第24話 混線
《ああ、私だ。 どうだい、初めてリーゼ・ギアに搭乗した感想は?》
「……っ」
ヘムロックによって、通信回線を奪われた。
そんなことが出来るのかと一瞬考えたケビンだが、すぐに現実を受け入れた。
こいつならやる。 勝つ為なら、いかなる手段も取る男だということは、先の戦いで重々承知していた。
《どうした? 会話を楽しむ余裕は持ち合わせていないのか? それとも、孤独となった今、恐怖を感じているのかい?》
明らかな挑発、こちらの心理を揺さぶるヘムロックの言葉に、ケビンは何も言い返すことが出来なかった。 何故なら、完全に図星を突かれているからだ。
「一体、どうやって……」
《我々は何もしていない。 ただの混線だろう。 たまたま繋がった貴重な機会だ。 せっかくの招待と思って、もっと楽しもうじゃないか》
混線……そんなわけがないと、ケビンは歯噛みする。 いや、まともな相手だったらそれで頷きもしよう。 しかしどう考えたところで、これがヘムロックの計略だというのは明らかだ。
加えて、強制的に外部との繋がりを切断され、自分一人で闘うことを強要される。
この圧倒的不利な状況を、一人で――。
「……き、貴族から招待とは、僕の格も上がったもんだ」
――切り替えなければならない。 どうにもならないことはどうにもならない。 動揺しても臆しても、事態が回復しないことは明確。 ならば、どうにかなる算段がつくまで、現状をこれ以上悪くしないように立ち回らなければならない。
よって今ケビンがでも出来ることはただ一つ。 心が折れないように気を強く持つことだ。 それゆえにとっさに出たのが、平静を取り繕うように出た軽口だった。
《まったく君はたいした奴だ。 ただの時計職人がこのような場にしゃしゃり出てきて、まともに戦うことが出来るのかと最初は疑わしかったものだが……。 なかなかどうして、まともに歩くどころか、いっぱしの機士のように闘えている》
余裕を持った口調でヘムロックが話し続けている間、ケビンは機体を滑走させながら通信機を操作する。 しかし、リュネットからの通信は一切ない。 どうやら、本当に回線を掌握されたようだった。
「……っ」
たとえ孤立していようとも、戦いは未だ継続している。 外壁を疾走しているニア・ヴァルムガルドの目前に、先ほどは回収し損ねた突撃槍が見えた。
今度は絶対に槍を回収しなくてはならない。 ケビンは慎重に操縦桿を操作し、目標に向けて――。
《次は大丈夫かい? また落としたら、流石に周りからも怪しまれてしまうぞ》
「黙ってろ!!」
ヘムロックの言う通り、この機体にはギルバートが乗っていると会場中――大陸中が思っている。 無様な戦闘は勝敗如何にかかわらず、ギルバート・グレイドハイドの名を堕とすことにもなりかねない。
ただでさえ無様な戦いぶりを披露してしまっている今となってはもう遅すぎるかもしれないが……。
「……っ」
しかし、だからこそ……勝つ為にも、ギルバートの栄誉の為にも、これ以上のミスは許されない。
「目標との距離、確認。 相対速度とグラップタイミングを調整……」
高速で駆け抜け、後方へと流れていく視界の中、右の操縦桿に神経を集中させ、右腕部を今までで一番慎重に操作する。 そして――。
「――よしっ!!」
右腕部からの振動と、パワーアシストされても操縦桿伝わってくるその重量で、確実に突撃槍を掴めたことが分かる。
《素晴らしい。 やはり素人とは思えない。 では、三度目の交戦といこうか!!》
ディノニクスは既にターンを終え、突撃槍に力を注ぎ込む為に砂塵を巻き上げながら加速し続け、ニア・ヴァルムガルドに突進してくる。
「くそっ!!」
完全に出遅れているケビンも機体のターンを完了させ、突撃槍を番る。 そして向かってくるヘムロックを正面に捉え、蹄鉄の回転数を上げる。
「目標確認。 射突装置をセット!!」
リュネットの教え通り、右手で握り締めたレバーを後ろにぶつける勢いで引き込む。
もはや自身が動作を確認する為の状況報告。 だが、いつ無線が回復してもいいように、リュネットに報告するつもりで近況を口に出し続ける。
「目標との、相対距離……っ」
――解らない。
突撃槍を目標に命中させるには、相手との距離感と射突タイミング、なにより経験がものを言う。
最も重要な場面をサポートしてくれていたリュネットの声がない今、ケビンにはいつ突撃槍を突き出せばいいのか、相対距離がどんどんと縮まっていく最中にあって、予測もできなかった。
だから、今回はディノニクスが眼前に来た直後に、己の勘で突撃槍を突き出すしかない。
狙いは、逆転を図る頭部――。
「今だぁ!!」
レバーを前方に叩きつけるように押し出す瞬間、今までで最大の轟音と衝撃が体を貫いた。
《私はここだ!!》
ふっ飛びそうになる意識の中、誰かの声がヘッドセットを通してケビンの耳に聞こえてきた。 だが、頭の中でそれを意味あるものとして認識することは、混濁する意識では難しかった。
しかしそれでも、止まってはいけないという無意識下の強迫観念に突き動かされるように、ペダルだけは踏み続けていた。
《やはりタイミングを掴むのだけはセンスがある。 さすが時計職人だ。 あと一メートル君の槍がズレていたら、こちらの頭部は吹き飛ばされていたかもしれない》
再び耳に入ってきた声に頭痛と吐き気、それに真正面から外周壁にぶつかった衝撃で意識がはっきりした。
瞬間的に事態を把握し、急ぎ機体を九十度反転させ、ケビンは機体を走らせる。
衝撃のデカさからいって、胸部に直撃を食らったのは間違いないと自己分析する。 これでポイントはヘムロックに二ポイント入ってケビンがノーポイント。 すなわち、三対〇。
「……ぅ、っぐ……ぃ」
機士達はこんな衝撃に絶えながら闘っているのかと、ケビンは息を整えながら再認識する。
同時に、自分の攻撃が不発に終わったことも理解していた。
ケビンの方は突撃槍に伝わる衝撃が無かった。 そして左腕の操縦桿の感覚。 何より、視界の端に映る自身の突撃槍が砕けていないのだから決定的だ。
《まだ動けるとは、存外機体も君も頑丈だな》
「ふぅ、っ、ぅ……うるさい、こっちは頭の内側で、金槌が暴れまわっているみたいな頭痛がするんだ。 それ以上しゃべるなっ」
《くっく、まぁそうだろうな。 しかし次で終わりだ。 ポイントは現在私が三、君がノーポイント。 次の交戦で君が私と少しでもポイントを詰めなければ、その時点で殆ど詰みだ》
ヘムロックの言う通り、確かにこれ以上ポイントの差が広がるのはまずい。 しかしそんな事はヘムロックに言われずともケビンとしては重々承知している。
承知しているが……どうすればいいの打開策を未だに見いだせてはいない。
「はぁ、はぁ……」
ケビンの突撃槍は当たらない。 経験の差は明確。 いまだにニア・ヴァルムガルドが動いてくれているのは、重量級というタフネスに助けられているからだ。
既にポイントを多く取られている以上、次のラップで攻撃を当てないことには、勝ち筋すら失ってしまう。 ならば、少しでも互いの力量差を縮める必要がある。 だが、ケビンの方から縮めることは不可能だ。 それは、ケビン自身が一番分かっている。
「……ガラじゃないけど……向こうをこちらの技量に引き下げるしかないっ」
それは、本当に気が向かない……小手先ともいえる手段でもある。 敬愛する機士ならば、決して取らない手段だろう。 しかし、他に取れる手がない以上、奴が招待してくれたというこの回線を利用しない手は無い。
ケビンはそう決意し、口を開いた。
「さっきから、うる、さいぞ……門閥貴族の坊や」
《ん?》
「初めての公式戦で、はしゃいでるのか?」
《……何だと?》
「分かるよ。 大勢の前で、こちらの膝を着けさせることが目的だったあんただ。 現状は思った通りにことが運んでるからな。 楽しくて仕方がないだろう」
《あぁ、その通りだ。 まさにだよ。 私は今、あのバーンウッド卿と互角以上に戦っているのだから、高揚するのはしかたないことだ。 事実、私は楽しんでいる。 楽しくて仕方が無いよケビン君》
「……だろうよ。 おまけにこの実力差、パルヴェニーで戦った時と比べたら、さぞかし僕は楽な相手だろう。 ねぶり、いたぶるにもってこいだ。 あんた好きだろ、そういうの」
《うむ。 しかも戦いの果てに最高の褒賞が待っているともなればなおさらだ。 まったく、このような機会を与えてくれた者に感謝せねばな!! はっはっはっは!!》
嘲笑交じりの声は実に聞くに堪えない。 堪えないが……。
「ああ、確かにお前は周りの人達に感謝した方がいい。 操縦の覚束ない未熟な機士と鈍重な機体を相手に、お前は無線の乱入と、家が用意してくれた特別な機体を使って、初めてようやくまともに戦えるんだから」
そこで初めて、ヘムロックが数瞬黙り、楽しげだった声色から一瞬で熱が失われた。
《……何?》
「だけどな、こっちはまだ膝をついてないぞ。 おんぶに抱っこをしてもらわなきゃ、何も出来ないお坊ちゃん」
挑発しているケビンの方が気分が参ってくるような悪態の数々。 しかし、かと言ってやめるわけにもいかない。
ヘムロックに冷静でいられたら困るのだ。 少しでも感情に起伏を持ってもらわないと、自身の勝ち筋を見失う。
こんなやりかた機士――騎士道とは最も遠い行いだ。
「あんたにとって、英雄に圧倒的優位で勝ち鬨を上げるまでがセットなんじゃないのか。 ならそういう高笑いは、決着がついてからやりなよ七光り」
だが、災厄の元凶であるヘムロックに対して、立場や役割を度外視してでも、ケビン自身が言ってやりたかったことでもあった。
《貴様……》
ヘムロックのその声に再び、感情的なものが含まれた。 今度は憤りを込めた声だ。 だが、ケビンが期待していたほど大きな影響は出ていないようだ。 かといって、ケビンの罵倒用語のストックもボキャブラリーもそれほど豊富ではない。 もとい、ほとんどネタ切れとなっていた。
「……なんだ、図星か? 案外沸点が低いんだな。 ああ、それと……これだけは言っておきたかったんだ」
《……》
「いいか、あんたにベルカは不釣合いだ。 ギルベガン子爵、ヘムロック・グルーバーはベルキスカ・グレイドハイドに見合う器じゃない」
返答が即座に返ってこない。 冷静さを取り戻したのか、ケビンが思ったよりヘムロックの精神は頑強だったようだ。
《……残念だよ》
ぼそりと、そんな声がスピーカー越しに届く。 その抑揚の無い言葉。 ケビンには、それが問題なく感情を処理できているように思った。
《ここに砕けない槍が無いのが……》
だが、それはケビンの思い過ごしだったようだ。
《もしあれば、永遠に君の時間を止められたのにな。 時計職人のケビン・オーティア!!》
ディノニクスが突撃槍を回収し、ターンを終え、勝負を決める為に一直線に突撃してくる。
「ヘムロック、僕の時計の売りを教えてやるよ。 そう簡単に壊れないって所さ!!」
ただ怒らせただけなのか、冷静さを欠いたヘムロックのミスを誘えるかは、この後直ぐに分かる。 後はケビンがミスをしないように機体の手綱をしっかり握らなければならない。
今回、突撃槍を回収する必要は無い。 折れないまま右腕部に残っている。
「――タイミングは、おおよそ掴めた」
タイミング……ジョストに関しては完全に素人だが、ケビンは時計職人、コンマ単位でタイミングを計るのはお手の物だ。
交差するのはもう四度目。 相対距離がゼロになるタイミングならば、計算じゃなく感覚で覚えた。
「九、八、七……」
ケビンには最終ターンをしてから加速するだけの時間はない。 加えて、外周のターン開始時に速度を落としたことで、フライホイールに溜めるべき射突のエネルギーを十分に稼げていない。
何もかもが後手に回っている今、このままではターンした後に直線に入っても、ほとんど距離を稼げず、外壁を真後ろに背負った形で闘うことになる。
だが、それが今ここに至ってはかえって好都合となる。
「ターンポイント、旋回完了。 蹄鉄の起動を停止。 両脚部関節固定、サスペンションのテンション調整。 射突装置、セット!!」
加速できないなら、外壁を背にしたここが、最良のポジション。
《貴様っ》
そう――ヘムロックは、走り抜けることが出来ない。
《舐めるなよ》
「何っ!?」
ディノニクスの速度が、落ちない。
このままでは奴はけびんを挟むとはいえ、壁に激突するのは明白だ。
《勝利することに対して、私だって必死だ!!》
ディノニクスの右腕部は射突位置を高くし、最大パワーで突き降ろしてくる。
「そうかい!!」
その
ケビンは射突装置 の開放レベルを全開にして、中途半端に溜まったエネルギーを前方に突き出した。
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