第16話 隠れた才能

「オーバーホールの結果、パワーユニットの根幹であるエンジンに不純物が混ぜられていました」


 その日の夜、ケビンはカクラム商会の人達と一緒にグレイドハイド邸の隣にあるガレージでヴァルムガルドの整備を突貫作業で行っていた。 その結果、状況は想像していた以上に芳しくないことが、商会お抱えのメカニックから伝えられた。


「不純物?」


「まだ詳細は詰めていませんが、内部のいたるところが焼きついていました。 それ以外にも、機体を不調のまま無理に稼動させ続けたことで、内部パーツやフレームはガタガタです」と、リュネットが補足する。


「なら……ヴァルムガルドのエンジンは……」


 本当なら今日中に整備して、ヴァルムガルドに再び積み込む手はずだった。 しかし、まさか最初の一歩目で躓くことになろうとは思いもしなかった。


「イグニカへの移動に半日かけるにしても、このエンジンを整備して試合当日に間に合わせるのは無理です。 何か別の手段を考える必要がありますが、この機体に合うエンジンを発注、または組み上げるにしても、直ぐには無理ですね……」


「え、そうなんですか?」


 ケビンの疑問に、メカニックの人が歩み出る。


「リーゼ・ギアのパワーユニットは型によってパッケージ化されていますが、全てがそのまま搭載できるわけではないんです。 ただでさえこのヴァルムガルドはバーンウッド卿用にチューンナップされていますからね。 しかも、微調整における設計図は今眠っているあの方の頭の中にしかないんです。 まぁ、問題となっているのはエンジン部だけなので、エンジンだけでも用意できれば最低でも我々で何とか起動状態までは持っていけるとは思いますが、その肝心のエンジンが修復も調達も難しいのです……」


 それを聞いて、ケビンは頭を抱えた。


「……それは、まいったなぁ」


 思わず口をついて出てしまう程度には、本当に困った事態だった。

 このバーンウッドの町にリーゼ・ギア用のパーツを扱っているショップはない。  他のリーゼ・ギアから流用しようにも、この町にはリーゼ・ギアはこの一機だけしかない。

「……いや、ちょっとまて」


 ケビンは話を、唐突に思い出した。 


「……いや、エンジンならある。 ありますよ!!」


「何?」と、声を上げたケビンにリュネットが向き直る。


「そうでしょ会長。 僕達には、取っておきの漢のロマンがあるじゃないですか!!」


 そう言ってケビンは、ガレージの奥でシートを被っている物に視線を向ける。 そのシートから僅かに覗かせる鉄の塊がなんであるか、ケビンには良く分かっている。


 それに歩み寄ってシートを取っ払うと、そこにあったのは漢のロマンの集大成と言ってもなんら過言ではない、ギルバートが趣味をかねて時間を掛け、コツコツと修復していた骨董品。


 ――まさしく、リーゼ・ギア用エンジンだ。


「……確かに、エンジンには違いありません。 ですがまだ修繕途中じゃありませんでしたか?」


「いえ会長、ギルバートさんは昨日届けた例のパーツを組み込んだことで、物理的な問題はほとんど解消しただろうと言っていました。 だから、今からエンジンを発注して調整するより、細かな調整次第で動くようになるエンジンを直した方が時間の節約になると思います。 というより、もうそうする以外に時間的余裕はないはずです」


 完成手前で他人に組み上げられたと知ったら、ギルバートさんはどんな反応をするのかあまり考えたくはないが、この際、目を瞑ってもらうしかない。


「……ケビンの言う通り、時間の余裕はない。 藁にも縋りたくなるし、ネコの手だって借りたいのはもっともです。 しかし、根本的な問題があります」


「根本的な、問題?」


 ケビンが聞き返すのと同時に、リュネットは骨董品のエンジンに視線を向け深いため息をつき、首を振った。


「これじゃあ規格が違いすぎるんです、ケビンさん」と、メカニックが困り顔で言う。


「……え?」


「そのエンジンは、パワーユニットに組み込むにしてはデカ過ぎるということですよケビン」


 規格……どんなパーツにも標準として定められたサイズ、形状、質の度合いのことだ。 多くの場合、規格に合うように汎用性を重視して作られるが、性能を特化させたパーツともなると融通よりも質を取る為に規格外のユニットを用いることもある。

 変換機などを使えるものもあるが、このような機体の中枢を担うユニットは、変換機などをかませる様には出来ていない。

 よって、リュネットとメカニックが合わないと言うのなら、それは本当なのだろう。

 まったく、どこまでも上手く事態が運ばない……。


 ……だが、そこでケビンはふと頭をよぎった事をリュネットに尋ねた。


「……そう言えば、あまりギルバートさんには詳しく聞いてなかったんですけど、このエンジンは、単体で発見されたんですか?」


「いえ、動かなくなっていた機体から、ギルバートが引き抜いたんです」


「引き抜いた……だったら、その機体になら合うんじゃないんですか? 今どこに? この町にあるんですか?」


 ケビンの思った通りだった。 リーゼ・ギアのエンジンということならば、搭載されていた機体があって然るべきなんだ。 ぼろぼろに損傷したギアとエンジンを整備して元に戻すよりは、そのギアにこの完成間近のエンジンを載せるほうが余程時間の短縮になる。

 そうなれば、マイナスばかりだった事態が一気に好転する可能性も見えてくる。


「あるにはあります。 ですが、そのギアは……」


 しかし、ケビンの期待感とは裏腹に、会長は俯き言いよどむ。


「……既存の機種とはまったく別系統の素体構造をしているんです。 だから今まで手をつけていなかったんですよ。 いや、手をつけられる技師が居なかったというのが正しいですね。 だからギルバートは道楽目的もあって、エンジンだけをその機体から引き抜いて組み上げていたんです」


「そう、だったんですか……」


 そうなると、そのギアに期待を寄せるわけにもいかないか……。

 いや、それでも事態が事態だ。 一度見ておいたとしても、損はないだろう。 それに……。


「そのリーゼギアの調査は、今日まで進めていたりしますか?」


 当時と今とでは、収集できている情報量にも違いがあるはず。 ならば、当時は動かせなかったとしても、今なら起動状態に持っていける可能性も、ゼロじゃない。


「……まぁ、実際に見てもらった方が早いでしょう。 来てください、案内します」


 ――カクラム商会 第三保管庫


「うちが保有する物資保管庫の中でも、ここに置いてあるものはそのほとんどがシップから搬入された物になっています」


 リュネットが案内してくれたのは、普段では関係者以外は入ることが許されない保管庫。 商取引の物品が大量に保管されているカクラム商会の保管庫の中でも、特に厳重な警備体制が引かれている第三保管庫だ。

 リュネットと商会のスタッフに連れられて保管庫の通路を歩くこと数分、だだっ広い保管庫の隅の方に押やられているように鎮座し、忘れ去られているかのようにしてシートを被せられた巨大な何かが、そこにはあった。


「これが心臓を抜き取った巨像の本体です。 シートを外してください」


 リュネットの声でスタッフによりシートが取り払われる。


「……」


 実物のリーゼ・ギアを見るのは、ヴァルムガルドを入れて三機目。 その巨大さ、迫力に対する印象は何度見たところで変わらない。 ケビンはその闇夜のように黒い装甲の各坐している機体を見上げる。

 その機体は、ヴァルムガルドよりも少し大柄で、マッシブな印象を受けた。 中でもその脚部は、通常の機体の二倍はあるんじゃないだろうか。

「これは……重量級の、リーゼ・ギア?」


「ええ、重量二脚です。 この機体はシップでの発見当初からほぼ手付かずの状態でここに放置されている……いや、もはや投棄されているといってもいいですね。 まったく、ただスペースを圧迫するだけのモニュメントなど、商い人の会長職である私としては頭痛の種でしかないのですが……。 機体の調査という名目で彼から廃棄しないでくれと懇願されまして……」


 その彼というのは十中八九ギルバートさんのことだろうとケビンは受け取った。


「ケビン、先も言いましたがこの機体の構造や情報は、既存のギアとはまるで違うものでした。 しかし弄くるにも勝手の分からない技術が使われている以上、下手に触って何が起こるかわからないですし、大事になることも敬遠されました。 そこで、我々カクラム商会がボディ。 グレイドハイド家がエンジンを引き取ることになった。 というより、ギルバートにごり押しされた形になったわけです」


 どうやら、ギルバートに振り回されているのはケビンだけでなくリュネットも同じようだった。 もとい、ケビンがそうなるよりずっと前から、ギルバートとリュネットはそういう仲なのだ。

 なにより、頼みを断らせないギルバートの人徳のなせる業なのだろう。


「だけど……何が起こるか解らない物をよく持って帰る気になりますね」


「ええ。 自己責任ってやつでギルバートは持っていきましたよ。 ショーウィンドウに飾られていたトランペットを手に入れた少年のような眼をしてね。 実際、彼は大した男です。 何も分からないところから初めて、誰も手をつけられなかったエンジンをあそこまで直してしまうんですから」


「ええ。 ギルバートさんは本当に凄い人です。 そして、だからこそ、光明が見えてきた」


 ギルバートがエンジンを修復していなかったら、この手は打てなかったのだから。


「会長、ギルバートさんの修繕してたエンジンは、ヴァルムガルドのパワーユニットには適合しない。 そして、新しいエンジンを都合するにも、後二日では難しい。 となると、なんとしてもこのリーゼ・ギアを使えるようにしなくちゃいけない。 そうですよね」


 自分がどれだけ無茶を言ってるのかは承知している。


 長年掛けて、どんな技師にも手が出せなかったこいつを、たった三日で仕上げようというのだから。


「確かに、現状で取れる手の内ではそれが最良かもしれませんが……しかし……」


 言いよどむリュネットの気持ちもケビンには分かる。 これはほとんど賭けかもしれない。 最悪の場合、コイツを動かすことすらかなわずに、決闘の舞台にも立てないかもしれない。 そうなれば、ギルバートの努力も、ベルカの意思も無駄になってしまう。

 そんな事は決して許されないのは、ケビンのみならず誰だって分かってる。 そして、最短で機体を用意するのなら、もうこれしか方法はないのだ。


「僕も、全力でお手伝いします。 ギアに関して、何の知識もない僕だけど、ここに黄色く書いてある“排気注意”っていう注意書き位は読めます。 だから――」


 ケビンは沈黙を保ったままの機体の脚部に近寄り、赤く印字が入った装甲版に決意を込めて手を置いた。


「絶対に、コイツでヘムロックを打倒しましょう」


 その言葉に、僕以外の人達は目を見開き、中でも会長は少し驚いた様子で僕の目を見返し、深くため息をついた。


「……まったく、ギルバートも中々手に終えないところがありますが、ケビンもそれに劣らず無茶を言いますね。 ですが、光明を見出すとしたらそれ以外に無いようです」


「会長……」


 もう残されていない限られた時間の中で、状況を打開するにはそこに賭けるしかないという見解に、ケビンとリュネットの意見は一致した。 いや、同意してくれた。

 リュネットは眼鏡を外し、目の間を指で解しながら苦笑する。


「まさか、自分で勝利の鍵を用意しておくとは……これもギルバートの先見性のなせる業でしょうね」


「確かに、これを見越してエンジンを修復していたのだとしたら、もう先見性というより、未来が見えちゃってますね。 ……まぁそれは冗談にしても、実際ギルバートさんのおかげで戦うための手段を得ることが出来たのは事実です。 本当に、あの人と一緒にいると退屈からは無縁でいられます」


「違いますよケビン。 私はギルバートが直していたエンジンのことを言っているのではありません」


「……え?」


「勝利の鍵とは、あなたのことです」


「……僕、ですか?」


 ケビンはどういう意味か分からないままリュネットを見返し、次いで他のカクラムスタッフやメカニックの人へと視線を向けると、高揚した様子で頷いていた。 ケビンとしてはますます、意味が分からない。

「そうです。 ケビンがいなければ、我々は成す術もなく詰んでいたところでした」


「……おっしゃっている意味が、良く分かりません。 その、もちろんこれを直す為なら、何だってしますが――」


 しかし、リュネットはそうではないと首を横に振った。


「私は先日、あなたに聞きましたね。 あの家にある本は全て読んだのかと。 あなたはこう答えた。 全て読み終えて、概ね理解はしたと」

「ええ、確かに、言いましたけど……」


「あの館にある本の目録を私も目を通したことがありましてね。 中には、リーゼ・ギアに関連した書物もあったはずです」


「……確かにギアについての本もありましたけど、時計のことじゃなかったし、興味本位でほとんど斜め読みしただけですよ」


 リュネットが何を言わんとしているのか、ケビンは皆目検討もつかない。 というより、理詰めのような問いかけに、若干不安な気持ちになってきた。


「それが聞けて、俄然希望が見えてきました」


 だが、リュネットのほうはケビンとは逆にしたり顔で誇らしげとも取れる表情を浮かべ、青年の目をしっかりと見据えた。


「ケビン、あの家にある本はね、ここにいる誰にも読めないんです」


「……読めない?」


 理解が追いついていないケビンに、リュネットは首肯で応えた。


「君が記憶を失う前がどういった人間だったのかは分かりませんが、少なくとも高位の教養を持っていた可能性はあります。 私も多くの国を旅し、様々な書物に目を通してきましたが、あの家にある書物の文字体系は見たことがないものばかりでした。 恐らく、現在の文明よりはるか昔に使われていた古代文字の類に属するものでしょう。 王都の分析官ですら解読することは難しいはずです」 


「で、でもほら、この機体に書かれた文字だって、その本に書かれたものと同じですよ。 だったら……」


 しかし、近くにいたメカニックは苦笑して肩をすくめた。


「ケビンさん、私達はそれが何と書いてあるのか分からないんです。 いままで解読の方も同時に進めてはいましたが、お手上げだったんですよ。 正直、ケビンさんがそれを読めることに驚きを隠せません」


「……初めて聞きました。 そんなこと、誰も言わなかったですし。 確かに身の回りで目にする文字とは違ってはいましたし、読むことが出来る以上、特に気にしたこともありませんでした、疑問に思ったことも……。 むしろ、読める文字があったことにほっとしたくらいです」


「卓越した時計職人としての腕前を見てもそうです。 ケビンは鳴り物や永久カレンダー付き超絶機構の時計をいとも容易く組上げていましたが、あのレベルの時計は書物を読んだくらいでは簡単にくみ上げることは出来ません。 しかし、あなたの手掛ける時計の出来栄えは、熟練のマイスターのそれと遜色ありません。 察するに、あなたは構造を理解するという能力に類まれなる才能があるようです。 もしかしたら、君の読解力も、“そこ”から来ているものかもしれません」


「……」


 ケビンにとって、評価されるものは時計そのものであり、職人としての腕前に関しては特別意識したことは無かった。 だが、ケビン個人がそのように総評されたのは初めてだった。


 過去を失い、何も残っていなかった……そう思い込んでいた自身に、そんなものがあったなんて……。


「正直、数刻前までは途方に暮れる思いでしたが、私の目の前にいるバーンウッドの頼れる時計職人に、唯一の望みがあると分かっただけでも、まだ望みはあります」


「会長……」


 リュネットはケビンの前に歩み寄り、右手を差し出した。


「改めて、私からも助力を要請します。 力を貸してください、ケビン・オーティア。 あなたなら、この機体を何とかできるかもしれません」

「……はいっ」


 ケビンはその期待の篭った手をしっかりと握り返した。


 もとよりこの機体の修繕に全力を注ぎ込むことに対して、ケビンに迷いは無い。 それに――。

 職人として、この街の人間の一人として、何一つ持っていなかった自身がこんな形で期待されるということは、自身のポテンシャルを普段以上に上げてくれるカンフル剤以外の何ものでもないのだ。

 時間は無い。 あとは、しゃにむに手を動かすだけだ。

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