第23話 運命のエキシビションマッチ

 コロシアムに盛大なファンファーレが鳴り響き、それが鳴り止むと人々の意識は司会者へと収束する。


『ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしました!! 突然のトラブルによりお時間を取らせてしまいましたが、これより、正式にエキシビションマッチを開始いたします!! さて、これ以上お二方の賛辞を重ねることは、もはや必要ないでしょう。 なぜなら、お二方はこれより我々が称え、後世へ語り継ぐ戦い振りを見せてくれるのですから!! それでは、まずは西門から、本日最大のイベントの立役者であり、新進気鋭の若手ホープ。 搭乗者、ヘムロック・グルーバー!! 搭乗機、ディノニクス!!』


 西門より再び姿を現したディノニクスの無骨な右腕部には、今度は長大な突撃槍が握られ、それを一度高く掲げ、その存在を示し、歓声に応えている。


『東門、搭乗者、ギルバート・グレイドハイド!! 搭乗機、ニア・バルムガルド!!』


 ケビンは機体を前進させ、ヘムロックと同じように槍を高く掲げた。


『本エキシビションは五ラップのターンメント!! 試合終了時に相手よりポイントを多く取得するか、相手を行動不能に陥らせた方の勝利とします。 両機、スターティンググリッドへ!!』


 ニア・バルムガルドとディノニクスは定められたスタート位置まで機体を移動させる。

 きっと今頃、コロシアム北側に設けられた来賓席では、ちょうど席に着いたベルカがこちらを見下ろしていることだろうとケビンは一瞬だけそちらの方向へ視線を向ける。


「両者、伝説を創るべし!! カウント――開始ぃ!!」


 コロシアムの四方と中央に吊られているシグナルランプが赤く順に点灯していく。


《ケビン、状況報告だけは決して怠ってはいけませんよ》


「了解です会長」


 フットペダルに意識を集中し、踏み込みのタイミングに神経を集中させる。


《ヘムロックはその機体の中身がギルバートじゃないことを分かっています。 同時に、機体も別物であることは理解しているでしょう》


 ヘムロックに僕の情報がどの程度行き渡っているかは解らないが、未確認のギアが相手という点を差し引いたとしても、素人同然の相手に違いは無い。 警戒はするだろうが、全力は出さず、最初は余力を残した立ち回りで来るだろう。


「では、計画通りに」


《ええ。 計画通りに》


 こちらにとって唯一のアドバンテージは、相手がこちらの事を把握し切れていない事だ。


 だから――。


「……っ」


 ニア・ヴァルムガルドの機体性能、ケビンの機士としての実力を完全に把握される前に、初手から全開で取りにいく!!

 シグナル全点灯からブラックアウトした瞬間に、ケビンは勝利する為決意と共にフットペダルを力を込めて踏み込んだ。


「歩行開始! 初速確保、クラッチを蹄鉄に……接続!」


 鈍重な機体を踏み出しによって前進させ、駆け出した勢いをそのままに踵部装備の起動輪に動力を無限軌道に繋げ、土煙を上げながらフィールドを滑走していく。 その瞬間の加速度にケビンの心拍数が一瞬にして跳ね上がる。


「……くそ、出遅れたっ」 


 初めての本番にしては上々、しかしヘムロックに比べ出足が遅れた。 中量三脚と重量二脚の素体の差――というより、錬度の差が如実に現れた。 ニア・ヴァルムガルドがまだ十分な速度に達する前に、ディノニクスは最高速に到達し、突撃槍の穂先を正面に構え疾走して来る。


《相対距離六! 槍を構えて!!》


 会長の指示を受け、コックピット右壁面にあるレバーを握り、後方へとスライドさせる。  その操作に追従するようにニア・ヴァルムガルドの右腕部は突撃槍ごと後方へと引き込まれる。


「射突装置……セット! 右腕部、射突体勢に固定!!」


開放デプロイレベルは最大!!》


「レベル最大!!」


 リーゼ・ギアが突撃槍を突き出す際の射突力は、腕部の射突機構にエンジンのトルク、ブレーキング時のエネルギーから回収した慣性モーメントを専用装置フライホイールによって回生、蓄積し、それを運動エネルギーとして使用することによって決まる。

 つまり、ギアにとっての攻撃力とは、専用装置に蓄えられた運動エネルギーをどう使うかに関わってくる。 場合によっては、エンジンよりも重要なユニットだ。


「……っ」


 視界の端で確認した回生充填率を示すタコメーターが規定値に達していなかった事に焦りを感じつつも、ケビンは指示通り、射突装置のレバーを思い切り手前に引き込む。


《進路そのまま! 速度維持! 射突用意!!》


 コックピットの正面反射板に映るディノニクスとの相対距離が目に見えて縮まってきた。

 もう、ディノニクスの顔も……エンジン音まで聞こえてくるかのような錯覚を覚える。


《三、二、一……》


 二機の距離が交差する瞬間、視界に広がるのは無骨な右腕部から突き出されたディノニクスの突撃槍――っ。


《今!!》


「――っ!!」


 射突装置のトリガーを引きながら全力で前方にレバーを叩きつける。


 ニア・ヴァルムガルドの突き出した突撃槍の穂先はディノニクスのシールドによって阻まれ、そのまま槍は砕けた。 それと同時にケビンはディノニクスの突撃槍を左肩部にモロに食らい、全身を奔る叩きつけられたかのような衝撃に一瞬呼吸をすることが出来なかった。 


「――っぐ!!」


 防がれた。 今のでヘムロックは一ポイント、ケビンはノーポイント。 最低でも同ポイントで始めたかったケビンは、ヘムロックに先制点を献上してしまった――。 


《止まるな!!》


 リュネット声で、ケビンは緩めそうになったペダルに力を込め直した。 ここでエンジンの回転数を落としたら蹄鉄へ送るトルクが落ちるだけじゃなく、専用装置に貯めるエネルギーも低下してしまう。


「りょ、了解……!!」


《ターンポイント!!》


 息つく暇もなく正面に壁が迫る。 折れた突撃槍を投棄し、操縦幹と体を全力で右に傾け、減速が間に合わないまま強引に機体を左へ九十度反転させる。 


「っくそ!!」


 機体を横滑りさせながらターンポールを越えて壁面に衝突し、しかし甲高い音を出しながら右肩部と壁を擦り付け、火花を散らしながら外周を疾走させる。


《槍の回収距離まで五、四……》


 まだ先ほどの衝撃で息がしづらい……だが、目の前に迫る外周の突撃槍回収地点が視界に入った。

 慎重に、新しい突撃槍を回収し――。


『ケビン、射突装置を戻すんです!!』


「しまっ――」


 機体の右腕部が射突姿勢のまま固定されていた状態で、槍の補充ポイントまで来てしまった。

「っく!!」


 腕部の優先操作順位は射突装置が最優先となる為、入力状態が維持されたままでは腕部の通常操作はうけつけない。

 ケビンは即座に射突装置を元に戻したが、遅かった。 壁面に沿って並べられていた五本の突撃槍の最上段を取ろうとしたが、回収動作が間に合わなず、反射鏡に映る視界の端と機体に伝わる振動で、突撃槍を取り落としたことが分かってしまった。


「や、槍の回収に失敗!!」


《切り替えましょう。 次のターンポイントまで、三、二……》


 突撃槍の無いままターンポイントを周り、同時に視界の先で砂塵を巻き上げながら突撃してくるディノニクスが見えた。 当然、向こうはこちらを引き裂く為の“爪”をしっかりと回収している。


《ケビン、奴の突き出す突撃槍は見えましたか?》


「……見えました」 


《よし、普通直撃する槍を見続けられる者は熟練者でもそうはいません。  駆け出しにしてはいい度胸です。 それと、突撃槍の突き出しが中途半端でした。 開放レベルを最大にするなら、ディサイドレバーはもっと引いてください》


「りょ、了解です」


《槍は回収できませんでしたが、次は防御だけを考えればいいと思えば、難しいことは無いでしょう。 防げさえすれば、盾は失うでしょうが、仕切り直しとなります。 フォールディングシールド、展開!!》


「はい!!」


 コックピットの左壁にあるスイッチを下から上に弾く様に入れると、機体の左肩部後方に折り畳まれてマウントされていた装甲版が左腕部を覆うようにして菱型に展開される。


 その盾を胸部前面に構えたまま蹄鉄の回転数を上げていく。


 ケビンは盾を使って突撃槍を逸らすなんて芸当は出来ない。 しかし、これでしっかりと攻撃を防げれば、ヘムロックにポイントは与えず、次のラウンドへと進むことが出来る。


《相対距離ゼロまで、四、三、二、衝撃に備えて!!》


 盾にディノニクスの突撃槍が迫る。 リュネットの指示に歯を食いしばりながら、ケビンは操縦幹とペダルは全力で前進を操作していた。


「っぐ、は――っ!?」


 ディノニクスの突き出した突撃槍は盾によって防がれ、両方が同時に砕けた。 だがその衝撃は勢いそのままに機体を、搭乗者を貫く。 肺の中の空気が全て吐き出され、しかし吸うことを許してくれない。


 初撃の比じゃないほどに、それはケビンにとってとんでもない威力だった。


「づ、ぅ……」


 それも当然だ。 外周を走り、突撃槍を回収し、直進してくるまでに十分な回生エネルギーを回収することが出来ただろう。 それを全て射突に込めたとすれば、納得できる威力だ。


《ペダルそのまま!! 絶対に放さないで!!》


 無呼吸状態ではあるが、次は機体操作に遅れを出さず、ターンポイントを前に旋回姿勢を取る事ができた。


「っは、はっ、は――」


 息が吸えるようになったというのに、息つく暇もないとは笑えない冗談だった。 次々と迫る展開に、しかし、ケビンには一度経験した流れであるが故、立ち回りにおける頭の整理は多少出来ている。


《ケビン、今の突っ込み、盾のみとはいえ、とても素人とは思えないくらいです。 自信を持っていい。 今はそれが最高の武器になる》


「はい!!」


 リュネットの無線は、それが真実であれ建前であれ、メンタルケアという点においては、これ以上なく効果を発揮している。


《よし、次は確、ツ……槍の回……を――――》


 だが、その無線が不自然に途絶した。


「会長?」


 ケビンは受信機の故障を疑った。 だが、それを積んであるユニットが損傷を受けるような攻撃は受けていない。 というより、そう簡単に受信機は壊れたりしない構造になっている。 いうなれば、ギアにとって一番もろい部品とは人間なのだ。 それ以外は相応に頑強に出来ている。

 なら、原因は……。


「会長、聞こえますか? 会――」 


《――乗っているんだろ、ケビン・ オーティア》


「な、ヘムロック!?」


 応答が、返ってきた。 だがそれは、もう二度と言葉を交わしたくないと思っていた、絶対に忘れることが出来ない声の持ち主からだった。

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