第9話 パルヴェニー・コロシアム
彼の領地に住んでいれば、知名度や実力、打ち立ててきた功績の数々を耳にすることは珍しいことではない。 決して大袈裟ではなく、バーンウッド男爵、ギルバート・グレイドハイドは生ける伝説なのだ。
「はっは。 中には尾ひれどころか、羽が生えた話がいくつか混ざっているようだがな」
「羽を生やすだけの骨子が、ギルバートさんにあったわけです」
トレーラーはコロシアムの外周を回り込みながら搬入ゲートへと移動し、コロシアムの中へと入っていく。 するとそこには普段見ることは無い圧巻の光景がケビンの眼前に広がっていた。
「――凄い」
始めて見る、一般の観客ですら滅多に入れないコロシアムの舞台裏。 しかもリーゼ・ギアのパドックともなると、そのスケールのデカさに言い知れぬ感動が沸き上がってきていた。
ギアが一体収まるだけのスペースが鉄パイプと鉄板で扇状に八区画ほど間仕切りされており、その全てが中央の入場ゲートへと向けられている。 これが、最終調整を行うギア用パドック。
ただ、現在利用できるのはその半分ほどといった感じで、両端々のパドックは布がかけられていたり、ガラクタ置き場となっている。
ケビンがそれらに圧倒されている間にも、ギルバートは中央付近の利用できるパドックの一つまでトレーラーを移動させ、停車させた。
ちょっとした長旅となったトレーラーから降車した時、離れたところから声をかけられた。
「ごきげんようバーンウッド卿。 そして……ケビン君」
それは、先に到着していたヘムロックだった。 彼は既に
「本日は生憎、雲行きが怪しい。 このままだと正午には雨が降るかもしれません。 そこでバーンウッド卿に提案なのですが、見物客も口上も必要な試合でもなし、互いに準備を終えたら、早速試合おうではありませんか?」
パルヴェニーコロシアムの馬場は土だ。 ギアの蹄鉄にとっては多少馬場が悪くなろうとも走破できるからそれほど大きな問題にはなり得ないが、機動力低下の憂慮や整備面から考えても、可能な限り乾いた状態で行う方が何事も都合がいい。 ギルバートも、断る理由は無かった。
「それで構わん。 いや、もとよりそのつもりだ。 セッティングが終了次第直ぐにでも始めよう」
「良かった。 ではまた後ほど、バーンウッド卿」
必要最低限のやり取りが両者の間で交わされ、ヘムロックは来た道を戻っていく。 ケビンがその後ろ姿から目を離せずにいる間に、ギルバートは愛機をトレーラーから下ろす準備を始めた。
「……」
その去り際があまりにも事務的で、しかも余裕とも取れる雰囲気だったのが気になった。 やはり今回の決闘は一筋縄ではいかないかもしれない。――
「ケビン、そこの発動機を動かして、照明を点けてくれ」
「あ、はい!」
時間は限られている。 今は、ギルバートが全力で戦えるように機体を調整することが何よりも優先だと意識を切り替えるケビン。
「ふぅ……よし!!」
天板、足元、壁面に備え付けられた照明によって、ギルバートの機体、数々の伝説を残してきたヴァルムガルドが照らし出される。
「今は、自分に出来ることを全力でこなすだけだ」
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