第7話 掃除と詰まれた疑問
仁
翌日午後の授業。
特技の時間になった。
「ヒナ君には悪いが、今日は通常の特技の授業とさせてもらうぞ」
「は、はい」
天ヶ瀬がいつものように教卓に立って、授業内容を先生から受け取る。
今日は別の内容になるのだろう。
「今日の授業は……地域貢献だ」
黒板に『地域貢献』の文字が書かれる。
地域貢献は時々ある授業で、特技科の生徒全体で、社会性を学ぶ授業だ。
「……すまないな。魔法についてここに来てるのに」
席が隣になった大西さんに小声で謝る。
「いえ、地域貢献も大事な事ですから」
そう返してくれる大西さん。
天ヶ瀬の説明をよそに、ひそひそ話をしていたせいか、内容が聞こえていなかった。
「それじゃ、外に出るぞー」
天ヶ瀬に続き、他の皆と共に教室を出る。
廊下を歩きながら雅に聞くと、今日は商店街の清掃に出るとのことだった。
商店街への地域貢献は割と授業でも良くある内容だ。
地域貢献ももちろんだが、メインは俺たち以外の人たちとのコミュニケーションの場だ。
「今日は全般的な掃除になるからな、仁、掃除道具頼むぞ」
「了解」
ここで俺は天ヶ瀬達と別れて掃除道具がしまってある倉庫に向かう。
他のメンバーは道具を使わないゴミ拾いから始めるのだ。
本当ならば、ここで男での真も連れて行きたいところなのだが、真雪について行かなければならない。
「先輩! お手伝いします!」
ここでいつも手を上げるのが雅だった。
力仕事となると、積極的になる。
「ま、今日も頼むぞ」
「はい!」
だがいつものこととは言え、非常に助かるのは確かである。
地域貢献の日で校外活動の場合、荷物準備は毎回の様に雅に手伝ってもらっていた。
「それじゃあ、行きましょう先輩! ユキちゃん達も、また後でです!」
「また後でね。雅ちゃん」
すぐに合流するのだが、手を振る雅。
校門へ向かう真雪達にしばらくそうしていると、雅は振り向いた。
「お待たせしました!」
「ん。行くぞ」
「はいー!」
雅と二人で掃除道具がしまってある倉庫へと足を向ける。
全体的な掃除となると言っていたから、箒やちりとり、火ばさみ、脚立などになるだろうか。
「ちょっと今日は多そうだな」
「お任せください、私いっぱい持ちますから!」
「はは、頼もしいな」
がんばるぞー! と意気込みながら手を上げる雅。
これで本当にかなり頼りになる後輩だからおもしろい。
「今日も頑張るか」
身長が低いせいもあり、雅の頭はちょうど撫でやすい位置にある。
ポンと手を置き、軽く撫でると、雅は撫でている手に頭を押しつけるように背伸びをしてきた。
「ん~……」
「雅は撫でられるの好きだな」
「んふ~、先輩も、ユキちゃんも、天ヶ瀬先輩達も、皆さん優しく撫でてくれますので~」
「そっか」
「はい! 皆、皆、優しいので、大好きです!」
面倒を見たくなるタイプというか、父性を刺激してくると言うか、雅は相変わらず人に好意を向けることをためらわないな。
それはそれとして。
「あんまり俺たち以外の人に、『大好き』とか言っちゃダメだぞ」
「はぇ? どうしてですか?」
思春期男子や、思春期女子には毒になるからだ。と、言ってもよくわからないだろうし、雅にはまず、一般的な倫理観を教えていくのがカリキュラムとして決定している。
それでいて、難しいこと(本人比)を伝えても、理解が及ばないことが多々ある。
「んー……」
数秒考える。
その間も、雅はきちんと俺の言葉を待っている。
「大事な気持ちなんだから、そんなに軽々しく口にしちゃったら、軽い気持ちだと思われるぞー?」
少しからかい気味に答えてみる。
「はっ! それは嫌ですー……」
どうやら伝わったみたいだ。(本来の意図とは別の理解になってしまったが)
「そういうことは、もっと大事な時に伝えれば良い」
「はい、わかりました!」
「ん、ちゃんと覚えとくんだぞ」
そんなことを話していると、目的地の倉庫に着いた。
少し錆び付いて開け難くなっている扉を開く。
埃っぽい倉庫の中には、学校の備品の掃除道具や、用務員さんの備品が並んでいる。
「何を持って出ましょうか……」
「そーだなー」
一般的な掃除道具と、高所での作業ができるよう脚立を持つ。
数人分とはいえ、量としては割と多くになる。
一人で持って行けないことはないが、中々頭と力を使わないと運べない。
「箒と火ばさみを人数分頼めるか。脚立とゴミ箱は俺が持つわ」
「はいっ」
「後は……大丈夫か」
頭の中で掃除の内容をいくつか思い出し、問題は無いだろうと確認する。
倉庫から道具を運び出し、倉庫の扉を閉じる。
表で待っている雅は、掃除用具を持って何か言いたそうにうずうずしていた。
「うっし、雅、一つ競争しないか?」
「!!」
こういう時は何故か遠慮してしまう後輩のわがままを、こちらから持ちかける。
というか、校外活動の際は大体用具を持ってからの俺たちは競争をしていた。
だからというわけでもないのだが、真雪達には先に行ってもらっていた。
「ゴールは商店街入り口でいいな。よーい……」
雅にとって、俺にとっても『荷物を持った状態での競争』は、トレーニングになる。
一応、重い道具は俺が持って筋トレも兼ねているが、相手は「狼男」の少女だ。
「ドン!」
他のメンバーでは五ツ葉先輩しか追いつけない様な速度で、俺たちは走り出した。
ヒナ
仁君と雅ちゃんと別れ、真雪ちゃん達と商店街の近くまで歩いて来ました。
ここに来るまでに、天ヶ瀬先輩達と話をして、仁君達は、競争をしてくるとのことでした。
「そろそろかな」
真君が学校の方に向いて呟きました。
すると、曲がり角からいきなり脚立と、竹箒の束がものすごい速度でこちらに向かってきました!
「な、何ですかあれ!?」
「仁と雅ちゃんだよ。相変わらずだなぁ二人とも」
近くまで来て目をこらしてみると、片方は脚立を両手に担いだ仁君で、もう片方はたくさんの竹箒を肩に担いで火ばさみと一緒に走ってくる雅ちゃんでした。
「ゴールっ! ですーっ!!」
タッチの差で、雅ちゃんが商店街のアーケードの入り口をくぐると、達成感のあふれる笑顔で飛び上がるように喜びます。
「だぁぁぁー! 負けたかー……」
「ふっふふー! 前回負けてから、「次は負けないぞ」と決めていたのです!」
「おー……やられたなぁ」
二人が両手に抱えていた掃除道具を降ろします。
「負けた仁は罰ゲームだな!」
仁君に近寄り、背中を叩く天ヶ瀬先輩。
凄い楽しそうです。
「まぁ、こんな事を毎回のようにしているから、我々は先に行ったのでござるよ」
「は、はぁ……」
五ツ葉先輩が私に告げて、仁君達が降ろした掃除道具を取りに向かいました。
「私たちも行きましょう?」
「は、はい!」
真雪ちゃんに促されて、掃除道具を取りに行きます。
そこには先ほど仁君達が持って走ってきた道具が並んでいました。
「それじゃ、いつも通り、仁と真は脚立を使って回ってくれ」
「あいよ」「はぁい」
脚立と長い箒を持って、仁君達は早速商店街の中へと歩いて行きました。
「さて」
天ヶ瀬先輩が残った私たちに振り返りました。
「私たちは、掃き掃除とゴミ拾いだな」
「ふむ。して、どう別れる?」
「そうだな……」
火ばさみと袋を持った雅ちゃんと五ツ葉先輩。
竹箒を持って、私と天ヶ瀬先輩と真雪ちゃん。
それと、先ほど別れた仁君と真君。
今日は三つのグループで掃除をすることになりました。
「それでは、各自散開、三時頃またここに集合としよう」
「承知した。では参ろうか、睦月」
「はいっ」
五ツ葉先輩と雅ちゃんはゴミ袋と火ばさみを持って先に向かいました。
「ヒナ君」
「は、はいっ!」
「? どうした」
「あ、いや、すいません……」
商店街へ向かっていく五ツ葉先輩達を見ていて、天ヶ瀬先輩からの言葉に反応が遅れてしまいました。
「まぁいいが……行こうか、真雪」
「……うぇーい」
「いつも通りのやる気のなさだな……」
「掃除にやる気のある学生の方が珍しいと思う」
「そう言わずに、頑張りましょ?」
箒を手渡し、ぐっと気合いを入れる様にポーズを取って、真雪ちゃんに声をかけます。
掃除はかなり好きなのです。
「そうだぞ、いつも商店街の皆さんにはお世話になってるんだぞ」
「……私の感覚がおかしいのかなぁ」
掃除が好きな人だって、世の中にはいっぱいいると思うんですけど……
それから天ヶ瀬先輩と真雪ちゃんとの三人で竹箒を使って掃き掃除を始めました。
掃除をしている途中、天ヶ瀬先輩は商店街の人たちに何度も声をかけられます。
「いやすまない。あまり掃除が進められていないな」
「ホントにね」
「ま、真雪ちゃん!」
「すまないすまない。そうヤキモチを焼くな」
「なっ!? そんなわけないでしょ!」
必死に否定する真雪ちゃんを、天ヶ瀬先輩は頭を撫でながら笑っています。
「ヒナ君も、真雪に冷たくされてるかも知れないが、真雪はツンデレだからなぁ」
「誰がツンデレだ!」
年上のお姉さんにわしわしと頭を撫でられながら、顔を真っ赤にして否定する真雪ちゃん。
その年相応な仕草は、確かに頭を撫でたくなるくらい可愛らしい物です。
「さ、あんまりサボってばかりもいられないぞ。仁や五ツ葉達に負けてしまう」
「いつから勝負になってたの……」
天ヶ瀬先輩のその言葉にため息を吐く真雪ちゃん。
先輩の言葉の後だと、その面倒そうな言葉でさえ、照れ隠しに見えてしまいます。
「ふふっ」
「何ですか大西先輩……」
「何でもないですよ。ではでは、掃除を続けましょう」
「……何か言いたそう」
何かを言われる前に、真雪ちゃんから視線を逸らし、足下を箒で掃いていきます。
真雪ちゃんを可愛がっていた天ヶ瀬先輩も掃除に戻り、真雪ちゃんも足下を掃き始めます。
「おぉ! いつもすまないねぇ」
「いえいえ、体力も有り余っている連中なので」
「はっはっは、頼もしいねぇ」
商店街を歩くお客さんにも、天ヶ瀬先輩は声をかけられ、笑顔で返していきます。
さっきから、先輩は顔が広いのでしょうか。
それにしても……
商店街に来て掃除を始めてから、話しかけてくるお店の人も、歩いているお客さんも、おじいさんやおばあさんばかりです。
お客さんがお年寄りばかりなのは分かりますが、商店街の皆さんも結構な年齢の方ばかりでした。
掃除を進めていき、商店街の半ばまで掃除を進めた辺りで、先に行っていた五ツ葉先輩達の姿が見えてきました。
「初音」
「おう五ツ葉そっちはどうだ?」
「ふむ。順調でござるよ」
五ツ葉先輩が片手にもっている袋を掲げます。
その中には色々なゴミが入っていました。
「五ツ葉先輩!」
お店の路地から雅ちゃんが飛び出してきました。
「飛び出すと危ないぞ睦月」
「す、すいません……これではどうでしょうか!?」
雅ちゃんが手に持っていた袋を五ツ葉先輩に見せます。
中身は五ツ葉先輩に負けないくらいの量が入っていましたが、わずかに少ない量でした。
「ふっふっふ、やるな睦月、しかしそれではまだまだ某には勝てないぞ」
「お、おぉー! さすがは五ツ葉先輩です! まだまだですよー!」
そう言うと、再び雅ちゃんは走り去ってしまいました。
「人や物にぶつからぬようにするんでござるよー」
「相変わらず雅ちゃんは……」
「はっは。元気なのは良いことでござるよ」
「負けず嫌いなんですね」
「ふむ。それでは、某もゴミ拾いに戻るとしよう。睦月に負けるわけにもいかぬよ」
「おう。また後でな」
「承知、それでは失敬」
そう言うと、五ツ葉先輩が消えました。
「!?」
「どうかしましたか」
「い、いや、いま五ツ葉先輩が!」
私の驚きに、真雪ちゃんと天ヶ瀬先輩は顔を見合わせて首を傾げました。
「忍だからな。消えもするさ」
「いやそんな簡単に……」
「忍? 忍者……なんですか?」
「聞いてなかったのか……」
「はい……」
魔法使いの自分も世間的には珍しい存在だと思っていましたが、忍者さんがいたなんて、驚きが隠せませんでした。
「雅ちゃんも狼男なんですよ。女の子ですけど」
「……聞き間違いかと思ってました」
仁君に聞いていた、真雪ちゃんの体質と、真君の正体。
それに、五ツ葉先輩と、雅ちゃんの秘密。
何となくですけど、『魔法が使えなくなった魔法使い』の私がここに連れてきてもらったのも、納得ができそうでした。
「まぁ気を落とすな。こんな生徒がいるのは私たちくらいだ」
「そ、そうですよね……」
ふらふらと歩き、掃除に戻ってから、ふと疑問が浮かんで来ました。
真雪ちゃん、雅ちゃん、真君、五ツ葉先輩。
明らかに普通じゃない何かを持っている四人。
仁君と、天ヶ瀬先輩には、「何か」があるんでしょうか。
「……あ」
その事を聞こうとして振り返ると、すでに天ヶ瀬先輩は掃除へ戻っていってしまっていました。
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