第38話 出立前夜

 その日の夜、バーンウッドの町にある行きつけのホンキートンクにて朝方に集まったメンバーであるケビン、ベルカ、ギルバート、リュネットが再び顔を合わせ、運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながらギルバートの元へやって来た客人について話していた。


「わざわざ王都から使者がくるとはね。 仮病だってバレなかったかい、ギルバート?」


 リュネットの問いに眉をあげ、鼻を鳴らすギルバート。


「自信はあるが、それなりの人材を送り込んできたとなると、どこまでごまかせたかは分からん。 個人的には銀幕デビューを飾れるくらいの演技だと思っているがな」


 席に着いているその場の全員がギルバートの根拠の無い自信に不安を覚えたが、本人があまりに自信満々に話すので誰もその点には口出ししなかった。


「……ギルバートさんがそう言うなら今は前向きに捉えるとして、問題は王都のどこが送ったのかじゃないですか?」


「ああ。 陛下が気を回してくれたのか、ヘムロックを扇動したやからが使わしたのか……リュネットのところでは掴んでいないのか?」


 予想では先の件の黒幕。 しかし、あくまで予想は予想。 もしこれが善意のもと派遣された使者だった場合、対応次第ではバーンウッドの抱えている状況、ケビンの現状が好転する可能性も見えてくる。 しかしーー。


「情報屋からそれらしい話は何も……。 正直、こちらが思っていたよりも問題は手の届かない深部にあるのかもしれません。 カクラムの情報網でも掴めないということは、最悪の場合王都とは他の、予期しない筋が絡んでいるという可能性すらあります」


「そうか。 まぁどちらにしろ……」


「ええ、問題は解決していない。 ギルバートのもとに訪れたエイミという分析官、そう時をおかずに次の手を打ってくるのは間違いないでしょう」


「え、そうなんですか?」


「そりゃそうだケビン。 今回はこういう形で着地したが、リュネットの言う通り、次は別の手段を講じてくるのは明白だろう。 機体が目的だったのか、バーンウッド領が目的だったのか、私怨なのか、または、我々の思いもよらぬ目的があるのかは定かでない。 しかし、わざわざ出張って来たからには、理由があるはずだ。 例え、顔見せだけの様子見だったとしてもな」


「ギルバートさんのもとに来た理由……まだまだ、情報不足ですね」


「うむ、標的がはっきり分からなくては、動きようがない。 しかも、それが一枚岩かも分からない」 


「ギルバートの言う通り、私達は相手の事を知らな過ぎる。 こちらの対応に焦れて尻尾を掴ませるような行動をしてくれればよいのですが、それは望み薄でしょうね」


「ああ。 暗躍している人間も素人ではないだろうから、そうそうボロはださんだろうな。 かと言って、探りを入れる人員を増やそうにも、そういった深度まで潜れる人間を確保するのも大変だ」


 潜れる人間、諜報員というやつだが、確かに今まで影すら踏ませなかった相手を探ろうとなると、それなりの実力を持った人材が必要となるだろう。


「それなんだが、私の方でトカゲの尻尾を用意してある。 いざとなったら切り離せる便利なものだ。 確保が難しかったら私に声をかけてくれ」


 と、今まで黙々と料理を口に運んでいたベルカが飲み物を一口飲んだところで申し出てきた。


「へぇ、ベルカもそういう人を雇ってるんだね、知らなかった」


「ああ、最近手に入った」


 それはつまり、今まではいなかったという事か。 一体いつの間に……とケビンは考えたが、詮無いことだ。 朝夕以外は別行動することもあるし、出先でそういうコネクションを作っていたとしても、別に何も不思議じゃない。

 ただ――。


「でも、切り離せるなんて、そんな捨て駒みたいに言うもんじゃないよ。 いや、実際そういうものなんだろうけど」


 どうにもベルカが命を軽んじているように聞こえたのが、ケビンにはどうにも気に入らなかった。


「……ああ、分かった。 飲み物を取ってくるが、ケビンはエールでいいか?」


「うん、ありがとう」


 ベルカは自分の分とケビンの木製ジョッキを持ってカウンターまで歩いていく。 


「……そうだ、諜報員といえば、ウェスタでケビンの事故に関連した情報を集めていた者からの連絡が途絶えました」


「何、いつだ?」


 リュネットが思い出したかのように言うそれに、ギルバートが尋ねる。


「発覚したのはつい先刻です。 調査書類の到着が遅れていたので、発送の確認を取ろうと昨日のうちに電報を打ったのですが、返事が帰ってこない。 なので、これから直接現地に人を送り、消息を調べます」 


 それはケビンとリュネットが商会の執務室で工場の話を積めていたときにもたらされた情報。

 捜査関係者ということでケビンも突然もたらされたその情報を共有しているが、実際問題として心境は穏やかではなかった。

 

「――あの、それなら僕に行かせてもらえませんか?」


 リュネットの説明に一拍置いてそう切り出したケビン。 それを若干驚いた面持ちでギルバートは見ていた。


「どうしてだ、ケビン?」 


「それは、自分の事ですし……」


 至極まっとうな返答と言えるその言葉に、嘘はなかった。 そして、自分のことを捜査している人が、何かに巻き込まれたのではないかと思うと、不安と焦燥感に駆られるのも、また事実だった。

 自分の過去を調べる過程で、誰かの身に不幸が起こるというのは、ケビンにとっては躊躇し、受け入れられないこと。 その状況を打破できるチャンスがあるのなら、進んで状況に身を投じようというのは突発的ではあったが、本心でもあった。

 ――それが理由の一つ。


「ですがあなたには時計作りの仕事が……そういえば、ケビンはベルキスカ嬢に仕事をしないように監視されているんでしたっけ?」


「いえ、仕事はしてはいるんですけど、以前のような昼夜逆転をしない様に、生活リズムを管理されています……」


「ああ、それは君の為にもぜひ続けて欲しい」


「ですが、徹夜をさせない意志が強すぎます。 正直、収監された囚人レベルの監視体制です。 気持ちはうれしいんですけど、こう……作業がノっている時は、そのままやり続けたいっていうのが正直なところでして、強制的にその環境を取り上げられるのって、割としんどいんですよ」


 職人には、調子によってその日の出来栄えや作業効率が劇的に変わるタイミングがある。 そういう時は集中力は研ぎ澄まされ、より良いものが出来上がる事も少なくはない。

 ただ、それを自発的にコントロールすることは難しく、キリのいいところの終わり間際でそういったゾーンに入ってしまうと、簡単に延長戦に突入してしまう。

 それは職人にとっては別段苦でもなんでもなく、むしろ楽しめる瞬間なのだが、傍から見ている人にはなかなか理解しにくい光景なのだ。


「つまり、有体に言うなら羽目を外したいってことか?」


「まぁ、言葉を選ばないなら……。 バーンウッドに居ては、どこにベルカの目があるか分かりませんから」


 その物言いが善意で動いているベルカに対して失礼だという自覚はあるが、ケビンが今一番欲しているのはプライベートだ。


「まったく、贅沢な悩みだな。 今から慣れておかなくて将来どうする……」


「え、将来?」


 現状と将来がどう関係するのかギルバートに聞こうとケビンが口を開きかけたとき、リュネットが若干表情を曇らせたのが気になって、そちらを優先した。


「しかし、気晴らしにウェスタですか……」


 リュネットの言うウェスタというのが地名であるということは何となく察したケビンだが、はじめて聞く名でもあった。


「何か、問題が?」


「はい。 簡単に言ってしまえば、治安が良くないんですよ」


「治安、ですか? あ、ちなみにウェスタとはどういった街なんですか?」


 ケビンのその問いに、ギルバートが答える。


「そうか、ケビンはまだ行ったことがなかったな……。 隣国との小競り合いが落ち着き、戦時下を離れた王都の経済政策によって大幅な軍縮がなされた際、軍隊や関連企業の抱える人材がどうしてもあぶれるという事態がおきた。 当時の規模から考えれば当然の結果ではあったが、かといって、見合った受け皿が直ぐに見つかったわけじゃない。 器用に立ち回れた人間は新たに雇用先を見つけたり、仕事を起こすことで対応することも出来たが、それでも何割かは適応できない者達がどうしてもいた。 そういった者達に、荒い仕事を斡旋することで収益を上げていた街がウェスタ。 かつてはウェスタ湖という巨大な湖があったんだが、大干ばつで干上がったその地に自然と吹き溜まるように典型的な荒くれ者が集まってできた街だ」


「……なるほど、確かに荒事となったら、僕は手も足も出ないでしょうね」


 正直、どの街もバーンウッドと同じような場所だと勝手に思っていた部分は確かにあった。 以前足を運んだ工業都市イグニカのような例外はあれど、人の居る場所はどこも安全な場所なのだと。 しかし、それは世間を知らない――忘れてしまった自分の幻想に過ぎないということを再認識させられる。

 ただ、だからといって“はいそうですか”と引き下がるつもりはケビンに無い。

 羽目外しが主目的に取られたかもしれないが、音信不通となった諜報員の情報収集だって手を抜くつもりは微塵もないのだ。


「ですが、やることは決まっていますし、そのような人たちに絡まれるような立ち回りは避けますから、やらせてもらえませんか? 絶対に無茶はしませんから」


 ケビンが真剣な面持ちでそう言うと、ギルバートとリュネットは互いの顔を見あい、苦笑した。


「そう、だな。 存外器用に立ち回るケビンなら、その心配は無いだろう。 な、リュネット」


「器用だという点に異論はありません。 ただ、念のためこちらで一人付き添いを用意しましょう。 ケビンの言うことを信用していないわけではありませんが、やはり保険は必要です」


「そんな、わざわざそこまでして頂かなくても……」


「私は君にビジネスパートナーとして投資しているんだから、何かあっては困るんですよ、ケビン。 折角キルベガンと締結した商売が無駄になってしまうのも困る。 これが飲めないのなら、私としては君のウェスタ行きは賛同できませんね」


「うむ、そういうことだ。 損得勘定で話しちゃいるが、俺もリュネットもお前が心配だという点に変わりはない。 しかも金にうるさいカクラムの会長が厚意で護衛をつけてくれるて言ってるんだ。 ここは乗っておくのが賢い立ち回りだぞ。 それが飲めんのなら、私も許可は出せんな」


「は、はい……」


 割と本気の忠告を受け、若干身構えるケビン。

 そのひりつきそうになる空気に、しかしリュネットは

笑顔でそれを霧散させた。


「大丈夫です。 君の意思を尊重して、気晴らしの邪魔にならない人材を護衛として用意しておきますよ」


「ありがとうございます、会長。 ギルバートさんも」


 本心と共に頭を下げるケビン。 ただ、その頭の中では、一つの疑問点が生じていた。

 リュネットの言うような人材というのは、どういった人なのだろうか、と。


「それと、ウェスタまでは君と仲の良いエタンに送ってもらうよう手配しておきますから、さっそく明日商会まで来てください。 事情が事情ですし、早手回しで動いていきましょう」


「分かりました。 よろしくお願いします」


 こうして、調査と息抜きをかねたケビンのウェスタ行きが決定した。

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