第3話 魔法って難しい

 仁


 天ヶ瀬の提案で、まずは大西さん自身に話を聞いてみることに。

 自らの立候補もあり、雅は書記をすることになり、黒板でチョークを構えていた。

「さて」

 天ヶ瀬が立ち上がり、手を叩く。

 彼女が話を始める時の癖である。

「まずは大前提。ヒナ君が使えなくなってしまったという、「魔法」について、いくつか確認をさせてくれないか」

 その言葉に、大西さんが居住まいを正す。

「はい。よろしくお願いします!」

「うむ。こちらからも頼む。まず一つ」

 人差し指を立てて、教卓にいる雅に黒板を刺す天ヶ瀬。

『ひとつ』と丸々とした文字で黒板に書かれる。

「緊張感ねぇなぁ……」

「緊張感がないのはお前だ仁!」

 教鞭でも持っていればビシッと効果音が出そうな勢いで天ヶ瀬に注意を受ける。

 チョークを持っているのは雅なのだが、手を上げる。

 全く。とため息を吐かれ、天ヶ瀬は再び大西さんに向き直る。

「魔法、と一言にまとめたところで、物語やゲームなどでも様々な物があると思うのだが、ヒナ君の言う魔法はどういった性質のものなのだろうか?」

「性質、ですか……?」

「ああ」

 天ヶ瀬の質問に、頭に疑問符を浮かべている大西さん。

 雅に至っては、完全に手が止まっている。

 考えることを止めてしまったのか。

「こう、ぎゅっと思って、ばーっとして、どーん……?」

 大西さんの言葉を聞き、はっと我を取り戻し、発言を黒板に書いていく雅。

『ぎゅっとして、ばーっとして、どーん』

「「「「「………………」」」」」

 これで何を受け取れと言うのだろうか。

「あ、いやっ違っ! えっと、えーっと……!」

 俺たちの無言に焦ったのか、慌てて手をブンブンと振りながら必死に考え込む大西さん。

 しかし、焦りが正常な判断を妨げているのか、先ほど以上の単語が出てこないようだ。

「ふむ。この『ぎゅっと』と言うのが、要素を収束する段階で、『ばーっと』が、変換、出力状態の指定になるのか」

「「年長者スゲェ!」」

「ん? 仁も真も今の説明で分からなかったのか?」

 むしろ何で分かってんの!?

 顔を見合わせて、どうなってんだと息を呑む俺と真に、仕方ないなと腕を組んで天ヶ瀬が雅に声をかけた。

「今から言うことを、簡単に絵にしてもらえるか」

「頑張りますっ!」

「最初に言った『ぎゅっと』、これは魔法の起原となるエネルギー、よく言うところの「魔力」や「マナ」を魔法に使用するため、収束、用意する段階のことだろう」

 そこまでの天ヶ瀬の発言に対して、雅はチョークを動かせないでいて、若干涙目になっていた。

「初音、図式に関しては某(それがし)がやろう」

 席を立ち、手を上げる五ツ葉先輩。

 とぼとぼと席に戻った雅の頭を、真雪が撫でていた。

「大丈夫、私も初音先輩の言ってること難しかったから、お兄ちゃんや真先輩なんて理解なんて及んでないよ」

 涙目になっている友達をなだめる少女の画は、かなり様になっているとはいえ、かける言葉が言葉だっただけに地味にやるせない。

「さりげにディスられてないかな?」

「雅を安心させるためだろ……」

 そうあって欲しい。

「後輩諸君、続けてもいいかな?」

 五ツ葉先輩がこちらをやれやれと見守る中、天ヶ瀬ため息を漏らす。

 雅はまだ真雪に慰められていたが、俺と真が口を閉じたことを見て、再度天ヶ瀬は説明に入った。

「これは先ほどのヒナ君の言葉からの推測だ。簡単に「魔法」として分類すると、私がぱっと思いつくのが三つのパターンだ」

 天ヶ瀬の言葉を聞きながら、五ツ葉先輩は黒板にチョークを走らせていく。

「まず……そうだな。魔力に代表される源を自身から取り出し、呪文、魔方陣などで指向性、形などを持たせ、使役するタイプ。仮にパターンを「Aパターン」としようか。多分このパターンが『魔法』としてベーシックな気がするね」

 五ツ葉先輩の絵で、魔女帽子とマントで描かれるパターン。

 どうでも良いのだが、初めて見る五ツ葉先輩の絵は、即興の割にはデフォルメされたキャラクターがとても可愛らしい。

「次に、自然エネルギーなど普遍的に存在するエネルギーに、祈りや儀式等を用いてアクセス、エネルギーに変質、指向性を持たせるタイプ。こっちは「Bパターン」と呼ぼう。他の言い方だとシャーマン等とも呼ばれるかな」

 今度はどことなく呪術的な物を使いそうな、どこかの民族衣装っぽいイラストのキャラクターが横に並んだ。

 話の内容はとても真面目で、イラストがあることで凄く分かりやすいのだが、いかんせんかわいらしさのせいか集中できない。

「最後、外的エネルギー……自然の力だったり、『魔力』と一般的なエネルギーと違う別要素なんかを使って、自身の身体強化や、各々の個性に合った武器などを生成、付与などで外的要素を直接物理だったり、超常の力に変換するタイプ。「Cタイプ」にしよう」

 天ヶ瀬の言葉を聞きながら五ツ葉先輩のチョークが描いた物は、いわゆる『魔法少女』のようなイラストだった。

「可愛いですー……」

 涙が止まったのか、雅が感嘆の呟きを漏らしていた。

「どやぁ、でござる」

 満足そうな五ツ葉先輩。

 手先が器用な事は知っていたが、これほどとは。

 感心していると、天ヶ瀬は大西さんに視線を向ける。

「先ほどの君の言葉から、その三つのどれかに近しいものだと思ったんだが、どうだろうか? 君自身、この中だと、どれが一番自分のイメージに近いだろうか? もちろん、『どれでもない』も考えてくれ」

 その質問に大西さんは少し考えて、「Cタイプ」を選んだ。

「ほとんど魔法を使ってるのは感覚だったんですけど、なんか、変換とか、指向性とかよりは、本当、ばーっと使っていた物なので……」

 本人にも、あまり説明できるものではないのだろう。

 だからこそ、使えていたものが使えなくなり、悩んでいるのか。

「……ところで、気になってたんですけど」

 控えめに、真雪が手を上げる。

 天ヶ瀬に、ではなく流れ的に大西さんのことだろう。

「なんでしょうか?」

 首を傾げる大西さんに、少し言いにくそうに、真雪は口をとがらせた。

「大西先輩は、魔法が使えてた頃は何をしていたんですか?」

 真雪の言葉に、大西さんは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「ちょっとした人助けを少し……魔法で早く動いたり、事故に遭いそうになった人を助けたり……とかそういうことを」

「……そうですか」

 それだけ聞けば満足だったのか、真雪は天ヶ瀬に話を返した。



 それから。

 天ヶ瀬は大西さんに『魔法』に関していくつか質問をしていき、答えたり、時には答えられなかったりした。

 話をしていく内に、大西さんも天ヶ瀬や五ツ葉先輩、雅と真雪とも打ち解けていっていた。

「んじゃ、今日はここまで。一応言っとくが、まっすぐ帰れよー」

 終礼と共に、大崎先生が教室を出て行く。

 学生としては、念願の放課後だ。

「後輩諸君」

 席を立った天ヶ瀬が、声をかけてくる。

「ヒナ君の魔法については、私と五ツ葉で図書館で文献を集めておくよ。とりあえず今日は帰りたまえ」

「えっ、それなら私も手伝います!」

 天ヶ瀬の提案に、大西さんが立ち上がる。

 あー、とどうした物かと困ったように天ヶ瀬がこちらに視線を向ける。

 確かに、自分のことで先輩にそこまでさせておいて、自分は何もしないというのも、気が引けるのだろう。

 しかしなぁ……

「大西さん、ここは天ヶ瀬の提案に甘えとこう」

「でも……」

 人助けをしていたという彼女のことだ、ただ助けられるというのは納得しづらいところがあるのだろう。

「ヒナ殿」

 五ツ葉先輩が大西さんの肩に手を置き、笑顔を向けた。

「初音も某も、新しくできた後輩にちょっとは良いところを見せたいのでござるよ。ささやかな先輩風でござるが、格好つけさせてくれぬだろうか?」

 どうしてこうも俺たちの周りにいる年上の女性はイケメン台詞が似合うのだろう。

 五ツ葉先輩から放たれるイケメンオーラが大西さんの心を揺さぶる。

「で、でも……」

 強い。大西さんの心はイケメン二人(女)の攻撃に耐えた!

 しかし、それほどまでに、大西さんにとって大切な悩みということなのか。

 真雪と雅と真を先に帰して、俺と大西さんだけでも残って天ヶ瀬と五ツ葉先輩を手伝うか?

 いや、そういう訳にもいかないよなー……。

「ふむ。ありがとう、ヒナ君」

 天ヶ瀬が大西さんの正面に立って、お礼を言う。

「イケメンサンドイッチですー……」

 確かに。

 イケメン台詞を平然と言って、しかもそれが似合う女子に前後から挟まれている女子の姿は、漫画か何かのワンシーンみたいだった。

「それなのにお兄ちゃんと来たら……」

「機会を見る度に兄をディスるのは止めてくんねぇか真雪」

 楽しそうに口元に笑みを浮かべ、鼻歌をする真雪に精神攻撃を受けながらも、大西さんをどうするか考える。

「しかし、ここは任せてくれないか」

 食い下がろうとしている大西さんに、天ヶ瀬は再び笑顔を返す。

「何、文献を集めると言っても、まだ『魔法』についての情報を集めるだけだ。君の気持ちは分かった。君の協力が必要になれば、必ず声をかける。約束だ」

 ふわり、と天ヶ瀬の両手が大西さんを包んだ。

「任せたまえ。時間はかかるかも知れないが、必ず、私たちは君の力になる」

 耳元でささやくその姿。

 説得と言うよりは、落としにかかっているように見えてならない。

「申し訳ないが、しばらく時間がかかってしまう。だから今のうちに後輩諸君にこの町を案内してもらうといい」

 その言葉で、大西さんはまだ渋っていたが、帰ることを了承してくれた。



「それでは諸君、また明日」

「また明日でござる」

 昇降口まで来て、校舎から出たところで、先輩二人が手を上げた。

 先輩達は、校門へ足を向ける俺たちとは別方向になるのだ。

「先輩達は、図書館に行かれるんですよね?」

「ああ」

 学校敷地内にある図書館を示す天ヶ瀬。

 俺たちの通う学校には建物一つ丸々の図書館がある。

 古今東西ありとあらゆる時代、国々の資料があり、その蔵書量は並の図書館じゃ比にならない量だ。

 その中から求める資料を探し出すのは至難の業なのだ。

「まぁ館長に手伝ってもらいながらじっくりするさ」

「お願いします……」

 まだ後ろ髪を引かれているのだろう。大西さんは何か言いたげだ。

「急がば回れ、でござるよ。今日のところは任せてくれでござる」

「……っ、お願いします」

「それじゃ、帰ろうか」

 気変わりしない内にと、気を回したのか真が歩き出す。

 日傘代わりの番傘をくるくると回す真に、真雪、雅と続いて歩き出す。

「頼むな天ヶ瀬、五ツ葉先輩」

「任せるでござる」

「ふーむ……」

 最後にそう言って、俺も歩き出そうとした時、天ヶ瀬が顎に手を当てて何かを考えた。

「仁……」

「何だ?」

 まっすぐにこちらを見つめる天ヶ瀬。

「今更だ。私のことを先輩と呼べとは言わない」

「?」

 話が見えない。

「だが、昔のように『初音ちゃん』と呼んでくれないか?」

 意地悪な微笑みから、どこか小悪魔っぽい顔で笑う天ヶ瀬。

 その顔は、からかっているようなものだった。

「……今更そんな呼び方できるかよ。いつの話だ」

 照れ臭くなり、顔をそらす。

 子どもの頃、小学校に入る前から俺たち兄妹と天ヶ瀬は幼なじみだ。

 昔は天ヶ瀬の事を「初音ちゃん」と呼んでいた事は事実だが、再びそんな呼び方をすることなどできない。

「行こうぜ、大西さん」

 大西さんに声をかけ、少し先に行ってしまった真雪達を追う。

「は、はい! それでは先輩方、お願いします!」

 それに続き、大西さんが小走りで俺の横に並んできた。

 歩いている俺の顔を覗き込んでくる大西さん。

「……何」

「ふふっ」

 ……何なんだ。

 ぶっきらぼうな返事になってしまったと後悔したが、大西さんは笑っていた。

 ……照れ隠しなのが分かってしまったのか。

「あれだけ格好良くても、天ヶ瀬先輩もきちんと「女の子」で、仁君も「男の子」何だなぁって、思ったんです」

 くすくすと笑う大西さん。

 その笑顔を見て、照れも落ち着き、安心する。

「ふふふ……、あ、すみません。怒っちゃいましたか……?」

 俺の視線に、怒りを買ったと思ったのか、大西さんが慌てる。

「いや、そうじゃない」

「え、そうでしたか……?」

 ああ。とだけ返して、再び歩きだす。

「初めて笑ったな」

「?」

「こっちに来て、今までずっと必死だったというか、余裕がなかったように見えてた」

 どんな表情をしているのかは、横にいるせいで見えなかった。

 でもまぁ、いいだろう。

「余裕を持って前を見てみれば、もう少しは視界が広がるだろ」

 すでに校門まで進んでいる真雪達に、軽く手を上げる。

 結局、それから真雪達と合流するまで、大西さんから口を開くことはなかった。

 どんな表情をしていたのか、何を思っていたのか。

 全部が全部、最初から知る必要もない。

 先輩達の言っていた通り、じっくりやるとしよう。


 初音


「行ったでござるな」

「……そうだな」

 校門まで進む後輩達を見て、五ツ葉が呟く。

 歩き出そうとしないのは、私に合わせての事なのか。

「振られてしまったでござるな」

「……嫌みか」

「どうでござろうな♪」

 同じクラスで同じ学年。

 五ツ葉には色々と話してしまっているせいか、どうも心情を察せられているようだ。

「むふふふ、それでは我々も参ろうか、「初音ちゃん」? ぷふー!」

「五ツ葉ぁ!」

「きゃー♪ でござるぅ」

 五ツ葉に追いつくことができないとは分かっているのだが、怒りに任せて追いかける。

 期せずして、図書館へと駆け込み、館長に怒られてしまい、頭を冷やして資料探しを開始したのだった。

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