第6話 七海の勘
それから。
ひたすらに姉貴と鬼ごっこをしたり、俺と姉貴で組み手をして、そこに割り込みをしようと試みてみたが、一向に大西さんの魔法は発動しなかった。
「うーむ……」
「どうした仁」
休憩中、体力の限界が来たのか倒れ込んでしまっている大西さんを眺めながら考え込んでいると、姉貴が声をかけてきた。
「いや、どうも見てるとなぁ……」
姉貴が普通の人間じゃないところを差し引いても、大西さんの動きは素人の物と変わらない。
むしろ、一般人の中でもめちゃくちゃなものだった。
どうも違和感がぬぐえない。
「んー……」
「パンツでも見えそうなのか?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
「からかうつもりだったのに平然と返してくるとか姉さんはつまらないぞ」
俺に何を期待しているんだ。
ぶーぶーと文句を言ってくる姉貴はひとまず置いておく。
そろそろ呼吸も落ち着いたかなと、大西さんの方へと向かう。
「立てるか?」
「あ、ありがとうございますー……」
差し出した手で、大西さんを立ち上がらせる。
まだ肩で息をしていたが、少しは動けそうだ。
「仁君と七海さんは凄いですね……」
そう言って、大西さんは頷いてしまう。
「生身であそこまで速く動ける上に、格闘までできて、なんて……私なんて、魔法を使ってた頃でも、あんなに細かいことまでできてなかったです……」
あはは……と笑ってはいたが、気まずさをごまかすためのものだろうか。
……正直、どんな声をかければ良いのか分からない。
俺自身、魔法が使えるわけではないし、「魔法」がどういう物かも分かっていないのだ。
ここで適当な事を言ったところで、気休めにもならないだろうから。
「……何を手を取り合って黙り込んでいるんだお前達は」
「「!?」」
姉貴の言葉に驚いてしまい、引き上げたまま繋いでいた手を離す。
やれやれとでも言いたいのか肩をすくめる姉貴。
「それとも繋いだままの方が良かったか~?」
にやにやと笑う姉貴。
「えっいや、繋いだままの方が良かったと言いますか、私ごときの手なんて用が済めば離してしまっていいと申しますか! いや決して仁君と繋いだ手が嫌だったと言うことなどはなくですね!」
姉貴に詰め寄り必死に弁明している大西さん。
その反応に、姉貴は満足そうににやにやと笑っていた。
大西さんが落ち着くまで姉貴は堪能していたが、とりあえず組み手を止めた。
「ヒナ、やはり使えそうにないか?」
「はい……」
何もない状態で魔法を使えないかどうか、試してみてもらったのだが、結果は変わらず。
魔法使いとは言っても、杖なんかは使わないらしく、少し俺たちから離れたところで何か詠唱をしていたが、ため息と共に肩を落とした。
「まぁ、何もなく今日いきなりまた使えるようになるのも変な話か」
頭をガシガシと掻きながら、困ったようにうなる姉貴。
姉貴も姉貴なりにいろいろ考えているのだろうが、いかんせん、問題が問題である。
「まぁ、こういうのは天ヶ瀬の得意分野か」
魔法について、俺なりに考えて見るものの、大したアイディアも出てこない。
「……なぁ姉貴」
「ん? どうした」
大西さんが再び集中し始めたのを見て、姉貴に声をかける。
「姉貴はなんで大西さんを俺たちのとこに連れてきたんだ?」
俺たちはもちろん、姉貴にも魔法使いの知り合いなんていない。
そんな所に、「魔法が使えなくなった魔法使い」を連れてきたとしても、魔法が使えるようになるかなんて、結果はほとんど見えていると思う。
まぁ、天ヶ瀬なんかなら俺には考えつかないようなアプローチをかけられたりするのだろうが。
それにしたって、どうにかできる見込みは少ない。
もやもやとした気持ちでそう訊ねる。
「お前らなら何とかできそうだったからな」
俺の質問に、さらっと姉貴は答えた。
「いや、相手は魔法だぞ? いくらなんでも――」
「それでもだよ。お前達なら、こいつの悩みを解決できる。そう確信したからヒナを連れてきた。私にできるのは、それ位なんだよ」
先ほど俺と大西さんをからかった人間の発言とは思えないな。
「何を根拠に……」
「根拠なんてないさ」
……は?
根拠もなく、姉貴は大西さんを連れてきたのか。
「はっはっは。仁、お前にはまだよくわからんかもしれんがな」
呆けた表情をしていたのだろう、俺の方を見て笑う姉貴。
「私の勘は良く当たるんだ。特に、人間関係に関してはな。五ツ葉や雅を特技科へ連れてきた時も勘だった」
「聞きたくなかったわ……」
あの二人も勘でここに連れてこられたなんて知りたくないだろう。
五ツ葉先輩なんて、ここに来た当初なんて里抜けで追われてたのに。
「それでも、あいつらも、ここに来たことに後悔はしてないだろう?」
ふふーん、と胸を張る姉貴。
どこからその自信がくるのかが全く分からない。
「まぁ、これでもお前らの事は信じてるし、期待もしてるんだよ」
……笑っているその顔が、俺たちをからかっている物か、それとも別の物か、俺には分からなかった。
「だから、今回も頼んだぞ」
だからか、俺はその言葉に、返事をすることができなかった。
ぐぅー。
そんな時、隣から空腹感全開の音が響いた。
「緊張感ねぇなぁ……」
「わっはっはっ!」
姉貴の笑い声に驚いた大西さんがビクッと震えた。
「ど、どうしたんですか……?」
「いや、何でもない」
そう大西さんに答えたタイミングで、入り口にある電話が鳴り出した。
真雪からだろう。
「飯か!」
姉貴がダッシュで受話器を取りに行く。
そんなところで無駄に全力を出すなよ。
「夕食ができたみたいだ、上がろう」
「は、はい!」
姉貴は受話器を戻すと、さっさと地下室を出て行った。
俺も大西さんを連れて、家に戻るのだった。
初音
「五ツ葉、追加でEの五一番棚で上から三段目の左から一八番目だ」
「御意ー」
五ツ葉に指示を出し、追加の本を持ってきてもらう。
今はいろんな資料に目を通し、魔法についての理論を集める。
「お待ちどおーでござる」
足音さえさせずに本を持ってくる五ツ葉。
持ってきてもらった本を早速手にして、ページをめくる。
ふむふむ……
過去の文献として、「魔法」の情報を集めようとした時、どうしてもオカルト情報の本ばかりとなってしまう。
正しいかどうかは別として、魔法の理論を集めるのだ。
「相変わらず速読でござるなぁ……」
「私も伊達に特技科に所属していないと言うことさ」
会話をしながらもページはめくっていく。
理論を集めて、パーツを集めていく。
それらを使って、ヒナ君の魔法の理論を探り当てる。
それが彼女にできる私の役目だ。
「あら~、初音ちゃんに五ツ葉ちゃん~」
「おや、館長どの」
本をめくっていると、どうやら館長がやってきたようだ。
この図書館においての長。
誰も名前を知らない、謎の多い人物だ。
「また珍しい本を集めたのね~」
五ツ葉の集めてきた本を手に取る館長。
「七海どのの依頼で、魔法使いの少女が特技科に来たのでござるよ」
「あ~。それでこういう本なわけね~」
納得がいったと言う風に手を合わせる館長。
ちょっと興味があっただけだったのか、それだけ言うと、踵を返した。
「むっふふふ~、ちょお~っと、待っててねぇ~」
「「?」」
五ツ葉と顔を合わせて、二人して首を傾げる。
館長の顔はいつも通りで、(というか、いつもあの調子なのだが)待っててと言われたのだから、何かを用意してくれるのか。
まぁ今すぐ帰るつもりもなかったし、まだ持ってきてもらった本に目を通していない。
「待ってみるでござるか」
「そうだな」
それから数分間、五ツ葉と二人で本を読んでいた。
「はぁーい! お待たせ二人とも~!」
館長が数冊の本を持って現れた。
その本が机に置かれる。
「これは、年季の入った本でござるなぁ」
五ツ葉の言う通り、その本は随分と古い物のようだった。
ページは黄色くなっていて、本の表紙も所々破れていた。
そんな本が数冊あり、どの本も同じくらい古い物のようだった。
「魔法のお勉強をするならぁ、こういう本も良いんじゃないかって、館長さんは思うなぁ~」
「これは?」
「書かれてる文字から見て、かな~り昔のヨーロッパ圏で書かれた本っぽいんだけど~訛りと、崩し文字がひどくって細かい特定ができないのよねぇ~」
ぺらぺらとページをめくっていくと本の中には魔方陣などの書き込みもあった。
「この本は貸し出しはどうでしたか?」
「まぁ、基本は厳禁なんだけと~場合が場合だし、おっけぃ!」
ぐっと親指を立てて、歯を見せて笑う館長。
館長の言う通り、訛りと崩しが強くすぐに読める物ではなかった。
これは家に持ち帰って読むことにした方が良さそうだ。
「とりあえず、もう少しで閉館時間だから、今日はもう帰りなさいね~」
館長に言われて時計を見ると、もう五分も経てば閉館時間だった。
「……帰るか」
「さようでござるな」
二人で分けて本を本棚に戻し、館長に挨拶をして図書館を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます