第5話 地下室の荒療治
梯子を下りてすぐの入り口を過ぎると、そこには家の中で最大の広さ、頑丈さを誇るスペースが広がっている。
「お、帰ってきたか」
道場の様なそこの中央で立っていた姉貴がひらひらと手を振ってきた。
「どうだった? 特技科は」
「あ、えと、皆さん優しくしてくれました」
横にいる大西さんが姉貴の言葉に答える。
「そうか、それは良かった。何か手がかりは掴めそうか?」
「えっと、それは、まだ――」
風が吹いた。
「ふぇ?」
横には、大西さんの顔面すれすれで拳を止めた姉貴がいた。
頭が一瞬遅れて反応したのか、大西さんはその場でへたり込んだ。
「な、七海さん……?」
「むぅ……やはり速すぎたか」
自分の拳を眺めたまま、口をとがらせる姉貴。
大西さんの頭には疑問符が浮かんでいる。
「お、どうしたヒナ。ほら立て」
「え!? あ、ありがとうございます」
姉貴に差し出された手を取って、大西さんは立ち上がった。
「やはり、魔法は使えないままか?」
「え、えぇ……」
腰に手を当てて、姉貴が胸を張る。
目の前にいた大西さんの目が少しうつろになっているが、どうしたんだ。
「学校では初音が理詰めで魔法について考えているだろう」
「だろうな」
天ヶ瀬のことだ、図書館であさってきた文献を元に、いろいろ試行する案を出してくるか、魔法について詰めているだろう。
「そこで、だ」
そこまで言われて、ようやく姉貴の言いたいことが分かった。
姉貴は指をピンと立てて、物理的にも頭の痛くなりそうな事を言い出そうとしている。
「家では、体感的に魔法についてアプローチをしてみようじゃないか」
「体感的……?」
状況を飲み込めていないであろう大西さんがオウム返しになる。
「今から私が仁を襲う。ヒナ、助けてみろ」
「俺!?」
姉貴が振り向く。
どうしてだろう、おかしいな。
ゆっくりとした動作の上に、姉貴は笑顔のままだというのに。
「汗が止まらねぇわ!」
「はっはっは。汗と血を流すのはこれからだろうに」
「血が出るまで殴られること前提かよチクショウ!」
先ほどの様に速攻をかけるとそもそも反応ができないことは分かっているのか、飛び退いた俺に対して、歩いて距離を詰めてくる姉貴。
「状況について行けません!」
「だろうなぁ!」
今はまだ歩いているから距離を空けておくことができるが、それでは埒があかないと思われた瞬間が勝負になる。
襲うと言われたところで、そう簡単にやられるつもりはない。
「はぁはぁはぁ……仁がどこまで成長したか、姉として、じっくりと見てやらんとなあ……じゅるり」
「違う意味で襲うように聞こえるから止めろ馬鹿!」
「仁君……? 七海さんと、まさか……」
ほれ見ろ勘違いされてんじゃねぇか!
「違う! 姉貴は単純に殴り合いが好きなだけだ!」
「失敬だな仁」
びゅん、と音と共に、右腕に裂くような痛み。
しまった! 大西さんに注意が向いた隙に!
「鞭だって使うぞ私はァ!」
瞬間、人とは思えない力で腕を持って行かれる。
千切れるわけではないので、体が姉貴の方へと引きずられていく。
「っだぁぁあ!」
そのまま倒れ込もうとした体勢を無理矢理踏ん張り、その一瞬で右腕を前に向け、強引に鞭を剥がす。
古典的な縄抜けではあるが、右腕に思いっきり力を入れ、脱力することで腕と鞭の間に隙間を作って逃れた。
「ふむふむ……さすが仁、いい反応じゃないか」
「誰かさんに鍛えられたおかげでな」
満足そうに頷く姉貴。一見隙があるように見えるが、ここで攻めたら確実に終わる。
「しかしなぁ……」
ぱぁんっ。
文字通り、空気を裂く音が響く。
大西さんの前で、構えた腕で鞭を受けている。
非殺傷の捕縛用の鞭とは言え、めちゃくちゃ痛い。
しかも。
「届かせてねぇのかよ……!」
「そりゃあまぁ。嫁入り前の女子に跡になる傷はつけんさ」
受けた箇所がやたらと先端に近かったと思えば、大西さんには届かない長さで姉貴は鞭を振っていた。
明らかに動いていない大西さん狙いだったし、そもそも今は相手を傷つける理由もない。
「仁、言い忘れてたが、これはお前に対する訓練でもある」
「あぁ?」
「お前は、反応しすぎるところがある。考える時間が無いというのもあるが、不必要にかばってしまう嫌いがあるからな」
「……!」
にぃ、と口角を上げる姉貴の表情は、まさしく捕食者のソレだった。
「わ、きゃっ!」
大西さんを抱え、姉貴から距離を取る。
幸い、先ほどの事もあり、速攻に出ることはなく、あくまでもゆっくりと距離を詰めてくる。
速度を攻撃力として使う鞭は、あまり使用しないとは考えられるが……
「っが……!」
うっかり鞭を受けた右腕で大西さんを抱えてしまったため、痛みが走りその場所で大西さんを降ろす。
「仁君! 腕が……っ!」
鞭を受けた腕に、早速痣が浮かんで来たらしい。
正直なところそう言われてしまうと痛みをはっきりと認識してしまうから止めてもらいたいが、そうも言ってられない。
「姉貴から注意を逸らすな、大西さん」
「は、はいっ」
「魔法で、身体強化とかしてたって言ってたよな、その他には――」
「無駄話ィッ!!」
魔法について聞こうとしたその一瞬に、普通に走ってきた姉貴の拳が割り込んでくる。
当てるためではなく、話を中断させるために放ったその拳でさえ、殺気じみた物が宿っているあたり、相変わらず姉貴はあまり手加減ができないらしい。
しかし、現在俺と大西さんの間には、ちょうど直線上に姉貴が陣取っている。
完全にスペックが上の相手に対して、作戦ダダ漏れで対峙するわけにはいかない。
「しかし、久しぶりだなぁ仁! こう向き合うと、お前の姉になれて良かったと思う!」
完全にスイッチ入ってやがる。
魔法が使えるように、危機反応を煽るという趣旨の今、まず狙うのは、
「フンっ」
一般的なダッシュで殴りかかってくる。
大げさに振りかぶったそれは、明らかなテレフォンパンチ。
軸足で直線から逃れるが、
「(回し蹴り!?)」
体を振ったその反動のまま体重を乗せた回し蹴り。
運の悪いことに……違う、姉貴が最初から狙っていた通り、横薙ぎの足が避けられない。
なら、加速前に!
「っとぉ」
足が本格的に加速する前に、倒れ込むように左手で姉貴の足を止める。
結果的に蹴られはしなかったが、足の力だけで押し戻されてしまう。
下手に避けたり耐えたりせず、押し戻された反動で再び距離を取る。
「はっはぁ……やるな仁」
「人間殺されると思うと色々動くもんだな!」
一対一ならば、姉貴は取られた距離をまた詰めて来るのだろうが、肉弾戦目的ではないからか、姉貴はそのままこちらの様子をうかがっている。
しかし。
「「…………」」
明らかな「二人だけの空気」感を感じ、姉貴はいつもの様子に戻った。
姉貴は振り返り、俺は姉貴越しに大西さんの様子をうかがう。
「はぇ!?」
急に視線の集まった大西さんは、何事かと慌てた。
……これは、いきなりこのアプローチは正しいのだろうか。
姉貴と視線を合わせ、お互いに言いたいことは分かったのか、頷きあう。
「う、うおー」
棒読み感半端ない!
姉貴はやる気も何もない分かりやすい「襲いかかり感」満載のポーズでかけて行く。
「ひぃぃぃっ!」
脱兎のごとく、大西さんは逃げ出した!
しかし、姉貴に回り込まれてしまった!
何となくRPGの音楽でも流れてきそうな雰囲気である。
小動物の様に震える大西さんに、じりじりと近寄る姉貴のその姿は、さながら動物番組のレポーターのようである。
「怖くない……怖くないよ……」
それ噛まれた後の台詞だろ。
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