変わらぬ足取りで建物の中に入っていく。
「……まぁ、ベルカだからなぁ」
ケビンもあわててベルカの後に続く。
窓から光を取り込んでいるのに、やけに薄暗く感じる室内。
見渡すと、椅子に座って書き物をしている男と、壁際のボードに木札を並べている女性の二人のみ。
「あら、開場はお昼過ぎですよ」
その女性が振り向いて笑みを浮かべる。 思っていた反応じゃない。 それに、事前に聞いていた噂の場所にいる女性にしては、物腰が柔らかい。
「開場……?」
「あの、すいません。 ここは、ガベージダンプ……ですよね?」
ベルカの疑問に、ケビンが続く。
「ええ、そうです。 あら、もしかして、他の土地から来た人たち?」
「そうです。 あの、ここには賭場があると聞いてきたんですが、もしかしてその木札は……」
「これですか? お察しの通り、JEMTOTOのネームプレートです」
賭場とは聞いていたが、まさかジョストの場外販売場のこととは思っていなかった。
だが、それならそれで宿屋の店主の話と食い違う。
店主は金庫を景品にすると言っていたが、JEMTOTOの配当は金銭で支払われるのが大原則であり、景品との交換は行っていない。
そしてJEMTOTOとは本来公営ギャンブルであり、その大原則を好き勝手にいじることが出来ない。
となると、景品とは何なのか――それがケビンには分からなかった。
ただ、一つ分かったことがあるとすれば、そういった大前提が崩れている以上、恐らくこの会場は非公式で運営されているだろうということだ。
「どこで開催されている試合のものですか?」
「もちろんこのガベージダンプのコロシアムですよ」
「ここに、コロシアムが? この街に来て日は浅いですが、そういった施設はお目にかかっていません……。 本当にこの街に、ジョスト・エクス・マキナを行えるだけのコロシアムがあるんですか?」
「それはそうです。 そういう風に運営していますから」
「と、いいますと?」
「それは……」
女性が続けて話そうとした時、デスクで書き物をしていた男が初めて顔を上げた。
「お前ら、夕べ酒場で騒ぎを起こした二人か?」
「何故知っている?」
その疑問にベルカが問い返す。
「何故? お嬢さん、この街じゃ噂が広まるのに一日も掛からない。 聞いた限りの大立ち回りなら、その日のうちにガキに聞かせる寝物語になってるのさ。 しかもそれが、ここいらじゃ見ない美人ともなればなおさらな。 ……それで、ここには一体なんの御用向きで?」
「ここで行われている賭博の景品に興味を引くものがある。 目録があるなら見たい」
「ほう、お若い二人の気を引くものが、こんな場末のコロシアムに転がっているものかね。 それに、生憎ここは前もって何を放出するかを宣伝するような運営は行っていなくてね。 事前に知らされるのは出場者ぐらいだ。 実際にどんなものが出るのかは、コロシアムの陳列台を直接見て判断するしかない」
「そうか。 コロシアムには誰でもはいれるのか?」
「この街の人間はな。 他所から来た人間は、入場料が必要だ」
「入場料?」
「それほど難しいものじゃない。 今携帯しているものの中で、高価な品があるなら、それを差し出せ。 景品として見劣りしないものが、入場料の代わりだ」
金銭ではなく、持ち物が入場料という点が何ともそれらしい。 しかし、男は口にしないが、少なくとも最低ラインの持ち物でなければその入場料としての価値はないだろう。
そう考えていたケビンは、ポケットの中に手を入れる。
「突然そう言われても……。 この時計は、どうですか?」
ケビンは懐から自作の懐中時計を取り出す。
「懐中時計か…………っと、これは……」
「何か?」
「窓口に座るものとして、あんたらみたいな新参者の案内も仕事のうちだ。 だから当然、その場で入場料の目利きができなきゃ話にならん」
「確かに。 それであなたの見識眼では、その時計は入場料になりませんか?」
「いや、まさか。 それ以上だ。 少なくとも、大衆が手を出せるような代物じゃない。 ただの坊やかと思っていたが、どっかの貴族かい?」
「いえ、僕は――」
「それはバーンウッドのケビン・オーティアという一流のキャビノチェが手がけた最高級の時計だ。 どうやら、貴様の審美眼は確かのようだ。 取り扱い方は心得ているだろうが、傷の一つでも付けたら、価値が暴落する。 いや、傷がついていようとその時計の価値に陰りがさすことなどありえないが、それでも、慎重に扱うことだ」
ケビンが自分の職を説明しようとする前に、ベルカが一息で語りだす。
それを若干引き気味で受け止めた受付の男は口の端を引きつらせながら頷く。
「あ、ああ。 もちろんだ。 これ一つで二人分の入場料でもまだ釣りがくる。 おい、しばらく任せるぞ。 俺は二人を水底に案内してくる」
木札をかけていた女性は指示を受けて頷く。
同時に、ケビンは男の言ったことが気になった。
「あの、水底って?」
「そここそが、我らがガベージダンプの花形だ」
「……そういうことか。 確か、ウェスタは湖の跡にできた街だと聞いていた。 自分たちがいた場所はまだ水面であり、コロシアムはさらに深いところに作られている。 だから、人目にはつかないんだな」
ベルカの指摘に男は笑顔で頷く。
「ご明察だお嬢さん。 ここから先は、この街のあらゆるろくでなしどもがやってくる。 暴力と、賭け事と、酒と……ジョストを求めてな。 どんな街にも、必ずガス抜きは必要なんだ。 そうじゃなけりゃ、こんな街なんてとっくに自壊してる。 だからまぁ、一種の治安維持を兼ねた施設なんだよ」
治安維持は何かの冗談だとしても、ストレスの発散を旨とする施設というのは、ケビンが納得するには十分なもっともらしい理由だった。
それに、事前情報ではこの町は軍縮のあおりを受けた人々が集まってできた街だと聞いていた。
だとすれば、どこを起因としたガス抜きなのかは言わずと知れたものだった。
それは、発散できない――力だ。
「それにしても、随分深く潜るんですね」
「地下施設とはいっても、リーゼ・ギアがドンパチかますんだ。 それなりの深さ、それなりの広さが必要だ。 ついでに、遮音性もな」
三人が薄暗い階段を降りきり、先を進んでいた男が軋む扉を開ける。
乾いた土っぽさ、鉄とオイル、そして歓声という、ケビンにとって記憶に新しい臭いが印象的な広大な空間が広がっていた。
円形のフィールドではなく長方形の造りとなっているコロシアム。 その中央には長方形を左右に分けるような形で設置された鉄板の仕切りが設置されている。
「すごい……とても地下施設とは思えない……」
ケビンが感嘆の声を漏らすと、男が自慢気に鼻を鳴らす。
「これがウェスタの目玉、ガベージダンプが運営するジョスト・エクス・マキナのコロシアムだ」
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