第4話 特技科
真
天ヶ瀬先輩に言われたこともあり、町を案内することになった僕たちは、学校がある丘を下り、町の入り口、商店街へ来ていた。
「そういえば、大西さんは仁と真雪ちゃんの家にお世話になるのかな?」
町を案内するとは言え、この町もそう大きくない。
はっきり言ってしまうと、商店街と、住宅街に点在するコンビニと、いくつかある公園ぐらいで、商店街を案内してしまうと、後は家の近くのコンビニくらいだ。
「あ、はい。空き部屋を一つ貸してもらうことになってます」
「年頃の男女が一つ屋根の下か~、青春だねぇ」
「はぇ!?」
からかうように冗談めかすと、おもしろいくらいに顔を朱くする大西さん。
初々しいというか、何というか、今までの僕たちの周りの女子とはひと味違った反応で、これから楽しくなりそうだ。
「まだ歯ブラシとかエチケット用品とかはまだストックあったはずだから、そんな買い物の必要もないか」
仁は相変わらず主夫全開の発言だ。
この町のメインの商業施設になっていることもあり、商店街は相変わらず盛況していた。
「大西さん、ここを抜けると後はコンビニぐらいしかないから、何か必要な物があれば、買っておくんだよ?」
すでに雅ちゃんと真雪ちゃんはすでに僕たちから離れて行動していた。
……大方、真雪ちゃんについてはお腹が空いた雅ちゃんが食べ物の屋台なんかに釣られてどこかに行こうとしていたのに付いていったのだろうけど。
「えっと、大丈夫です」
指折り数えていたが、仁と話ながら確認し、必要な物もなかったのだろう。
「それじゃあまぁ、ゆっくり行こうか」
なるべく買い物をしている他のお客さんの迷惑にならないよう、真ん中を仁と大西さんの三人で歩いて行く。
アーケード街の出口で少し待っていると、真雪ちゃんと雅ちゃんもやってきた。
「あ、先輩たち!」
抱えた紙袋に一杯の食べ物を入れた状態で、器用にぶんぶんと手を振る雅ちゃん。
その横で我が子を見守るお母さんみたいな顔をしている真雪ちゃんの顔も、わりといつもの光景だったりする。
「お待たせしました!」
「大丈夫、それじゃ帰ろうか」
肩にかけていた番傘をバッと開く。
「あ、真先輩、ちょっと待ってください!」
「?」
歩き出そうとした足を止めて、振り向く。
雅ちゃんがアーケード内に置いてある机と椅子のところに抱えた紙袋を置いていた。
「大西先輩へのお祝いです!」
そこに、紙ナプキンの上に人数分のドーナツを並べていた。
「えとえと、大西先輩はお悩みもあって、これから頑張らなくちゃいけないかと思いますが、とりあえずはこの町に来たことを、お祝いさせていただきます!」
それから、少しの間、皆でドーナツを食べた。
ささやかではあったけど、お祝いにはなったかな?
ドーナツを食べ終わり、再びアーケードの出口で番傘を開く。
くるくると回して、机を拭いていた仁が戻ってきた。
「それじゃ帰るか」
「「「「はーい」」」」
入り口で再び番傘を開いて、くるくると回す。
いつものように、真雪ちゃんを傘の下に入れて、アーケード街から出る。
「?」
真雪ちゃんが傘の下になっているか確認のため後ろを見ると、大西さんが緊張した面持ちで構えていた。
ああ。まだ仁は、説明していないのか。
商店街で雅ちゃんが買ってきたドーナツを食べて、歩くこと十五分ほど。
途中で別れた雅ちゃんを除く僕、仁、真雪、大西さんは仁達の家に着いていた。
「大西さんは仁の家でお世話になるんだったっけ?」
「はい、七海さんに勧められて」
こういったことは、昔から何度かあったし、今回もそうなのだろう。
いつも通りならば、大西さんの部屋は日中に用意されているかな。
「それじゃ、僕はこれで」
手を上げる変わりというわけではないけれど、番傘を少し持ち上げる。
「ああ、んじゃな」
「また明日です、真先輩」
「ま、また明日」
三者三様の挨拶を返され、全員が家の中へ入るまで待つ。
扉が閉まったことを確認して、歩き出す。
……しかし。
「今回の七海さんからの依頼……どうも引っかかるなぁ……」
今まで考えていたことが全て通るような人じゃなかったのは間違いないんだけど、今回の案件に関して、僕が何も分からなかった。
「ちょっと、難儀するかも知れないね」
振り返り、仁達が住む家を眺める。
「んー、初めてだな」
とは言え、基本的に僕ができることも多くなさそうだし。
いつも通り、でいるしかないよね。
仁
「ただいまー」
母さんにいつも口酸っぱく言われていたこともあり、帰宅時にはきちんと挨拶をする。
おかえりーと母さんの声が返ってきた。
姉貴は出かけてしまったのだろうか。
まぁ、昔から朝に家に帰ってきて、その昼にはまた次の仕事に行くということもいつものことだったりするのだが。
「あ、仁君、そういえばー」
母さんが廊下から顔を出した。
「七海ちゃんがヒナちゃんと地下室に来るようにって」
晩ご飯は私と真雪ちゃんで作るから~。と伝え、母さんは戻っていった。
「……マジか」
母さんが戻っていった扉をそのまま見つめて、その言葉だけを漏らす。
「? 地下室? このお家、地下室があるんですか?」
隣で首を傾げている大西さん。
姉貴があそこを使うって言うことは、多分……
「お兄ちゃん?」
「! どうした真雪」
どうも考え込んでしまっていたようだ。
真雪が肩を叩いてきて、意識が戻ってくる。
「私、母さん手伝ってくるから」
「あ、ああ」
「……大丈夫?」
自信ない。
しかし、姉貴に呼ばれていて部屋に向かわないとか、後から引きずり込まれるパターンなので、行くしかないのか。
「?」
大西さんも一緒に、ということは、彼女がらみのことだろうし、そこまで気負うこともない、と、信じたい。
「とりあえず、地下行こうか」
こっちだ、と指で示して地下室への入り口へ足を向ける。
視線を感じて、キッチンへ向かおうとしていた真雪の方を振り向く。
「地下行こうか、って女子を誘うなんて……けだものー」
「楽しそうに言ってるとこ悪いが、確実に食われるの俺だからな……?」
地下室で待っている姉貴の事を分かっていて、どうしてそんな言葉が出るのか。
「……死地へ向かう兄の緊張をユーモアで解してみようと思って」
ぐっ、と親指を立てて歯を見せる真雪。
「……死地(ごくり)」
むしろもう一人は緊張が強まったみたいだぞ。
家にある地下室への入り口。
エレベーターや階段などはなく、シンプルにハッチを開いた中に梯子が降ろされているだけの簡素な作り。
今まで手入れなどもあり、幾度となく使用してきたこの梯子。
今更ながら、かなり重要な構造上の欠点が発覚した。
「じじじじ、仁君が、先に降りてくださいぃぃ」
閉所+高所恐怖症の人間にとって、この梯子を下りるだけのスペースは、かなり心に負担を与えるものだったらしい。
しかし、かといって、俺が下というのも……
ちら、と大西さんを見る。
同年代の女子がスカートで、俺の上から梯子を下りてくる。
真雪、真や天ヶ瀬に知られたらどうなるか……!
「仁君? 仁君?」
完全に及び腰になってしまい、弱々しく袖を引っ張ってくる大西さん。
……あー。
大西さんは恐怖から確実に俺の後で梯子を下りるのがどういうことか分かってない。
そして、俺がハプニングしてしまうのは、あくまで『上を向いた』場合。
上を向かず、降りきる。
「これしかねぇ……!」
意を決し、梯子に足をかける。
「それじゃ、着いてきてくれ」
「は、はい」
少し進んだところで、カン、カンと俺ではない音が続く。
よし、怖がってはいたが、着いてきてはくれているようだ。
「仁君……」
「な、なんだ?」
大西さんの言葉に、こちらがびくりとしてしまう。
うっかり上を向かないように、何度も自分に言い聞かせながら梯子を下りていく。
狭い空間だからなのだろうか、梯子を下りている音と別に、何かを言おうとして、息を呑むような息づかいが聞こえてくる。
「お話を、してもいいですか」
やっと、絞り出されたその言葉。
そのトーン、この流れは。
「何で、私の話を信じてくれたんですか?」
「話?」
「魔法の、話です」
…………。
茶化すような内容ではないだろう。
「大西さんと、似たような境遇なんだよ、俺たちは」
「え……? それって」
「……大西さんの前に、こっちからも話をしようか」
これから、一緒に過ごす事になることになるのだ。
彼女は、知っておかなければいけないだろう。
「朝、俺たちが登校する時、やたらとトラブルが起きただろう?」
「はい」
「真雪は、ある『体質』なんだ」
真雪の体質。
『本人影響のない範囲で大規模、小規模問わずトラブルが起こる』
子どもの頃、起きてしまった事件をきっかけに、真雪の周りでは、様々なトラブルが発生するようになった。
それから、俺たちは対策を練り、色々その体質をどうにかしようとしてきた。
しかし、その全てが失敗に終わっている。
「でも、帰る時は、何も起きなかったじゃないですか!」
「それは、真が抑えてくれてたからなんだ」
「大矢君が……?」
「本人も隠し通そうとしているわけじゃないから、先に言っとく。あいつは『座敷童子』なんだよ」
大矢真。人間として成長してしまう『座敷童子』。
「座敷童子って、色々伝承があるけど、あいつの場合、住んでいる一家の運勢を左右するってタイプの伝承の要素が強くてな」
真は、自身がいる『屋内』の運気や偶然に、ある程度の制御ができる。
だから、自分のいる『屋根』内の人間に対しても、その制御が効くため、真雪の体質が現れなかった。
「そういう奴らの集まりなんだよ。俺たち「特技科」の生徒は。雅や五ツ葉先輩も、普通じゃないところがあるんだ」
……大西さんからの反応がない。
上は見られないが、梯子を下りる音は聞こえてくるため、着いてきてはいるようだ。
「だから、魔法がつかえない魔法使いなんて現れても、俺たちは信じられるんだよ」
やはり、反応がない。
下を確認すると、もう少しで梯子が終わる。
「大西さん? そろそろ下に着くぞ」
「あ、はい!」
顔が見えない会話というのは、こうもやりにくいのか。
はっとしたような大西さんの言葉を聞き、ちょうど梯子を下りきる。
すぐさま振り向き、降りてくる大西さんを見ないようにする。
「ふぅ……」
下りきった事を確認し、大西さんに向き直る。
怖いと言っていた閉所、しかも普段使っていないだろう梯子を下りて、疲れてしまったのか、少し肩で息をしている。
「大丈夫か?」
「あはは……ちょっと前までは、魔法で補えたりしてたんですけど」
魔法。大西さんの口から出るその単語。
大西さんは、俺に向き直ると、頭を下げた。
「ありがとうございます。仁君」
「気は紛れたか?」
「それもそうですけど……」
気まずそうに、大西さんは頬を指で掻いた。
「自分の秘密を他人に話すことが、どれだけ勇気のいることかちょっとは知ってますから」
「……そう」
案外、ここでの会話も無駄にならずに済みそうだ。
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