第42話 調査員の宿

 翌日、件の調査員が身を寄せていたという宿を訪れたケビンとベルカ。

 二人が泊まっている宿とは町を挟んでちょうど反対側にあり、しかもかなり奥まった人通りのほとんどない宿だった。


「ここが、その調査員の……」


 店主に事情をかいつまんで事情を話し、部屋に案内してもらうと、きれいに整頓された部屋に案内された。 生活感のない、荷物一つ置いていない、完全な空室を……。

 

 厳密には家具ならある。 そして、逆に言えば家具しかない。

 ここに泊まっていたという諜報員の痕跡だけが、すべて失われている。


「ここに住んでいた人は?」


 ケビンが尋ねる。


「ん? 分かってて来たんじゃないのかい? 消えちまったんだよ。 先週のことだったか、全然姿も見せないし、心配になって部屋の前で呼びかけたんだが、全然返事がなくてな。 そんでまぁ部屋に入ってみたら、荷物だけ残して消えちまってたんだよ。 それから今日まで、一度も見てないね」


「少し、見て回っても?」 


「お好きにどうぞ」


 店主の了承を取り、ケビンとベルカは別々に部屋の中を回るが、本当に人がそこにいた形跡がない。

 ベッドメイキングまできっちりされている。 一度清掃が入ったのだろう。

 

「ここにいた人の荷物が見当たりませんが、初めからでしょうか?」


「いや、そんなこともないが、もう業者に全部引き取ってもらったよ。 宿泊日数は超過してたし、うちも部屋を遊ばせておけるほど繁盛はしてないんでね」


 店主の言い分はもっともだ。

 金を払わない以上、それはすでに客ではない。

 となれば、すぐに次の客を迎えられるように部屋を整えるのは当然のこと。 


「まぁ、確かにおっしゃる通りです。 ちなみに、貴重品入れは?」


「ああ、金庫はあったけど、それももっていってもらったよ。 中身が入ってるかどうかは分からないがね」


「金庫を……売ったんですか? しかもまるごと?」


「この街の住人として誇りたくもないが、人が突然消えることなんてここじゃ珍しいことじゃない。 だが、こっちも道楽で店をやってるんじゃないんだ。 金目のものがあればどんどん流すさ。 居なくなった人間が払うはずだった金を補填する為な。 そういう時、業者を仲介して残留物をオークションにかけるんだ」


「ガレージオークションのようなものか」


「似たようなものです」

 

 ベルカの言うガレージオークション――。

 倉庫を貸し出すレンタルガレージなどは、借主が音信不通、契約不履行となった場合にガレージ内のものを整理するため、残置物をオークションにかける事後処理を兼ねた売買を行うことがある。


「分かった。 私と彼も、そのオークションに出たいんだが」


 そうベルカが切り出すと、店主は苦笑いを浮かべる。


「……いや、オークションならもう終わったよ」


「え、終わった? いつですか?」


 ケビンの問いに、店主は一瞬考えた素振りをする。


「ええっと、一昨日だな」


「……業者を仲介してと言ったな。 なら、誰が落札したか分からないということか?」


 そうだとすれば、その業者のもとへ直接行かなくてはならない。

 もしこの街の人間以外が落札したのなら、急がなければ足取りを掴むことが難しくなる。

 匿名性が守られたオークションだった場合、その難易度はさらに跳ね上がる。


「いや、大体のものは街の組合だが、金目のものは、ガベージダンプの連中が落札してると思うぞ」


「ガベージダンプ? 何だそれは?」


「荒くれどもの為の、ガス抜き組織さ。 実質、この街を取り仕切ってる」


 荒くれ、ガス抜き――。

 たった二つの要素が、ケビンの頭をひどく悩ませる。

 まず間違いなく、穏便には運びそうにない。

 しかし、現状で消えた諜報員に関する手掛かりがあるとすれば、金庫の中身だ。 面倒そうだからと言って手を引くわけにはいかない。


「その連中が何の為に金庫を? あ、いや、もしそのガベージダンプが落札してたらって仮定の話」


 まだ確証は無いが、ケビンはその可能性を込みで聞いてみる。


「あそこはいつだって金目の物を欲してる。 ガベージダンプは賭博もやってるからな。 まぁ、中身が分からない金庫なんかに、どれほどの価値が出るのか見当もつかないがね。 この街にはロックスミスなんていないし、開けるとしたら、別料金が必要になるだろうな」


「なるほど……」


 店主の話しっぷりから考えると、金庫そのものに価値があるとも思えない。 だが、中身を確かめることなく落札したということは、金庫や中身に価値を見出そうとしたのではなく、一種のロータリーや福袋的アイテムとして落札された可能性が高い。


「それじゃあ、ともかくそのガベージダンプって場所に行ってみよう、ベルカ」


「うん」


 ケビンとベルカがそう意思を固めると、それを見た店主が驚いたように二人を呼び止める。


「いやいやいや、あそこは堅気がいくようなところじゃない。 言っちゃなんだがあんたらじゃ、あっという間に身包みはがされちまうよ」


 そもそもこの街自体が堅気の来る場所ではないというのが世間に広まっている一般認識となっているが、その地で商いをする人間がそうまで警告するということは、間違いなくウェスタで最も危険な場所ということだろう。


「だけど、僕達はどうしてもその金庫の中身を知りたいんです。 そのガベージダンプの場所を教えてください」


「ん~、まぁ俺が教えなくてもこの街にいればそのうち行きつくだろうし、構わないけどよ。 深入りするのはお勧めしないぞ」


 店主はしぶしぶといった様子で、件のガベージダンプの場所をケビンとベルカに教えてくれた。

 サバサバとした印象の店主ではあったが、治安の悪い街の中でも比較的良識を持った人物であった。

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