第41話 酒場の喧騒

 荷物と馬車を宿に預けたケビンとベルカは、宿のオーナーに聞いたダイニングバーに足を運んでいた。

 スイングドアを抜けた店内は聞いていた印象よりも広く、カウンターや大テーブルなどには多くの客が酒や食事ありついていた。 ただ、皆舌鼓を打つというよりは、ワイワイガヤガヤと日々のストレスを吹き飛ばすかのように騒いでいた。


「ある程度は覚悟してたから僕は全然平気だけど、ベルカは大丈夫?」


「この喧騒のことか? ……ふ、問題ない。 私もある程度は予想していた。 この程度ならむしろ穏やかな方だろう」


「そ、そう。 ならよかったよ」


 過去の記憶が一切ないとはいえ、数年間普通に生きて一般常識に触れていれば、何が好まれ何が忌避されるかは概ね理解している。

 それらと照らし合わせた上で、女性を同伴するにしては少々騒がしかったかと内心ヒヤヒヤだったケビンだったが、それは杞憂だったようだ。

 もしくはベルカがケビンに気を使ったとも考えられたが、それを窺い知ることは出来なかった。


「そう言えば、まだちゃんとお礼を言ってなかったね。 今日はありがとうベルカ、付き合ってくれて」


「気にする事はない。 私から申し出たことだ。 まぁ、ケビンは私から離れて、羽を伸ばしたかったのかもしれないがな」


 見透かされていた!?

 驚きが口を突いて出ないように口を噤んで唾をのむケビンは務めて冷静に、若干早口に言い繕う。


「そ、そんな事ないよ。 確かに、他に護衛が付くとは聞いていたけど、知らない他人よりは、君の方がいい」


 それは、嘘偽りのない本心だ。


「……そうか」


 ベルカは特別表情を変えることなく、淡々と食事を口に運ぶ。 美味しいとか口に合うとか、感想を口にすることはない。

 それでも、どこか上機嫌に食事を続けている。

 その表情を見て、幾分ケビンが抱いていた後ろめたさは解消した。


「明日はさっそく、諜報員が泊まっていたっていう宿に行こうと思う。 まずはそこで、状況を整理させよう」


「分かった。 基本的な方針はケビンに任せる」


「うん。 しばらく滞在するんだし、勢力的に動く為にも、今日はたくさん食べて体力をつけておこう」


 数日はウェスタで活動することを見越して、予算十分にある。 ならば、日頃世話になっているベルカに対しての感謝と慰労を兼ねた食事会にしてもいいだろう。

 そして、早朝から動くことになることを念頭に、宿に戻ったら早めに休むことにしよう。

 そうケビンが思っていたところ、二人のテーブルに四人組の男たちが近づいてきた。

 背格好はバラバラだが、皆いい感じに酒が回っていることがその雰囲気と呼気から窺い知れた。 


「お、見ない顔だな。 兄ちゃんどっから来た?」


 その中から顔にタトゥーを入れたスキンヘッドがケビンに顔を寄せる。


「え、ああ……僕達はバーンウッドから」


「あ? バーンウッドっていえば、あのギルバート・グレイドハイドの領地か。 遠いところからわざわざこんな掃きだめに来るたぁ、何か訳ありかお二人さん」


 今度はまた別の男がベルカの方に近寄る。


「ええ、まぁそんなところです」


「良かったら話してみなよ。 俺たちはウェスタに関しちゃ情報通だ。 もしかしたら解決が早まるかもしれないぜ」


「え、本当ですか?」


 世情には幾分詳しくなったといっても、ケビンにとってのそれはあくまでバーンウッドを中心としてのこと。

 他の土地でこういった接触のされ方は、彼の学んできた常識に照らし合わせると善意からの申し出として解釈される。

 それが、傍から見たら明らかに胡散臭かったとしてもだ。

 故に、本人はまじめだが、見当違いの方向へと解釈が向いてしまうのも、またケビンらしいとも言えた。


「それなら、是非協力を――」

 

 しかし、護衛としてついてきたベルカが黙ってその状況を見逃すわけがない。


「結構だ。 さっさと私たちの前から失せろ」


「ちょ、ちょっとベルカ。 失礼だよ、折角協力してくれるっていうのに」


「まぁそういうな兄ちゃん。 確かにこのお嬢ちゃんが警戒する気持ちも分かるぜ。 何せここは何かと悪評の絶えないあのウェスタだ。 腹の下に何を隠してるかもわからない輩がいきなり近づいてくれば無理もない。 思うに、あれだな。 無償の善意ってのが怪しさ満点ってところだろう」


「だろうな。 だからよ兄ちゃん、こうしないか? 俺たちは兄ちゃん達に協力する。 そして、兄ちゃん達は俺たちの奉仕に対価を払う。 ここれなら後腐れもないだろう?」


「そういうわけだ。 まぁ、実際ちょっと懐が寒くなってきてな。 日銭を稼ごうとしていたわけよ。 そこに、お二人が幸運にも俺たちのもとにやってきたってわけだ。 いや~何て巡りあわせなんだ! 無神論者でも神に感謝したくなる!」


 男たちはテンポよく、まるで決まり文句のように言葉を紡いでいくがベルカはその一方的な交渉を鼻で笑った。


「まったくもって都合のいい言い分だな。 そもそも貴様らの持つ情報とやらの信憑性も怪しいものだ」


「おいおい、冷たいな。 ねぇちゃん、ウェスタは初めてか? この町では助け合いの精神が何よりも遵守されるんだ。 困った隣人に手を差し伸べるのは当然のことなんだ」


 嘆くように語る男の言葉にケビンはピュア全開で驚く。


「そうだったんですか!? そうとは知らず、失礼しました……。 恥ずかしながら、世情には疎いもので。  僕なんて、ここ二年くらいの流行くらいしか知らないんです」

 

 世間知らず――もといウェスタ知らずのケビンにしてみれば寝耳に水の新情報だが、当然そんなわけがない。 その男が言う通りならばウェスタは事前情報とは180度真逆の素晴らしい街ということになる。

 ギルバートやリュネットは治安の悪さを懸念していたし、目の前の男もそれは口にしている。

 ただ、もしかしたらそれは町の一部分でしかなく、こういった素晴らしい側面もあるのではないかと、ケビンは割と本気で思いはじめていた。


「気にするな兄ちゃん。 まぁ、出会ったばかりだ。 互いに誤解もあるだろうし、今日のところはいっちょ交友でも深めようぜ」


「だな。 それに、こんなむさくるしい場所にとんでもない別嬪さんをつれているじゃないか どうせなら俺達も混ぜてくれよ」


「おおそうだそうだ! やっぱり食卓には華がないとないとなぁ」


「まったく、その通りだ。 野郎ばかりのメシだと胸焼けがしてきちまう」


「なぁ、ねぇちゃんもかまわねぇだろ?」


 なるほど、確かに明日のことを考えると、良好な関係を駆逐するには、ここでコミュニケーションを取っておくことがこれからの調査に有利に働くかもしれない。

 しかし、それを同伴者の同意なく決めるほどケビンも無神経ではない。

 その提案を受けるかどうか問いかけようとする前に、ベルカは彼らに向かって口を開いた。


「必要ない。 消えろ」


 ただ一言、明確に意思が伝わる端的な言葉に、その場にいた全員が一瞬思考を凍らせる。


「ケビン。 こういう場は慣れていないようだから教えておこう。 お前は今、たかられているんだ。 鴨にされている自覚が無いのはかなり問題だぞ」


「え!? いやだって……」


「バーンウッドがホームのお前からすれば、全ての人間が善意のもとに生きていると思うのは無理からぬことだ。 だが、一歩外に出ればこういう輩はそう珍しくない。 特に、ウェスタなんて町にいれば遭遇率は跳ね上がる。 疑うことを覚えろとは言わないが、お前ももうすぐ立場を持つ人間になるんだ。 少しは人を見る目は養っておいた方がいい」


「そう、なんだ……。 ごめん、分からなかったよ」


 ベルカの言う通り、男たちの悪意を全く自覚していなかったケビンは、今までの人生で一度も経験したことが無い“たかり”という現象に驚くとともに、どこか新鮮な気持ちを抱きつつも、まだまだ自分は知らないことだらけだと自戒する。

 ただ、真正面からそんなことを言われた男達は当然面白くない。

 その場の空気も男達の表情も凍り付いている。

 だが、それに反して顔面の温度は急上昇し始める。


「……おい、人が親切に手伝いを申し込んでるのに、そんな言い方はないだろう」


 当然、こういう反応が返ってくるだろうことは想像に難くない。 


「ああ、俺は酷く傷ついたぜ。 ちょっと立ち直れそうも無い」


「だったら一生ひざまづいていろ」


 それに一瞥することもなく切って捨てるベルカ。

 一人の男がふらつくしぐさでテーブルに寄りかかる 。 酒がいい具合に回っているのか、目も座っている。 


「さっきからよぉ、少し面がいいからとつけあがりやがって。 お前こそ、足腰たたなくさせてやろうか?」


 そして、もう一人の男がケビンの肩に腕を載せてベルカを挑発をした瞬間、その場の空気が明らかに凍り付いた。

 正確には、氷点下を超えて絶対零度を記録したかのように、誰一人動くことが出来なかった。


「……今すぐ、その豚のように肥えた腕をどけろ。 これは最後通牒だ」


 最後に至るまでの交渉が全て省かれている感は否めないが、そう言われて引き下がる男たちではない。

 

「お、落ち着いてベルカ」


「てめぇは黙って――」


 ケビンの肩が強くつかまれた瞬間――。


「ぐぎゃーーっ!」


 ベルカの持っていた食事用のナイフが、その男の肩に深々と突き刺さっていた。


「や、やりやがったなっ」


 他の男たちが距離を取り、全員がベルカを警戒する。

 しかし、ベルカの方は務めてすました顔で、しかし、その奥底に明確な苛立ちを秘めて男たちを一瞥する。


「頭の悪い言いがかりはやめろ。 それと、これ以上の問答も面倒だ。 屠殺されたいやつからこい」


 顔を赤くした男の一人がベルカに組みかかろうと掴みかかるモーションに入った瞬間、ベルカは椅子の隣に置いてあった自分のアタッシュケースをノールックで振り回してそいつ側頭部を打ち抜き、店の壁に吹き飛ばした。

 

「な、あ……」


 ガタイのいい成人男性が殆ど水平に吹っ飛んで行く光景というのは、人を黙らせるのに十分すぎるほどのインパクトを生む。

 その店にいる者ほぼ全員が、ケビンを含め一様に息をのんだ。


「に、人間業じゃねえ……」


「な、なにもんだ……おめぇ」


 無傷の男二人が声を震わせながら怯えた目をベルカに向ける。


「知ってどうする? いや、覚えるだけの知能が貴様らにあるのか?」


「ま、待て待て! 待ってくれ! 俺は何もしねぇよ!」


「そ、そうだぜ。 俺たちゃあんたらに何もしてねぇだろ? な?」


 ベルカは一度深くため息をつき、首を鳴らす。


「……ケビンに限った話じゃないが、自覚を持つというのは存外当人にとっては盲点らしいな」


「え……?」


 それを聞いても、男たちはまるでぴんと来なかった。


「害虫の自覚だ。 貴様ら、自分の腕に蚊が止まってもそのまま吸わせておく博愛主義者か? 生憎だが私は違う。 それが二匹三匹と自分の周りをうろちょろしてたら、残らず潰しておかないと気が済まない」


「だから、俺たちはまだ何も……」


「脳なしのゴミムシどもが。 数秒前に自分たちが何をしたのかさえ覚えていないのか?」


「何を……って……」


「ケビンの肩に寄りかかった挙句、強く掴んだだろうがっ」


「ちょ、ちょっとまてよ。 たったそれだけで――」


「それだけだと? お前らは誰に手を出したのか、これだけ言ってもまだわからないのか?」


 一転ベルカの呆れ顔に対して、呆け顔で頭の上に疑問符を浮かべる男たち。


「この男は……何だ? 彼氏か? 旦那か? 兄妹か?」


「私はこの男の半身だ。 それがどういうことかわかるな? この男が苦痛を感じた時、私はそれを迅速に取り除く。 害虫が耳障りな羽音をたてるなら、私は一匹残らず叩き潰す。 この男に降りかかるすべての災厄は、私の身に降りかかったことと同義だということだ」


 業火のようにも、極寒のようにも感じるベルカの視線に、男達は言葉を失う。 ――ケビンも含めて。


「分かったなら、くたばってる仲間を連れてさっさと消えろ」


 その勢いに気おされた男達は倒れている男と壁に吹き飛んだ男に肩を貸し、店の出口へと向かって歩いていく。 途中、すれ違い様に悪態をベルカに吐き捨てる。


「くそ、覚えてろ!」


「――待て」


 男たちが振り返った瞬間、数十本の銀食器が出口の柱に突き刺さる。


「覚えてろと言ったか? つまり、報復を考えてるということか」


「え……あ、い、いや」


「憂いは……断っておく必要がある」


 指先でクルクルとペン回しでもするかのようにナイフを回すベルカの顔は、今までと同じく冷血なまでに無表情だ。 そして、彼女は一切表情を崩すことなく有言実行するだろう。


「いえ、どうか忘れてください!!」


 出会った当初の威勢を完全に削がれた男たちが店のスイングドアを壊す勢いで退店していき、店内に静寂が訪れる。

 店内にいた客たちは男が吹き飛んだ衝撃で入った壁のヒビと、出口に突き刺さった銀食器、そして――ベルカとケビンに視線を向ける。


「……」


 ケビンはベルカをじっと見つめ、店内を見やり、務めて明るく振舞う。


「どうも、お騒がせしました」


 ケビンは会釈をして、椅子に座りなおす。 ただ、食事を再開するための両手は頭を抱えていた。

 非常に前向きに捉えるなら、この場で自分たちのことを周知させたことによって、ガラの悪い連中の更なる介入に対して牽制できた。

 少なくとも、ベルカという個人に対する脅威度は無視できない要因になっただろう。

 その暴威を見た後では、容易に絡んでくることもないはずだ。

 そして、後ろ向きにとらえるなら――明日からの調査に人間関係で支障をきたすかもしれない……。

 ケビンたちはこの土地でまだ誰とも接点がない。

 あくまで予想ではあるが、絡んできた四人の男たちもこのウェスタにおいて顔の知れたやつらだろう。

 そんなやつらと問題を起こしておいて、変に警戒されてしまうのではないだろうかと懸念するのは当然だ。

 調査において、目立たず騒がずは大原則。

 それが、物事を円滑にこなすコツだ。

 コミュニケーションにおいて、波風や角を立てないということは大原則なのだ。 


 ――そのことを、ベルカも分かっているはずだ。 だからこそ、ケビンは彼女に対して注意など野暮な真似はしない。

 

 彼女はケビンの代わりに怒り、ごたごたを払ってくれた。 護衛として、立派に機能した。

 対応が少々派手だった点は否めないが……。 

 

「ありがとう、ベルカ。 だけど、あれだね。 少しやりすぎだったね」

 

 先ほどのことをケビンは思い出す。

 一瞬のことだった。 男が自分の肩を掴んでから起きたこと。

 そして初めて見た。 ベルカの戦闘力を。

 ギルバートとリュネットが口を挟まなかった以上、護衛としての実力は問題ないのだろうとは思っていたが、実際目にしてみると、予想以上のものだった。

 自分の知っている女性の意外……とも言えなくもない、見たこともない一面に、少々戸惑ったが、彼女の見方が変わるなどということは無い。

 ただ、一瞬の出来事にしては情報量が多く、どうしても処理をするのに時間がかかるのは仕方がないことだ。 

「……ああ。 流石に、あの対応はまずかった。 父さんからも念を押されていたのに、自制が利かなかった。 ごめん」


 顔を伏せ、申し訳なさが伝わってくる声量に、ケビンの抱いていた戸惑いは霧散した


「いや、初めにあれくらい見せつけておけば、ちょっかいかけてくる連中もいなくなる。 それに、ベルカは僕を守るために動いてくれたんだ。 うれしかったよ」


「……うん」


「にしても、ギルバートさんに言われてたってことは、こうなることが分かってたってことか。 流石だな」


 やはり、親は子の最大の理解者ということなのか


「あと、リュネットにも言われた」


「へぇ、会長もベルカのことよく見てるんだね」


 ギルバートとの付き合いが長いリュネットともなると、そういうこともあるんだろう。


「朝方ケビンと合流する前に、ホンキートンクの店主にも」


「マスターも職業柄、人間観察は得意そうだ」


「運送屋のエタンにも、去り際に――」


「どんだけ言われてるのさ!?」


 もしかしたら自分が知らないだけで、ベルカのこういった側面はバーンウッドでは周知の事実なのか?

 それなりに親しくもあり、付き合いも長いというのに、自分だけが知らないことがまだまだあるとケビンの口から溜息が出る。


「このウェスタに用事とはどんな酔狂なやつかと思ったら、なるほど、確かにこの町向きのやつらだったか」


 カウンターからの声に振り向くと、彫の深い彫刻のような顔だちをした若い男が口角を上げ、しかし声を抑えて笑っている。


「いやぁ、はは……」


 苦笑いをするケビンから見たその男はたった今起こった出来事などまったく気にも留めず、アルコールの入ったロックグラスの丸氷をクルクルといじっていた。 


「見とれるような大立ち回りだった。 だが、長期間

逗留するんなら、食事のたびに騒ぎを起こすのは勘弁してくれよ。 まともな料理って言ったら、ここくらいしか出してくれないんでな」


「はい、分かりました。 気を付けます」


「確かに……次はまず表に連れ出してからにする」


「ちょっとベルカ!」


 冗談か本気か分からないが、冗談でも本気でも実際に起こったら困るので、このあと話し合いが必要だろう。


「はっは! 面白れぇカップルだな。 けどまぁ、あのチンピラたちに絡まれた原因の半分はあんたらにもあるんだぜ」


「僕達、ですか?」


「そうさ。 ただでさえロクでもない輩が吹き溜まるこのウェスタで、ゴロツキが好むものと言えば、それは女と金目の物だ。 そんな街に“アレ”で入ってきたとなりゃ、噂好きじゃなくても耳に入ってくるってもんだ。 加えて、それに乗っているのがとびっきりの美人と、懐に高価そうな時計をしまってる荒事には向かなそうな男。 正直、騒ぎを起こしたくてわざとやってるんじゃないかと勘繰ったほどだ」


「そんなつもりは微塵もなかったんですが……。 確かに、事前情報に対して不用心すぎたかもしれません。 軽率でした」

 

 言われてみれば確かに、警戒心がかけていたかもしれない。 自分がバーンウッドという恵まれた環境に身を置いていたからというのは、言い訳にならない。

 もっと慎重にならなければ、この先自分からトラブルを呼び込むことになりかねない。

 別に、馬車を用意したのはケビンでもないし、懐中時計もただ時間を確かめるために出しただけだとしても、だ。

 今後は身の振り方において、より気を引き締めなくてはならない。 


「ここはそういう町で、さっきみたいな輩が絡んでくることなんて珍しくもない。 いや、日常と言ってもいい。 せいぜい気を付けるんだね」


「ありがとうございます。 助言、しっかりと受け止めます」


 ケビンはその男に軽く会釈をする。


「ああ、ついでに言わせてもらうなら、そろそろ店を出た方がいい。 きっとさっきのやつらが頭数を揃えてここに押し寄せてくる」


「え、でも……あの捨て台詞を吐いた後にですか?」


 忘れてくれと半泣きで出ていったところを見ても、今後あうことは無いんじゃないかと思っていたケビンだが、まだまだ認識が甘かったようだ。


「あんなの、その場しのぎの台詞さ。 そこの彼女と一緒にいるなら、これから何度も聞くことになると思うぜ」


 となると、これ以上長居するのは得策ではない。 さっそく問題行動を起こしてしまったが、この町でこれ以上のトラブルは調査に影響をきたす。

 今回の調査は自分から言い出したことなのだから、責任をもって果たすためにも直ぐに席を立つべきだろう。


「そういうことであれば、僕たちはこれで失礼します。 ご迷惑をおかけしました」


「いや、面白いものを見させてもらったよ。 俺はロイ。 ロイ・ロズベルグだ。 また会ったらよろしくな。 あとねぇちゃん、あんたもあまり連れに無茶させないようにな」


「ああ……」


 ケビンとベルカはカウンターに食事の代金を置いて店主に一言謝罪し、足早に店を出る。 その後姿を見送る男、ロイは再び声を押し殺して笑い、ロックグラスをあおった。

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