第37話 エイミ・シュトライゼン

「遠路より足をお運びになったこと、心より感謝申し上げます。 そして、その恩義に応えられず、礼を失するような迎えとなってしまう姿で応対する無礼を、どうかお許しください」


 寝台の上で真っ白なシーツに包まれたギルバートは弱々しくもしれっとそう口にし、入室してきた王都からの使者に会釈をした。


「お気になさらず、バーンウッド卿。 私どもこそ、急な訪問となってしまい、申し訳ございません。 私、王都で情報分析官をしております、エイミ・シュトライゼンと申します」


 深々と一礼をするスーツを着たエイミと名乗る女性。 金糸のように艶やかな色をした髪をアップでまとめたその姿は、まるで、芸術家が魂を込めた彫刻がそのまま動き出したかのように、街中を歩けば誰もが振り向くほど均整が取れていた。


「バーンウッド卿、市井の者へジョスト・エクス・マキナの布教するために、ここまでご尽力していただき、誠にありがとうございました」


 それは、ギルバートが“出場したことになっている”、

 誰もが知ることとなった“あの”試合。 関係者以外には、新人機士ヘムロックに対して英雄ギルバートが演出として窮地に陥り、その結果、軽くはない怪我を負ったということになっている。 それは大々的に報道され、王都で陰謀を巡らせるために眼を光らせていた者達にとっても、その壮絶な戦いは真実として受け止められている。

 誰も、機士ですらない青年が搭乗していたとは夢にも思っていない。


「いえ、お恥ずかしながら年甲斐もなく少々気張りすぎたようで、それでこのような醜態を晒すことになってしまいました。 やはり、ブランクというのは誰にでも訪れるものですね」


「とんでもない。 あの場での試合は、現代を生きるものに限らず、後世に長く語り継がれるでしょう。 あれはそれほどの戦いでした。 新人ながら勇ましく戦い抜いたキルベガン男爵はもちろんですが、劣勢から巻き返していくという演出を、あそこまでヒロイックに作り上げるその手腕と実力は、国内全ての人間の心を震わせたでしょう。 これは王都に居るだれもが抱いた感想です」


「そうですか……」


 エイミのその言葉は、実際に戦ったケビンのことを称賛するものだった。 そしてギルバート自身も、ケビンの事を褒められて悪い気はしなかった。 むしろ、誇らしく思った。


「ええ。 それに、以前搭乗されていた機体を改修されたというニア・ヴァルムガルドの力強さは、重量級パーツの需要増加にも繋がった。 多くの機士と企業に多大な影響を与えております」


「ほう……。 それは、思わぬ形で貢献できたのですね」


「はい。 あれほどの試合であれば、宣伝効果は絶大です。 実は私もその熱気にあてられた一人でして、よろしければ御身の搭乗した機体、ニア・ヴァルムガルドを拝謁したいのですが、よろしいでしょうか?」


 ようやく本題か。 ギルバートは社交辞令ばかりで弛緩しかけていた意識を顔に出さないまま引き締め、努めて平静にエイミに視線を向ける。


「構いません。 ですが戦闘後の損傷がかなり激しく、人手も足りないのでほとんど手付かずの状態で放置しておりますが、それでよろしければ」


 ギルバートはベッドから体をかばうようにゆっくりと立ち上がり、着替えることを察したエイミは一礼をして、部屋を後にした。


――


「これは……凄まじい戦闘だったことが伺えますね」


 先の戦いの後、機体の整備をする為にグレイドハイド邸のガレージへと運ばれたニア・ヴァルムガルド。

 あれから幾日も過ぎたが、エイミの前に鎮座するそれは、激しい激闘を終えた後、特に修繕がなされないまま放置されているようにしか見えなかった。 客観的に見て装甲に所々破損個所はあれど、大会中に吹き飛んだ右腕部以外を除けば、全体的な外装やフレームにはそれほど大きな損傷は見られない。 それは重量級故の頑強さがあってこそだ。

 だが、それはあくまで外見だけ。

 機体の内部、特に駆動系は散々たるものだった。

 とりわけ、機体の心臓部となるパワーユニットは損傷が激しく、タービンシャフトや変速機にいたっては、砕けたクッキーのようにボロボロだった。

 同時に、機体を構成するうえで最も脆弱である部品、搭乗者も例外ではない。


「まさに、勇猛な戦いの名残として、哀愁を誘いますね」


 例え半壊であったとしても、いや、だからこそ、その姿は人々の心を打つ何かを感じさせてくれる何かが、目の前の機体にはあるのだろう。 エイミは機体を見上げてそう口にした。


「……エンジンは、どうされたのです?」


「オーバーホールに出しています。 恐らく、直るのは冬ごろでしょうか。 数年後の」


 それは修復を諦めたと受け取られても仕方がない言いようだったが、ギルバートはそれで構わなかった。

 正直なところ、エイミに件のエンジンの事を諦めてほしかったからだ。

 王都からの来訪は、確かに大会に貢献したギルバートを労うためのものに間違いない。

 しかし、本命は違うところにあるとギルバートは確信していた。

 あの戦闘で高回転型のエンジン、ガスタービンの秘密に気が付いた人間は決して多くはない。 しかし、ゼロでは無い以上、こういう来訪者が訪れることは予想されていた。

 大会でニア・ヴァルムガルドが見せた圧倒的機動力。 その要因となった既存のエンジンをはるかに上回る出力を生み出したガスタービンエンジンを確かめるためにはるか遠方からもっともらしい口実を引っ提げてエイミはやってきたのだと。


「バーンウッド卿、よろしければ、我々も修復に協力いたしましょうか? もちろん、それに伴う費用に関しても我々が全力で支援させていただきます」


 どうしても“あれ”が欲しいのか、堂々と食い下がってくるエイミ。 しかし――。


「ありがたいお言葉です。 ですが、それには及びません。 この件はカクラム商会に知己がおりますので、丸投げするような形で任せています」


 無論、知己とはリュネットの事であり、オーバーホール先もカクラム商会だという点では間違っていない。

 つまり、ギルバートは遠回しに“ほっといてくれ”と言っているのだ。


「……そうでしたか。 それでは、何かご用向きがございましたらいつでも私どもにご連絡をください。 私共は、いつでも、バーンウッド領の繁栄とギルバート様の健康をお祈りしております」


「お心遣い、感謝いたしますエイミ殿。 陛下にもよろしくお伝えください」


「分かりました。 どうぞ、ご自愛ください」


 そこへ、丁度黒塗りの車がガレージの前で停車し、後部ドアが自動的に開いた。

 それを折衝の際として、エイミは綺麗に一礼し、その車に乗り込んで去っていった。

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