第40話 ウェスタ
――ウェスタ
干上がった湖の上にできた街と聞いていた割に盆地などではなく、サルーンと呼ばれる木造でバルコニーがついた建物や、軒の連なる商店街などが活気を見せている。 ケビン達が乗ってきた馬車も、乗馬用の馬が店先につながれているところを見ると、モータリゼーションが進んでいる昨今ではあるが、さほど珍しくは映らなかった。
――というふうにも思ったが、その豪奢な作りは一様に人々の視線を集め、手綱を握っているベルカはともかく、馬車の中でその視線を感じていたケビンは御者側の小窓を開いた。
「想像していたより小さな街なんだね。 ベルカは来たことがあるの?」
「無い。 来る理由も無ければ、興味も無い。 それに、態々厄ネタが転がっていそうな街に脚を運ぼうなんて酔狂な趣味も無い」
ベルカの言っていることはもっともであり、用事もないのに治安の悪い町へと足を運ぶのはまったくもってナンセンスだ。
「だが、ケビンを護ることにそのことはまったく関係ないし、何の支障も無い。 安心して仕事に励んでくれ」
「ありがとう、頼もしいよ。 情けなくもあるけど……」
「私は護衛の仕事をしているだけ。 何を引け目に感じるんだ」
「ああ、いや、まぁそうかもしれないけど」
ケビンからしてみれば、どんな時にも自分を守ってくれているベルカやギルバートのことは非常にありがたい存在であり、同時に申し訳ないと感じてしまう対象でもあった。
彼らからしてみれば家族同然のケビンを守ることは当たり前のことであり、ケビン自身、大切にしてくれているという思いは十二分に伝わってくる。
ただ、常に庇護されている対象でいつづけるという現状は、ケビンにとって若干の居心地の悪さを感じるのも確かだった。
加えて、身体能力の観点からみても納得の布陣ではあるのだが、女性であるベルカに守られるということに、ケビンの男としての矜持が萎んでいくのも無理からぬことだった。
なにせ、本人としては先の試合でグレイドハイド家に多大なる貢献をし、漸く多少なりの恩を返し、清算できたと思ったその矢先、ベルカの過保護なまでの接触である。
そこに煩わしさを感じているわけではない。 ただ、もう少し信用して欲しいという手前勝手な考えがどうしても浮上してしまう。
どこまで行っても自分は庇護対象なのかと、卑屈になりそうな考えを頭を振って追い出す。
「今日はもう日が落ちるし、調査は明日からにして何か食べようか。 手間をかけさせた分と、手間をかけさせる分、夕食ぐらいご馳走させてよ」
こういったことでしかその恩義に報いることができないことにまた歯痒さを感じるケビンであったが、それでも何もしないよりは自身の胸の内を軽くすることができた。
「ああ、いいぞ」
「じゃあ、宿屋に馬車と荷物を預けたら、美味しいものを食べに行こう。 宿の人に聞けば、どこかおすすめとか教えてくれるかもしれない」
「そうだな。 しかし、忘れてはいないだろうがウェスタはバーンウッドと違い治安が悪い。 街中を歩くときは十分注意しろよ」
「ああ、分かった。 なるべくベルカに手間をとらせなようにするよ」
その言葉には、若干の申し訳なさが含まれていた。
今回の件の副目的には、ベルカから少し距離を置くということも含まれていた。 それは若干の息抜き程度の気持ちではあったが、ベルカに話を通していなかった以上、彼女が何かを察していたとしても不思議ではない。
ベルカからの100%の善意を裏切るような形をある意味意識的に取ってしまったことと、今も変わらず側に居てくれている彼女に対して、後ろ暗い気持ちにならざるを得なかった。
「いくらでも、好きなだけ食べてくれ」
それを払拭したいケビンは、せめて夕食はベルカが満足するぐらい豪勢に行こうと心に決めた。
「まったく、引け目を感じることばかり考えるのは、僕の悪い癖だな……」
誰にともなく、呟くように本音が漏れた。
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