第14話 決着から始動

「まずい……っ」


 リュネットがコロシアムのフィールドをにらめつける。


「そんな、ヴァルムガルドが……」


 最後の旋回を終え、最後の突進体勢に入るはずのヴァルムガルドは速力をみるみると落としていった。 突撃槍を持つ右腕部と、盾を持つ左腕部も、追随するように垂れ下がっていく。

 まるで意気消沈し、項垂れるようにして、完全に戦闘速度を失っていた。 もはや、十馬力も出ていないかもしれない


《すまない》


 誰にあてた謝罪だったのか、それとも口をついて出た無意識の吐露だったのかは分からない。 しかし、その言葉で、もはや問題を解決するには搭乗者の力量を超えてしまったことだけは僕にも理解できてしまった。

 もっとも忌避すべき最悪な状況が今目の前で起こっているのだと……。


「左腕を上げるんです!! ギルバート!! 盾を棄ててもいい!! 頭部への直撃は防いで下さい!!」


 ケビンの隣でリュネットが声を張り上げる。 それだけで、事が緊迫していることが分かってしまう。

 ヴァルムガルドはもはや蹄鉄を駆動させることは適わず、脚部を辛うじて動かしながら前進することしか出来ていない。

 ケビンは氷のように固まってしまった自分の頭と目線をディノニクスへと向ける。 そこには突撃槍を構え、格好の獲物を狙う肉食獣のように前傾を保ち、右腕部を引き絞り、尾を振り上げ、両脚を最大稼動させて最短距離を突進してくる機兵の姿があった。


「ギルバートさん!!」


 僅かにヴァルムガルドの左腕部が持ち上がり、辛うじて頭部を覆う。

 相対距離は瞬く間に縮まり、それがぶつかり合う瞬間――。


《オォ――!!》


 脱力していたヴァルムガルドの右腕部が槍ごと持ち上がり、救い上げるようにディノニクスに向けて打ち込まれた。

 ――コロシアムに硬質な轟音が轟いた。


「……馬鹿な」


 そう発したリュネットの声も、ケビンには意味がある言葉として耳に届いていなかった。 目の前で、起こるはずのない事が起きてしまっていたから。


「嘘、だろ……」


 ヴァルムガルドの突撃槍はディノニクスの左肩部に直撃したが、その衝撃にヴァルムガルドの腕部のほうが堪えられず、肘から先の接続部から吹き飛び、穂先が砕ける前に槍が脱落してしまった。

 あの状況下において、ギルバートはまだ諦めていなかった。

 最後まで、まともに動かすことが出来ない機体で、攻勢の姿勢を貫いた。 英雄と謳われるに相応しい戦いだった。

 ……だが、問題はそこじゃない。

 ヴァルムガルドとほぼ同タイミングで突き出されたディノニクスの突撃槍は、保持していたその速力と腕部で絞り込まれたエネルギーを乗せた強烈な一撃として胸部に向けて繰り出された。

 ヴァルムガルドの盾はギリギリ頭部を防げるだけの位置まで持ち上げられていた。 よって、ポイントの取得が困難と思ったのか、それとも搭乗者の意識を刈り取ろうと思ったのか、ディノニクスの突撃槍は勝利の確度を上げるために、ヴァルムガルドの左側胸部を貫いた。


「ギルバートさん‼」


 ――そう、文字通り、貫いてしまったのだ。

 本来衝撃を受けたら砕けるはずの槍が、機体を一直線に……正面から機体後方まで突き抜けていた。


「――っ」


 隣でリュネットがヘッドセットに大声で呼びかけている。 それでも、声は返ってこない。 何度も語りかけているが、返答はない。


「……」


 おかしなことが起こっている。 ケビンは喉が張り付いて、声が出てこない。 思考が纏まらない。

 槍が、何故……ヴァルムガルドが……?

 コックピットを、ギルバートさんは……っ?

 片や、ディノニクスは突進の勢いを殺しながらその場で旋回し、ヴァルムガルドへと向き直っていた。 まるで、獲物を仕留めきり、目的を達したかのように沈黙した機体を見据えていた。


「……っ!? ギルバート!!」


 リュネットの声で、ケビンは再びヴァルムガルドを見た。


「……ギルバート、さん」


 ヴァルムガルドは、歩いていた。

 胸部からだけじゃない。 全身から火花とオイルを迸らせ、まともに稼動できなくなった右脚部を引き摺りながら、僕達の下まで……東門のグリッドラインまで帰ってこようとしていた。

 スターティンググリッドへと戻ってきさえすれば、戦闘中の行動停止判定とはならない。


「頑張って!! あともう少しです!!」


 聞こえているかは分からない。 そんなことは問題じゃない。 自己満足で叫んでいるのかもしれない。

 だけど、今自分に出来ることは、これだけだ。 なら、出来ることを精一杯やるだけだった。


「ケビンこっちです!! 着いてきなさい!!」


 リュネットはヘッドセットを放り出し、メインフィールドに向かって駆け出した。


「は、はい!!」


 リュネットについて行く前に、ケビンはもう一度ヴァルムガルドを一瞥し、全力で走り出した。 階下へ向かう途中で何度も転びそうになりながらも下に到着し、グリッドラインの目前まで駆け寄った時、ヴァルムガルドは機体各所から煙を上げ、戦闘前のスタート位置だった自陣の目印となるグリッドラインに到着したと同時に膝をつき、その場に停止した。


「ギルバート!!」


「ギルバートさん!!」


 ケビンとリュネットは膝を折るように各坐したヴァルムガルドの胴体を駆け上り、頭部ユニットと一体化しているコックピットハッチに取り付く。


「っく、ハッチが歪んで……っ」


 二人掛かりで原形を留めていないフレームに手を掛け、軋むハッチをこじ開ける。


「――っ」


 ケビン達は、声を失った。

 操縦席はむせ返るほどの血の匂いと、突き破られた突撃槍によって破壊された機器の破片で、何もかもが滅茶苦茶だった。

 そんな中で、ギルバートさんは全身を出血で真っ赤に染め、シートに弛緩した体を投げ出していた。

 ……その僅か数センチ左を、巨大な槍が突き抜けている。


「ギルバート、さん……」


「ひどい出血です。 ケビン、この止血帯で圧迫してください。 早く!!」


 一向に意識が戻る気配のないギルバートさんの体に震える手で止血帯を巻いていく。 ざっと見ただけでも、負傷していない箇所を探す方が難しい。 フルフェイスの兜によって辛うじて頭部のダメージが抑えられているようだが、それでもかち割れた兜から覗く顔の半分は頭から垂れてきた血で真っ赤だ。


「このコロシアムにはメディカルクルーがいません。 ですが商会に連絡して、医療関係者をここへ向かわせています。 彼は必ず助ける。 大丈夫です」と会長は話しながらすばやく処置を施していく。

 今はどんな前向きな言葉でも縋りたくなる。 例えそれが気休めと代わりない言葉であっても。


「一体、いつ呼んでいたんですか?」


「ここに来て直ぐに。 我々以外に利用者がいないということは、ヘムロックが人払いをしていたということですからね。 駐在の医療関係者もいないことは分かっていたので、万が一を考えて連絡していたんですよ。 始めはキルベガン卿の為だったんですが、まさかこのような形で功をそうすとは……」


 ケビンがリュネットの指示を仰ぎながらギルバートの応急処置を施していた間、五分も経たないうちにカクラム商会お抱えの救急医療関係者が到着し、細心の注意を払ってギアからギルバートを降ろして、ストレッチャーへと寝かせる。

 身動き一つしない。 呼吸をしているようにも見えない。 その姿はまるで――。


「おや、随分と用意がよかったのですね。 それは僥倖」


 ――そこへ、あの男がやって来た。


「ふむ、一命は取り留めたようで何よりです。 いや、あれで生きていることの方が不思議でなりませんがね」


「キルベガン卿……」


 リュネットは眼鏡の奥で目を細め、ヘムロックを正面から見据える。 そこに感情をうかがい知ることは出来ない。

 だがそんな様子を気にもしないヘムロックは微笑を湛えたままだ。


「それにしても、いやまさか、砕けない粗悪品の槍が混ざっていたようですね。 こればかりは、不運としか言いようがない」


 その一言はケビン達の感情を逆撫でるのに十分すぎた。


「不運? あれが不運? あれがですか!!」


 この時、己の立場も忘れて詰め寄ろうとしたケビンの前にヘムロックの従者が二人立ちふさがり、リュネットもケビンの肩を掴んで押し留める。


「そうだケビン君。 私にとっては幸運だった」と、そう口にするヘムロックにその幸運を喜んでいる素振りは感じられない。 むしろ、予定通りに事が進み、悦に入った顔にしか見えない。 それが、ケビンにはさらに疎ましかった。 というより、単純に気に食わなかった。


「何が幸運なんですか!! 蹄鉄が吹き飛び、腕は動かず、機体は止まり、挙句砕けない槍……。 本来起こりえないことが立て続けに起こったんだ。 どう見たっておかしいでしょ!!」


 もはや敬意や礼儀など考えていられなかった。

 貴族相手に本来であれば非難される事であろう所作も、既にケビンの頭にない。 いまさらヘムロック相手にへりくだることなんて、不可能だった。

 ヘムロック自身も、こちらの態度を別段気にする素振りはない。

 それどころか、見ていて腹が立つほどの清々しさを湛えた顔でこちらを見下していた。


「ああ、だからこういう時に言うのだろう。 奇跡だと。 この勝負も、もともとは穏便にこちらが手を引く為の口実とさせていただく予定だったのだ。 かの有名なバーンウッド卿の噂は広大な海の向こう側にまで轟いている。 そんな彼に、此度若輩である私が勝てるなど、露とも思わなかった」


「よくも抜けぬけと。 算段があったからこのような茶番の場を用意したんじゃないのですか!!」


「まったく、狂言もほどほどにしてはいただけないかケビン君。 戦闘中に見受けられた整備不良はそちらの問題だろう。 私が言った不運というのは、砕けぬ槍に関してだけだ。 それ以外に関しては、そちらの落ち度だ。 それとも、こちらが何か手を回した証拠があるとでも?」


「……っ」


 証拠は……無い。 いや、綿密な調査を行えば必ず出てくるだろうが、今この場で直ぐに反論できるような物的証拠は無い。

 だけど、何もしていないわけがないんだ。 それはもう、仕草や口調で分かる。 絶対にそうだって、分かっているのに……っ。

 それを重々承知しているのか、ヘムロックは鼻で笑い、治療を施されているギルバートさんを一瞥した後、僕を見た。


「娘の婚儀に出られるといいな」


 その一言は自身を無意識に詰め寄らせるのに十分だった。 だがその前に、後ろから肩を叩かれた。 振り返ると、ギルバートを診ていた医師が「バーンウッド卿があなたを」と声を潜めて伝えてきた。

 ケビンは一瞬で踵を返し、未だ治療を施され横たわるギルバートに駆け寄った。


「ギルバートさんっ」


 目は開いていた。 しかし、それだけだ。 先ほどと一向に状況は変わっていないように見える。 腕からは管が幾本も伸びて、その先は点滴に繋がっている。


「ケ、ケビン……」


「ここです。 ここにいます」


 とても、無事で良かったとは言えない。 動くことは適わず、声を発することすら苦しいだろう。

 意識が戻ったことが逆に、痛々しさに拍車を掛けている。 それでも、ケビンの名を呼んだ。


「繋ぐ事しか……出来なかった」


 ギルバートさんは震える手で僕の手を掴んだ。 いや、握る力すら残っていないそれは、乗せたと言った方が正しいほど弱々しいものだった。


「領民を……娘を……頼む」


 そう言って、ギルバートさんは再び意識を失い、ストレッチャーに乗せられたまま運ばれていった。

 ケビンはギルバートの言葉をただ聞いていることしか出来なかった。

 願いを口にした彼に、自分はなんと言えばよかったのか……。

 それに、初めに彼が言った言葉、繋いだとは……?

 その疑問が顔に出ていたのか、傍に来ていたリュネットが答えてくれた。


「ケビン、彼は帰ってきた。 帰ってきたんだ」


 ――帰ってきた。

 それが何を意味しているのかを、ケビンは直ぐに理解した。

 だから、お供と一緒に悠々と自陣へ帰ろうとしていたヘムロックに向かって、自身でも驚くくらいの大声を上げた。


「待て!!」


 あまりの声量に、自分が震えそうになるがそれどころじゃない。

 ケビンは振り返ったヘムロックの目をしっかりと見据えた。


「この勝負、まだあなたの勝ちではない!!」


「……ほう、理由を聞こうじゃないか」


「あなたは槍を突き、だが槍は砕けなかった。 いいか、砕けなかったんだ!! だがギルバートさんの放った槍は、有効打じゃなくとも砕けた!! 最終Lapは成立したうえで、ヴァルムガルドは戻ってきた!! ここへ!! これがどういうことか分かっているだろう!!」


 古今におけるジョストにおいて、槍が砕けなければポイントにはならないという絶対不変のルールがある。 そして、ヴァルムガルドは自陣のグリッドまで機能停止せずに戻ってきた。 よって、行動不能の勝利判定は採用されない。 いや、仮になったとしても、砕けぬ槍が使用されるなど本来ありえないし、あってはならない。 そのような結果で決まった勝敗など、意味はないはずだ。


「いや、そもそも砕けない槍で搭乗者が負傷するような試合に、公平性などあろうはずがない。 これは無効試合だ!!」


「……なるほど。 ケビン君の言い分も理解出来ないこともない。 しかしあの打突判定から見ても、本来であれば砕けて然るべきものだったことは明らかであろう。 ならば、あの一撃を無効とするには、当方に対して些か不満があるものだ」


 ヘムロックの言い分は、ケビンにとって悔しいが筋は通っている部分もある。 というより、公平性を判断できない以上、その主張は間違っていない。

 あの砕けぬ突撃槍が過失、まったくの偶然によって手にしたものであると主張するのなら、相手を打ち抜いた際に砕けなかった判定には審議の入る余地がある。 ヘムロックが有効打であると主張するのは、悔しいが当然の言だった。


「何度も言うがねケビン君、あれはアクシデントだ。 つまりポイントの上では未だ同点。 もちろん再試合でもこちらは一向に構わない。 だが、バーンウッド卿とヴァルムガルドにその余力があるのか?」


「ぐっ 、それは……」


 無理だ。 機体の損傷、不調箇所を修繕することは時間さえかければ可能かもしれない。 しかし、機士であるギルバートの負傷は、再びジョストに望むにはあまりに重い怪我。 間違いなく絶対安静、戦うことなど望むべくもない。

 となれば、この戦いは――。


「……っ」


 口惜しさに奥歯を軋むほど噛み締めたケビンの隣で、リュネットがヘムロックへと歩み出た。


「お初にお目にかかります。 私、カクラム商会のリュネット・ライゼフと申します、キルベガン子爵。 さて、この決闘、確か公式なものだったはずです。 ならば、此度のことはメディアに載せても一向に問題はないはずですね?」


「これは、大陸全土に広がる大商会たるあのカクラムの……。 いや、しかし、一体何が言いたいのかな?」


「私、此度の決闘が世に知れ渡らぬまま幕を閉じたことが誠に残念でなりません。 なにせ、誰もが憧れるあのギルバート・グレイドハイドと、グルーバー家の有望株とまで言われているキルベガン子爵が行った、そうそうお目にかかることが出来ないマッチメイクだったのです。 で、あれば国中のみならず、海の向こう側にいる人々でさえ、後世に残すべき戦いの全容を知りたいはず。 それこそ、どのような決闘の様子だったのか、細かな詳細を記した記事ともなれば、飛ぶように売れるでしょう」


「……ふむ。 流石はカクラム商会だ、実に商魂たくましい。 まさか領主の悲惨な結末を、その様を、金にしようというのだから」


「ええ。 私はあなたがどのようにしてギルバートと対等に渡り合ったのかを臨場感あふれる描写となるよう勤めます。 あなたは時の人となるはずです。 しばらくはお忙しくなるでしょうが、有名税という奴ですので、どうかご容赦を」


 そこまで聞いて初めて、ケビンはリュネットの意図することを理解した。


「……その臨場感というものに、いささか興味がわく」


 それはヘムロックにとっても同様、そう簡単に聞き流せない言葉だった。

 此度の決闘で、ヘムロックは実力と家名を高め、領有権と目当ての女性を手に入れることが出来たと踏んでいる。

 しかし、リュネットがメディアに手を回せば、事は簡単に収まらないだろう。 ただでさえ国中に支社を持つ巨大な商会だ。 その情報伝達速度は随一といってもいい。 そして、ありのまま以上に誇張する文面によっては、人々の心象操作すら可能とする。 今回の決闘は、世論がざわつくにはあまりに衝撃が大きい。 それこそ、火の粉がどのように舞うのか、予想もできないほどだ。 

 何より、ヘムロックの最後の一撃が人々に様々な憶測を呼び込む為の一押しとなるのは確実だ。

 その際、ヘムロックのみならず、グルーバー家信頼、家名、地位がどのように揺さぶられるのか、想像もできない。 ――しかし、けっしてポジティブなことではないのは明白だ。

 これは、真実でもありブラフでもある、カクラム商会会長ならではの矛。

 武力ではない、商力ともいうべき突撃槍。


「もちろん、ここでキルベガン子爵が再試合を約束して頂けるのであれば、その温情に十分配慮させていただくような、秀逸の文面にいたします」


 ギルバートさんが繋げた機を最大限に生かし、一切を無駄にしないカクラム商会の会長が取れる最大効率の一撃。

 それを聞いたヘムロックはその場で逡巡し、しかし時を置かずに口を開いた。


「……ならば、三日後だ」


「三日後?」とリュネットが聞き返す。


「三日後、イグニカで再試合を行おう」


「イグニカ? ですがあそこは――」と、リュネットは怪訝な表情を見せる。


 バーンウッドよりもずっと南にある工業都市イグニカ。

 情報として知っているだけで、ケビンが行ったことは一度もない。 だが、そこにはジョストに興味があるものなら誰でも知っている大型施設が存在する。


「そうだ。 あそこは公式の試合をするコロシアムがある。 私はもともとそこで行われる新人大会に出場する予定だったんだ。 よって次は、多くの観客を動員して、華々しく決着をつけようじゃないか」


 イグニカはジョスト・エクス・マキマの興行にも力を入れており、コロシアムとしての設備はもちろんのこと、その経済効果は工業都市イグニカにおいては馬鹿に出来ない収益源だ。

 当然、その会場には内外問わず多くのマスメディアが詰め掛け、国中に試合内容が報道される。 もちろん、カクラムの息が掛かったマスメディア以外もだ。


「それにしたって三日は、いくらなんでも……」と、ケビンは言葉を詰まらせてしまう。


 ギルバートの怪我は一日二日で治るようなものじゃない。 少なくともまともに動けるようになるまで一月は掛かるだろう。 とても三日で戦えるようにはならない。


「早すぎると? ならば此度の結果を受け入れたまえケビン君。 ギルバート卿は領地を剥奪され、娘は私の花嫁になる。 ああ、安心したまえ。 君にも必ず招待状は送らせてもらう」


 安い挑発だ。 グルーバー家の風聞だって、再選の申し出を断ればカクラム商会によって今回の決闘の様子が報じられ、ただではすまないだろうに。


「……っ」


 だがケビンにはそんな事よりも、家族とも呼んでくれた彼らが辛い思いをすることのほうが、よほど受け入れることが出来ない。 ――許すことは出来ない。

 だけど、たったの三日でなんて……。


「分かりましたキルベガン子爵、三日後ですね。 それで良しとしましょう。 我々も準備で忙しくなりますので、此度の決闘の記事作成には、時間は割けないでしょう」と、リュネットが声色をやわらかくして了承する。


 ケビンはそれを怪訝な表情のまま横目に見る。

 どういう思惑なんだろう、会長は? たったの三日で、状況を打開する策があるというのだろうか……。

 ――いや、違うか。

 このやりとりで、リュネットは三日間という時間を確保した。 そう考えることが出来る。

 悪い方にばかり考えるな。

 そうさ、僕達は再戦の為の猶予を引き出したんだ。


「それでは三日後、イグニカの地で正々堂々と戦いましょう。 それではごきげんよう、ケビン君。 カクラム会長」


 正々堂々など、どの口が言うのか。

 しかし、今は早々に奴を引きあがらせることが、問題をこれ以上複雑にしない為の最善だろう。 いいかげんヘムロックのすかした顔と耳障りな声を聞いていると馬鹿なことをしてしまいそうだ。

 だが、それでも――。


「ヘムロック・グルーバー」


 最後に、一言――。


「何だね、ケビン・オーティア」


 これだけは言っておかなければならない。


「家族を侮辱したものは、例外なく報復し、灰燼に返せ。 このグレイドハイドの格言を、決して忘れるな」

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