JOSTE EX MACHINA

第11話 ジョスト・エクス・マキナ

 その刻は来た。

 キルベガン子爵、ヘムロック・グルーバー対バーンウッド男爵、ギルバート・グレイドハイドのジョスト・エクス・マキナを執り行う為の舞台が、文字通り整ったのだ。

 ただ、今この瞬間にあっても、ただのしがない時計職人でしかない自分がこの場にいることに、ケビンは違和感を禁じえない。


「……っ」


 頬に突然感じる水の感触。

 コロシアムが見渡せる東入場ゲートの真上に設えてある指揮所スペースから空を見上げれば、曇天と化した空からポツポツと小雨が降り始めた。 それと同時伝わる――足元と肌を通して僅かに感じる振動。 それは次第に大きくなり、下を覗き見れば、ケビンのちょうど真下にあるリーゼ・ギア用の入場ゲートから、昨日から四六時中共に居た機体が重低音を轟かせながらゆっくりと歩み出てきた。 その目が離せない光景は、言葉に出来ない程の興奮と高揚感をケビンにもたらした。

 ギルバート・グレイドハイドの駆る鋼鉄の巨像。

 数々の偉業を成し遂げてきたリーゼ・ギア、ヴァルムガルドの登場だ。


「……こうして動いているギアを間近で見るのは初めてですが、やっぱり迫力がありますね、会長」


 全身がアイボリーホワイトで塗装された全高約五メートル、乾燥重量約十トンの鋼鉄で出来た鎧馬。 右腕には主兵装となる突撃槍を持ち、左腕には胴を覆えるだけの大きさを持つ五角盾シールドが装備され、その体躯と相まって見る人を圧倒するに十分の存在感と風格を標準装備している。 まさにジョスト・エクス・マキナの花形であり、機士が戦うための甲冑であり、千馬力のディーゼルエンジンで機動する騎士。 それがリーゼ・ギア、ヴァルムガルド。

 対して、東ゲートから約八百メートル先の西ゲートより姿を表したのは、誰の眼にも栄えるトパーズのような黄色いカラーの機体。 やや前傾よりの重心位置に、機体全高と同等程度の長さを持った三本目の脚――この場合は尾と言うべきか……それを腰部付近から地面と水平に構え、その先には脚部と同じホイールが装備されている。 それがヘムロックのリーゼ・ギア、事前情報では機体名、“ディノニクス”。

 そのヘムロックの機体もヴァルムガルド同様、右腕に突撃槍、左腕には円盾シールド円盾が装備されている。

 その様子を、ケビンは双眼鏡を片手に持ちながら、隣でヘッドセットを装着しているリュネットと共に観察していた。


「ヘムロックは……三脚トライポッドですか」


「三脚の選択は妥当なところでしょう。 駆け出しの機士にとって、安定性もあり実績もある脚部です。 中には補助輪だと揶揄するやからもいますが、三本目の脚はそんな単純な飾りじゃありません。 二脚二脚バイポッドに比べて旋回性能は若干低下しますが、戦闘中の踏ん張りと安定感は並みの二脚よりも上です」


 リーゼ・ギアのカテゴリー分けの大枠は、脚部によって決まる。 何故なら、上半身は人の形をしているが、脚の形はその枠に収まらないからだ。 中には動物のように四本脚や、昆虫のように六つの脚を持つこともある。 過去には、機をてらった一本足も存在した。

 すなわちリーゼ・ギアにとって脚部は戦闘スタイルを定める上での要であり、それぞれにメリットとデメリットがある。 また、本来の機士の技量や癖、性格、根本的な他パーツとの相性によって決まることが多い。


「それでも、いくらブランクがあると言えど、ただ戦うだけならばギルバートの勝利は揺るがないでしょう。 ですが、キルベガン子爵の挑んできたこの決闘、ただで終わるはずがありません。 だから私達で、不足の事態に備えましょう、ケビン」


「はい、分かりました」


 どこまで助力になるかは分からないけど、自分に出来ることがあるなら、何だってやる――いや、やらなければならない。

 ここに来るまでにも、ケビンは何度も自分に言い聞かせている。

 自分はこの場に観戦しに来たわけでも、ましてや遊びに来たわけでもないのだと……。


 両者の機体が少し前進し、合わせ鏡に対称位置七百メートルの間隔を空け、所定グリッドに着いた時、コロシアムの各所に設置された拡声器がキンと響き、ケビンが聞いたこともない男の声が出力された。


『搭乗者、ヘムロック・グルーバー! 搭乗機、ディノニクス!!』


 拡声器からの紹介と共に、ディノニクスが右腕に持った槍を掲げる。


「……なるほど、恐らくヘムロックの関係者が進行として席についているんでしょう」とリュネットが言う。


 無観客だが、これは公的な意味を持つ決闘試合。 最低限の様式は整えられているという事。


『搭乗者、ギルバート・グレイドハイド! 搭乗機、ヴァルムガルド!!』


 ヴァルムガルドも続いて槍を高く掲げた。

 本来であれば、各々の陣営で機士と機体を紹介するための口上を挟むのが決闘前のセオリーだ。 だが、今回はその行程は省かれた。 観客がおらず、関係者以外のスタッフもいない以上、その必要もないということ……。


『ルールは3Lap、ターンメント。 ボイスチャンネルはクローズド。 終了時にポイントの多い方、または、行動不能にさせた方の勝利とする』


 決闘のルール説明が行われ、両機体が同時に槍を掲げる。 それが確認と了承の合図であり、戦闘前の最終フェイズとなる。


「ケビン、ルールは?」


「大丈夫です。 ターンメントのようなスタンダードなら把握してます」


 ジョスト・エクス・マキナの大本となった本来のジョストは、両者が直線上で正面に向き合い、向かって鏡合わせの様に馬で駆け、交差する直前に突撃槍を突き合い、穂先が砕けることによって有効打とみなされ、ポイントが入る。 それを三度繰り返し、総合的なポイントによって勝敗を決める。

 だが、ジョスト・エクス・マキナのターンメントルールは、突き出した突撃槍が砕けてポイントが入ったとしてもそこで仕切り直しにはならない。

 交差した際の勢いそのままに、コロシアムの東西南北の壁面直前に突き立ったポールの右側を“必ず回り込むように”ターンし、壁面に沿って駆け抜け、壁面外周に備え付けられた予備の突撃槍を回収して次のポールの右側を回り込み、を再度鏡合わせに走り戦いを継続するというもの。 ちなみに、突撃槍を突き合うのは互いが必ず直線状にいるときでなくてはならない。

 時計の文字盤で表すなら、片方は3から9へ走り出し、中央で相手と交差した後9の手前のポールを回り込んで外周に沿いながら6の方へ疾走。 7の辺りで突撃槍を回収し、6のポールを回り込んだのちに、次は12に向かって突き進む。 3Lapということは、三度の交差で決着をつけるという意味だ。 その際、決着の例外として機士が意識を失うか、機体が行動不能となった場合にのみ即座に試合終了となる。

 ボイスチャンネルは決闘中に無線で対戦相手と会話出来るかの有無を決めるもので、ほとんどの場合、この機能を使うことはない。

 ポイント取得、リタイヤに関する条項に至っては、本来のジョストにのっとり、腰から下はポイント圏外。 腕部は一ポイント、胴体は二ポイント、頭部は三ポイントの判定となる。

 今回は3Lap……ターンメントルールにおける最小交戦回数。

 今回、ケビンは通常の5Lap制で行うとばかり思っていた。

 相手はヘムロック何か理由でもあるのかと、勘繰らざるを得ない。


「なら結構。 ケビン、間近で試合を見るのは初めてだと言いましたね?」


「あ、はい。 なんか、段々見てるこっちまで緊張してきました……」


「それは僥倖です。 最初に生で見る試合が、あのギルバート・グレイドハイドの試合とは、あなたはツいてる」


 言われてみれば、確かにこれは凄いことだった。

 世間では、ギルバートはジョストの世界から離れ、もうリーゼ・ギアに乗ることは無いと言われていた。

 それが今日、理由はどうあれ最強と謳われた機士の戦いを見ることが出来るのは、誰であろうとこの上なく幸運なことなのは間違いない。

 ……本当なら、もっと素直に楽しんで観たかったというのが、ケビンの本心ではあった。


「ギルバート、聞こえますか?」 と、リュネットは隣でヘッドセットのマイクに話しかける。


《ああ、感度は問題ない》


 リュネットと同じように装着しているケビンのヘッドセットに、ヴァルムガルドに搭乗中のギルバートの声が届く。


「あまりにも実力差がありすぎる戦いというのは、あなたにとってもそうそう経験がないのでは?」


 《たとえ相手が三つ脚のウサギでも、私は全力で狩りに行く。 それに、これはその実力差がある向こうが挑んだ勝負だ。 機士の視点からでは見えない出来事が必ず出てくるはずだ》


「仰る通り。 これが全うな公式試合であったなら、今回私の出番があるかは疑わしいところだったのですが……。 そうもいかないでしょうね。 私も気を抜かずに全力であなたをサポートしましょう」


《頼んだぞ。 私の全力は、お前がいてこそだ。 ケビンも、何か気づくことがあれば口にしてくれて構わないからな》


「は、はい。 分かりました」


 突然呼ばれた事にケビンはびっくりしたが、反射的にそう答えた。

 それを合図にしたかのように闘技場の四方に設置された電光ランプに赤が一つ点灯した。

 本来のジョストは闘技場の中央、戦う両者の中央でマーシャルが旗を振り上げて開始する。 だが、ジョスト・エクス・マキナはそうではない。

 ここのコロシアムは五ユニットスタートシグナル制。 一秒ごとに一つずつ点灯し、五つ目のランプが点灯した後、点灯していた全てのランプが消灯――ブラックアウトした瞬間に両機が同時にスタートする。


「……」


 あと数秒後、ケビンの心の準備など整うわけもなく戦いが始まる。 

 自身に出来ることは、ギルバートが相手に勝利することを信じて待つ事だけと、言い聞かせ続ける。

 ほとんど勝利が約束されたような戦いだ。 きっと、心配など杞憂に終わる。

 ――だけど、今この瞬間も、ヘムロックが勝算のない決闘へ話を運んだ目論見が掴めずにいたことだけが、言い様のない不安となってケビンの心に影を落としていた。 


「始まりますよケビン」


 二つ目のランプが点灯した瞬間、両機のディーゼルエンジンはアイドリング状態から回転数を上げる。

 ランプが次々と点灯していくにつれて、機体は駆け出していくために重心を僅かに前へ、前傾姿勢を取る。 互いの突撃槍はこの時点でも、穂先を真上に向けたままだ。

 

 曇天の空から、とうとう雨が降ってきた。

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