第17話 突貫作業

 その日の内に、ケビン達はカクラム商会の保管庫にあった重量二脚の素体をグレイドハイド家のガレージに運び出し、各坐したヴァルムガルドの隣に搬入した。 その後、メカニックとして使える人員を会長が手配し、さらにはバーンウッドの人々に出来うる限りの協力を要請する為に、ケビンを含めた商会のスタッフで足が棒になるほど走り回って、月が空の頂点に差し掛かろうかという頃、ケビン達はマンパワーを最大にして作業を始める事になった。

 見渡せば、ホンキートンクでケビンが朝食を取る際に良く見かける顔ぶれも幾人かあった。

 そして、リュネットはケビンの傍に歩み寄ってからその人達を一瞥した後、ケビンに目配せをした。

「ケビン、パルヴェニー区での決闘の件は伏せてありますね?」


「はい、大丈夫です」と小声出返し、リュネットは頷く。


「私も彼らには、町から所要で離れているギルバートが、久々の公式戦に出る為、この機体がどうしても必要だということだけ伝えてあります。 これも、要らぬ混乱を防ぐ為です」


 ベルカを説得した時と同じだ。 この町の人々は、領民という枠組みではなく、家族という絆で繋がっている。 だから、真実を今明かすことは得策とは思えない。 リュネットの判断は妥当といえるだろう。


「分かりました」


 真実を明かせないことは心苦しく思うケビン。 しかし、今はギルバートとの約束を果たす為、そして彼の愛した領民を護る為に、何枚でもポーカーフェイスの仮面を被ろうと決意する。 実践できているかはまた別にして――。

 そんな不安を払拭しきれないまま、ケビンは少し大きめに声を張った。


「ありがとう皆さん。 忙しい中集まってくれて、本当に助かります」


 前に進み出て頭を下げると、装甲板を数人係で運んでいる人間に指示を出している土工の親方がケビンに向き直り、その筋肉質なガタイに似合う高らかな笑いを上げながら丸太のような両腕を組んだ。


「気にするなよケビン。 あのお方はあんまり人に頼るって事をしないから、むしろ俺達はうれしいのさ。 俺達は本来領主を選べる立場にないが、それでも幸運なことに、心から敬愛できる方の下で生活してこれた。 今ここでその御恩を返す機会を与えてくれるというのなら、喜んで辣腕を振るわせてもらうぜ」


 それは、グレイドハイド由来の家族愛というよりも、ここまでくるとギルバートに対する崇拝だった。 どれだけの徳を積めば、これほどの親愛を民から持たれるんだとケビンは内心で笑った。


「頼もしい限りです親方。 時間も限られ、突貫作業になりますが頑張りましょう」


「応さ! 野郎ども! 気合入れてきびきび運べ!!」


 その豪快な様子に気持ちよさを感じつつ、ケビンは整備されている二機の前まで歩み寄る。

 ちょうどその時、カクラム商会によって追加搬入された大型の発動機が起動し、ガレージ内に設置された照明が昼間のような明るさで周囲を照らし出す。

 その中心で、今回は家に眠っていたリーゼ・ギアの書物を理解できるケビンが、修繕に関しての陣頭指揮を執ることになった。

 リーゼ・ギアの修繕に関してまったくのど素人ではあるが、本人曰く、言ってしまえば、時計のオーバーホールと手順は一緒。 というより、一緒だと思ってやることにしたのだ。

 外枠を外し、内蔵部品の損耗を確認し、故障原因を探り当て、問題の箇所を新しい部品と交換して、外枠を閉じる。

 ただ、規模が違うだけだ。

 この際、やったことがないからなどと、泣き言を言うつもりはなかった。 むしろ、このような機会に恵まれたことに喜びを感じている。


 ――救って頂いたギルバートさんとベルカへの恩に、ようやく報いる機会が来たことに。


「ヴァルムガルドから損傷度の少ない部品と装甲をはずして、コイツに流用できそうならリストに加えておいてください!」


 リーゼ・ギアの胸部周りに設置されたキャットウォークで作業している人々に、ケビンは下から大声で指示を飛ばす。

 了承の声を上から受け、しかしその視線は頭部ユニットから目が離せずにいた。

 本来、リーゼ・ギアはその視界を頭部レンズから入った光学像を、集光装置や発光機を介した厚板ミラーに反射させ、搭乗者正面の厚板ミラーに投影させる。

 そして万が一、頭部ユニットに異常が発生し、外部の様子が見れなくなった時に際し、コクピットのあるコアには僅かに前面をのぞき見ることが出来るブラインドのような開閉式のスリットが備え付けられている。


「……どうしよう」


 しかし、この機体にはその頭部ユニットからの映像を介する装置どころか、胸部スリットすらついていないのだ。 このままでは、戦うときに相手を視認することが出来ない。


「……」


 重要な問題ではあるが、今は他に手を入れなくてはならない部分は沢山ある。 カクラム商会の抱える専門職の人に打開案を練ってもらうしかない。


「ケビン、進捗状況はどうです?」と、ちょうどそこへヴァルムガルドの方を見ていたリュネットがバインダーを片手にやって来た。


「ええ、専門用語で読み取れない部分が多いけど、なんとか……」


 と言って、ケビンは付箋だらけとなったギアに関する手引書を掲げてみせる。


「まったく、その書物は凄いですね。 一体出自がどこなのか、調べてみたくなる」


 事実、リュネットの言う通りこの本は凄い代物だった。

 中には意味が把握しきれなかったり、読み取れない単語もある。 それでも、リーゼ・ギアに関する情報量が一般的に知れ渡っている手引書の比ではない。 というよりも、この本はまるでこの機体専用の手引書じゃないかというくらい、様々なことが詳細に記載されている。


「ですね。 本当にどういう経緯で用意された本なんでしょう……」


「まぁ、それは全てが終わった後のこと。 今優先させるべきは、やはりエンジンの調整ですか」


「はい。 修繕状況はかなり進んでいるとのことでしたが」


 ギルバートとの会話の中で出たワードを思い出す。 グレイドハイド家との交流の中で度々出てきた、あのエンジンに関する話を。


「僕が覚えている限り、ギルバートさんの話では確か、“オルタネーターの修理は終わった”。 “接続部の代替部品は問題なかった”。 “点火プラグは――」


 思い出せる限りのことを報告し、リュネットはそれを手にしたバインダーに書き込んでいく。 


「私も時々ギルバートから話は聞いていましたが、よくそこまで細かく覚えていますね」


「まぁ、たまに手伝ってもいましたから」


「ふっ、なるほど」


「あとはエンジンに関して、こちらが把握していない箇所をチェックして、一度稼動させて見ましょう」


「それは構いませんが……ケビン、はまだ一度も火は入れていないのですか?」


「はい。 ギルバートさんもいきなり吹っ飛びたくはなかったそうでしたから、出来る限り完全に仕上げてから始動するつもりだったようです」


 道理ではある。 不調のままで、しかも得体の知れない物体を軽いテスト気分で動かそうものなら、思いもよらぬ大事故が起こる可能性は決してゼロではない。 むしろ、高確率で意図しない問題しか起きないだろう。

 であるならば、完全に修復された後か、それに近い形の時にテストするのが、安全性の面でも正解だ。


「ケビン、このエンジンに関してはその手引書に何か書いてありますか?」


 そう聞かれ、ケビンは付箋を張り付けた該当項目と思しき場所を開き、記述内容を指で追いながら、分かる範囲で解読した。


「ええっと、文字が擦れて前半部分がうまく読み取れないんですけど、その後ろのディーゼルコンポジットっていう部分だけ……コンポジットっていうことは、このエンジンはディーゼルエンジンと何かで動くということですしょうか?」


「どうやらそのようです。 いえ、それが分かっただけでも行幸ですよケビン。 少なくとも、我々が知りうる技術で稼動することが分かったのですから。 ますます希望が見えてきました」


 まだまだ分からないことの多いこの機体だが、何とか動かすことが出来るかもしれない。 それは、今作業している人々にとっても、もちろんケビンにとっても吉報だ。


「確かにそうですね。 あとは、エンジンの細部を確認して、テストした後問題なければ、一度積み込んでみましょう」


 しかし、順調に進むだろうと思っていた機体の整備は、想像していたよりも難航を極めた。

 腕部や脚部に関する稼動部分や伝達系の修繕に関しては、損傷したヴァルムガルドからの流用を含めて順調に推移した。

 問題となったのは、やはりケビンが目をつけていたコックピットのあるコアブロックと、エンジンだった。

 まず、コックピットに関しては操縦系統は細かな差異はあれど、ほとんど既存のギアと変わらない。 一般的なギアには無いパネルやスイッチが各所に配置されていたが、それらは大きな問題ではない。

 ――先刻気にしていた、覗き穴を設けることが出来ないのだ。

 コックピット前面の素体装甲が素体と強固に接続されており、取り外すことが出来ない。 だったら重機で穴を開けるかという話になったが、変に手を加えて装甲強度が低下する危険性がある以上、そのような強引手段をとる事ができないという判断に到った。

 よって、視界を確保する為の唯一の方法は、頭部ユニットの余剰スペースに光学観測機を増設し、そこから外部の視界を操縦席に投影するという、従来とほとんど変わらない形になった。

 ただ、頭部ユニットの少ない余剰スペースに無理に設置した弊害によって、本来の視界の半分程の投影面積が限界だった。 その大きさ、僅か5インチ。

 そしてもう一つ、もっと早い段階で最終チェックを行えると誰もが思っていたが、ここに来て未だエンジンの調整に手こずっていた。

 本来どのような方法で起動していたのか分からないが、ギルバートは自己流で“セル・スターター電気の力で回す”方式に改良したようだった。 別にその点は大きな問題ではない。 “イナーシャ・スタータークランクを手動で回す”方法も電気の力で回す方法もあまり関係ない。 それに、発電機とバッテリーさえ動くなら、次回からはセル・スターターのほうが簡単に始動できる分便利だ。 問題は――。


「まさか、そのセル・スターターが機能しないとは」


 電力を発生させるオルタネーターは正常だった。 しかしセル・スターターのトルクが脆弱なせいなのか、エンジンの主力軸を回転させるだけのパワーがまったく足らないのだ。 当初は修繕が不十分ではないかと疑われたが、そういうわけでもなさそうだった。


「かといって、代替のダイナモを今すぐ用意するのは難しい」


 ギルバートさんが用意していたセル・スターターのパッケージは中々高価なもので、かつギアに載せる際、干渉しないように小型のものとなっている。 オルタネーター一つとっても、今から他のものとなるとサイズが大きくなりすぎて機体に積み込むにはパワーユニットや素体構造から弄らなければならない。 当然だが、ケビン達にそんな時間はない。


「ケビンさん、今上がってきた代替案なんですが、“ショットガン・スターター”はどうかというのが出ました」とエンジン部専任のメカニックが声をかけてきた。


「ショットガン・スターター……?」


 ケビンが初めて聞くその点火装置。 だが、それが何かはともかく、実に頼もしい。 こういう時は手引書によらない、経験と引き出しの多い専門家の方が、色々な考えが浮かぶものだ。


「はい。 モーターのピストンに直結した鋼管の中で大型の空砲を炸裂させ、その時に生じた圧力でピストンを押し出し、エンジンを起動させる装置です。 一応コンプレッサーと空気タンクがあればなんとか……」


「それは、今からでも間に合いますか?」


「大丈夫です。 他の電気式スターターに比べれば、直ぐに用意できる資材だけでなんとかなるし、小型だからスペースの問題も解消できるはずですよ」


 それは非常に僥倖な案だった。


「ありがとうございます。 では、その方向で取り掛かってください。 エンジンに関してはそこさえクリアできれば、起動テストに持っていけます」


「分かりました。 それではまた、ケビンさん」


 ケビンは頭を下げ、作業に戻るメカニックの方を見送る。


「よし、次は……」


 時間は限られている。 手引書があるとはいっても、まだまだ未知の部分が多い機体である事は確かだ。 一息ついている暇なんて無い。 

 だけどこれで、エンジンの起動テストがきっちり進めば、本番までには機体の方はなんとかなるかもしれない。


「ケビン、少し休憩したらどうですか?」


「会長……いえ、大丈夫です。 これくらいなんとも」


 ケビンにとって昼夜ぶっ通しで時計を作っていることを考えれば、この程度は苦でもなんでもない。 むしろ、焦りが先行しているのか眼も冴え、もっと動かなければという気持ちが大部分を占めているのが実情だ。


「こういう疲労は自覚しにくいものなんですよ。 まだまだ先は長い。 休める時に休んでおいて下さい」


「……分かりました。 けど、ここまでは順調に推移しているとみて、いいんでしょうか?」


「ええ、ケビンのお陰で想定していたよりもかなり早いペースで修繕作業は進んでいます。 大丈夫、きっと間に合いますよ」


 仕事で培ったものなのか、それとも本人の生まれながらに持つ素養なのか、リュネットは人を安心させる声で気持ちを和ませくれる。


「それは、良かったです。 でしたらあとは――」 


「ええ、あとは――」


 ――「強い機士の手配だけですね」

 ――「ケビンが操縦を覚えるだけですね」

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