第18話 搭乗者

「……え?」と僕。

「……ん?」と会長。


 ここに来て、最も重要と思える要因について、とんでもない齟齬が発生していることに、互いに顔を見合わせて気がついた。


「僕は、メカニックじゃ……?」


「いえいえ、私達は完全にケビンがこの機体に搭乗すること前提で動いていたんですよ?」


 今度こそ、ケビンは絶句した。


「――え、いや、だって僕、機士じゃないですよ? 操縦の仕方だって、分からないですし、そもそも資格も持ってません! 会長が誰か乗る人を選定してくれているんじゃなかったんですか!?」


 ケビン自身、完全にそう思い込んでいた。 それ以外ないだろうと。 機士の経験も、実戦の経験もない一介の時計職人がジョストの舞台に立つなど、論外もいいところだ。


「何を言っているんです? あれだけの啖呵をキルベガン子爵に切っておいて、今更資格も何もないでしょうケビン」


「いや、だけど、ずぶの素人がジョスト・エクス・マキナの舞台で勝とうなんて、そんなの……無理ですよ……。 僕はメカニックとしてなら最大限協力は惜しみませんけど、闘うなんていうのは完全に門外漢です。 誰か他にいないんですか?」


 時計作りしか能がない男が闘うより、たとえ駆け出しだとしても、機士として操縦訓練を受けた人の方が、よっぽど勝算を見込めるのは間違いないと、ケビンは本気で思っている。 それくらいのツテ、きっと会長なら――。


「誰か……。 それはつまりギアを動かせる、もしくは機士の資格を持っていて、かつこの領地の主権と一人の女性を賭けた術中渦巻く闘いに参戦してくれる義勇心と道徳心にあふれた気持ちのいい好漢とかですか?」


「あ、は、はい……」


 言われてみて、ケビンの思っていたハードルは幾分……もとい、高飛びクラスに高いということを思い知らされる。


「仮にいたとして、ギルバートとベルキスカ嬢はそんな得体の知れないやからに、この戦いを託したでしょうか?」


「いや、だけど……」


 それでも、自分が闘って負けることになったら、それこそ彼らに顔向けできないじゃないか。 だったら、多少勝率を上げる意味でも、経験者にこのリーゼ・ギアを操ってもらった方が遥かにいいはずだ――。

 ケビンは言葉に出さなかったが、その目は思っていることを雄弁に表し、リュネットに伝わった。


「ケビンは変なところでロジックに拘りますね。 ヘムロックに再戦を申し込んだとき、あなたはそんな細かいことまで頭にはなかったでしょう?  ただ許せない、負けたくないって気持ちが最も先行していたはず。 ジョストだって同じです。 相手を打倒しようとする気概が機体を前に推し進める。 少なくとも、君は機士としての素養は十分有していますよ」


「……」 


「どのみち、今からまともな機士を手配するのは難しい。 それに、こいつは既存のギアではないし、機種転換訓練も必要だってことを考えれば、操縦に関する固定観念がないケビンのほうが、もしかしたらうまく操れるかもしれませんよ」


「そんな都合よくいきますかね……」


 ケビンの代わりとなる機士の用意は、どうやら無いらしい。 何より、リュネットにその気は無かった。 となれば、もうケビンがどうこう言ったところで落とし所は一つしかない……。


「……どうやら僕が乗る以外、収まる話じゃないようですね」


 ――自分の実力なんかじゃ、優勢指数は期待すべくも無い。 もとより、操縦桿すら握ったことが無いんだから当然だ。 だけど、ギルバートさんの相棒だった人が僕を推す事に迷いが無いのなら、きっと何か考えがるんだ。 なら、勝負のイロハを知らない僕よりも、参謀として信頼の出来る会長の思惑は、余程期待できるものだ。


「会長、お分かりかと思いますが、僕は本当に素人なんですから、それこそ全力でバックアップをお願いしますよ」


「任せてください。 そのためのデュエルエンジニアです」


 その後、圧倒的に時間が少ない中で機体の整備と平行し、ケビンはジョスト・エクス・マキナのルールに沿った操縦方法と試合中の基本手順をみっちりと叩き込まれた。

 持ち前の理解力、センスによって、周囲の人間が目を見張るほどの学習速度でそのノウハウを吸収していく。


 そして、リュネットの用意したスタッフと、バーンウッドの有志によって不眠不休の突貫作業は二日間続けられ、試合当日はあっという間にやってきた。


 早朝、ケビンやリュネットがバーンウッドの人々に見送られることになっても、ギルバートの体の事、実際に戦うのがケビンだということは伏せられた。 事ここに至っても、一部を除き此度の件に関するバックグラウンドはほとんど領民に知られていない。 それも、要らぬ混乱を招かないためではあるが、ケビンには若干の後ろめたさもあった。

 彼らは、もしも自分が負けたらその事実を知ることになる。 その時、きっと自分は怨嗟の鬼となった領民達から、これ以上無いほどの恨みを買うことになるだろう。


「そうなったら、もうバーンウッドにはいられないな……」

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