第21話 グレイドハイドの突撃槍

「ギルバートさん」


 ケビンが急ぎガレージに向かった先では既に人払いがされ、機体周辺に至っては垂れ幕が掛かり、完全に視覚情報が遮断されている。 その奥で、稀代の英雄はメカニッククルー達に肩を借りながら、機体のコックピットから担ぎ出されていた。


「まったく、こういう事はもっとはやく示し合わせておくべきでは?」


「そう言うなリュネット。 こうなることは予想できたからな。 こうしてやり過ごしたのだから、大目に見ろよ」


 ふらつきながら地上に降りたギルバートにリュネットが苦言を呈し、それに対して苦笑しながら答えているバーンウッド領主。 だが、ケビンもリュネットと同意見だった。 確かに、ギルバート本人の顔出しによって事なきを得たのは間違いないが、一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていただろう。


「だからって、もう少しやりようはなかったんですか? こんなこと、ベルカが知ったら……」


「その心配ならいらない。 私も承認したことだ」


 背後から聞こえた声に振り向くと、そこには瑠璃紺のノースリーブで背中も大きく開いたドレスを可憐に着こなしたベルカが立っていた。


「ベルカ!?」


「何を驚いてるんだ……ああ、これか? まぁ、戦装束ってやつだ」


 ドレスのどの辺りが戦装束なのかは皆目検討もつかなかったが、コロシアムのパドック内に現れたベルカの見慣れない姿は、目を奪われるには十分過ぎるほど鮮烈だった。


「戦装束って……とても戦うための姿には見えないけど。 それよりベルカ、ギルバートさんの容態を考えたら、館か診療所で養生していたほうがいいんじゃ……」 


 本当ならまだベッドの上で安静にしてなければならないほどの怪我だ。 それが決勝直前くらいになった時、目深のフードを被り、車椅子でベルカと共に突然ケビン達の前に現れ、開会式だけ出させろと言ってきた時にはその場にいた全員が言葉を失った。


「何を言っているんだ。 私達グレイドハイド家の命運をお前に託すなんてことをして、とんでもなく大きな迷惑を掛けているんだ。 なら、当然それを見届ける為に正装で応援に参じるのは当然の責務だし、体も張るべき時には父も私も張らせてもらうさ」


「ベルカの言う通りだケビン。 それに、言われずとも私はもう自力で立つことも困難だ。 後は、ひっそりと人目のつかないところでお前の活躍を見守っていることにするよ」


「……はいっ」


 そう言ってケビンの肩を叩くギルバートの手は、弱々しいながらもしっかりと意思のこもった激励が込められていた。


「ケビン、父さんや私達の為に闘ってくれるのは、本当にありがたいことだ。 遅れてしまったが、当家の不手際をお前に押し付け、多大な迷惑を掛けてしまって、申し訳ない」


 ベルカは普段、あまり感情を表面に出さない。 だがヘムロックが現れてから、曇った表情を見る機会が多くなった。 そんな顔を見せるのはそれは決まって、誰かに面倒や迷惑、不便を強いたときだ。

 ベルカはケビンが記憶を失ってから今日に至るまで、何かと気に掛けてくれていた。 彼女だけではない。 グレイドハイド家も、バーンウッドの人々も、得体の知れない流れ者のケビンを家族として迎え入れてくれた。 彼らがいなければ、ケビン・オーティアは存在しない。

 だが、ケビンがこの戦いで負けた時、そんな彼らの日常は一変し、ベルカは、要らぬ負い目を抱えたまま生きることになるだろう。 その先に、今まで通りのベルキスカ・グレイドハイドの在り方、尊厳が約束されているとは、ケビンには思えない。


「ベルカ……」


 ――だから、護る。


 彼女が、そして彼等がそうしてくれたように。 今度は自分が彼らを護る番だ。


「――発破を掛けてくれないか?」


「え?」


 だが、護られるばかりではベルカの気負いは収まらないだろう。


「今は少しでも、後押しが欲しいところなんだ。 足りない実力差を埋める為に」


 共に闘うという意義が必要なのだ。 それで完全に気持ちが晴れるわけじゃないだろうが、後ろ向きな気持ちは多少なり薄れるはずだ。


「前に、僕は君の槍だと言っただろ。 なら、相手に向かって突き出す位の気概で送り出してくれよ」


 ……なんとなく、周囲の雰囲気が和らぎ、誰一人物音を立てずにこちらに注目しているのが気になるが、それは彼女の晴れた表情に比べれば些細なことだった。


「ケビン……行って来い!!」

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