第10話 援軍と最終調整


 ――作業開始から十分後。

 ケビンとギルバートが機体の最終調整をしていると、パドックに一台の赤い乗用車が入ってきた。

 そして運転席から出てきた見覚えのある男性に向けて、ギルバートは声を張り上げた。


「リュネット、わざわざすまんな!」


 そこに現れたのは、つい昨日もケビンが顔を会わせたばかりのカクラム商会会長、リュネット・ライゼフその人だった。


「とんでない、むしろお声がかからなかったとあれば、後生お恨みしましたよ」 


「お前に恨まれたら我が道楽が立ち行かんではないか」


 そう言ってギルバートはリュネットのもとに歩みより、肩を叩いた。

 ケビンはそのやり取りを手を止めて見ていたが、リュネットの方からこちらに近寄ってきた。


「ケビンも今日はよろしく頼みます。 私は彼のデュエルエンジニアに回ります」


「デュエルエンジニア……会長がですか?」


 本来ジョスト・エクス・マキナは数十人規模のクルーで一チームが構成され、機士が全力で戦うためのサポート体制が整っている。 その際、クルー達と機士を結ぶ役目を持っているのがデュエルエンジニアと言われる役職だ。

 実際に戦うのは機士だが、セッティングの方針や外から見た機体の状況、そして相手の情報に会わせた戦略の組み立て、さらには戦闘中のフィジカル、メンタル管理までをこなす特別な役職だ。

 ただ、それをカクラム商会の会長が担うとは、ケビンは思ってもいなかった。


「リュネットには以前もデュエルエンジニアを勤めてもらったことがあってな。 現役時代に何度助けられたことか。 金勘定をやらせておくには惜しい腕だ」


「私としては、機械油よりインクで手を汚したいんですがね」


 そのやり取りはあっさりしていながらも、旧知の仲といった雰囲気があった。 ギルバートの言う通り、共に戦ったのは一度や二度ではない事が伺えた。

 生ける伝説の立役者であるとギルバートが言う以上、リュネットのデュエルエンジニアとしての実力は折り紙つきと言える。


「リュネット、ギアの駆動系と足回りの整備自体は昨日の時点で終わっている。 エンジンの方は長らく起動すらしていなかったが、昨日久々に火を入れたら、鼓動は当時と変わらない力強さを示してくれた」


「ふむ、機体に問題が無いのでしたら、あとは機士たるあなたの勝負勘を取り戻すだけですか」


 挑戦的な口調で煽りを入れるリュネットに、ギルバートは鼻を鳴らす。


「おいおい、まさか錆びついているとでも言うのかリュネット? そんなもの、自転車と同じで乗り込んでしまえば体が自然と思い出すさ」

「それはそれは、頼もしいことです……ん?」


 何かに気がついたリュネットの視線の先をケビンも追ってみると、パドックの隅に、作業着の上にフードを被った人影が見えた。 


「グレイドハイドのパドックに何のようか?」と、いつもの商人としてのそれとは違う、警戒の色が強く出たリュネットの口調に、その人影がこちらに向き直る。


「失礼いたしました。 私は本日キルベガン子爵……旦那様のクルーを勤めさせていただく者でございます」


 一礼して顔をケビン達に向けるが、位置と光源の関係で素顔を伺い知ることはできない。


「ここでいったい何を?」


「当方で整備するための工具が不足しておりまして、もし余分にありましたらお借りできないかと」


「あ、それでしたらこちら――」


 に――、とケビンが言う前に、会長が遮るようにしてヘムロックのクルーに向き直る。


「決闘相手のパドックに部外者が立ち入るのは硬く禁じられている。 まさか、そんな基本的規則を知らなかったというのではあるまいな?」

 知らなかった……と、ケビンは肩を震わせる。

 ただそういった決まり事は納得できる。 スパイ活動――工作や諜報といった行為が起こることを未然に防ぐための措置と考えれば、至極当然のルールだ。


「これは、大変失礼いたしました。 なにぶん当スタッフは私を含め若手中心で経験が浅く、決闘時以外の作法は存じ上げませなんだ。 何卒ご容赦を」


「……去りなさい。 二度目は無い。 子爵にもそう伝えておくことです」と会長は強めの口調でフードの男に言った。


 ケビンはそこでようやく理解した。 恐らくこれは、無知を装った工作に該当する行為なのだと。

 考えてみれば、あのフード男の言はあまりに見え透いた嘘と捉えることができる。 工具が不足していると言っていたが、あのグルーバー家がそんな初歩的なミスをするなどありえるだろうか? ――単純に考えても、そんなことはあり得ないだろう。


「偵察でしょうか?」


「であればまだいいが、未だ向こうの思惑が探れん以上は、なんともな」


 ケビンの問いに答えたギルバートも、去っていくグルーバー家のクルーの後姿を追っている。


「……」


 ジョストとはここまでするのか……。

 実際に突撃槍を交える前から戦いは始まっているものなのか。

 ……いや、自身の知っているジョストという競技は、もっと崇高なものだったはずだ。 このような正道を外れた行いが常習化した世界だとは思いたくない。

 ケビンが俯いてそう思っていると、リュネットが務めて明るくふるまう。


「しかし、あそこまであからさまだとは……。 よほどキルベガン子爵に好かれたんですね、ギルバート」


 リュネットの皮肉にギルバートは苦笑した。


「好かれたのは娘の方だがな。 まぁ、釘は指した。 我々は最終調整を進めよう。 試合は直ぐに始まるぞ。 リュネット、これが事前に集めておいた向こうの情報だ。 そっちで集めたものと照らし合わせておいてくれ」


 ギルバートは近くに置いていたヘムロック側の情報を挟んだバインダーをリュネットに手渡し、それにリュネットは素早く目を通し始めた。

「さぁ、ケビンは左脚部の接続箇所と伝達系を見てくれ」


「あ、はい。 分かりました」


 自分も急いで調整に取りかかるべく、ケビンは機体の脚部の前にしゃがみこむ。


「……気のせいか」


 ただ、装甲の隙間から内部のボルトを閉める作業をしながら、先程まで居たフード男の件が、どうにも頭の片隅に引っ掛かっていた。


「――足音が、二つあった気がしたんだけどな」


 それを考察している暇がないことは承知しているし、今は機体を万全の状態にもって行く為、最終チェックをすることが先決だということは理解している。

 グレイドハイド家と、バーンウッド領の命運を掛けた戦いは、もう目の前なのだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る