第2話 特技科の生徒たち
朝食を用意して、リビングに運ぶ。
ここ最近は姉貴の分も用意していなかったため、今ある材料で二人分追加で作らなければいけなかった。
今日の帰りに買い物に行かなくちゃな。
「あれ?」
食器諸々を並べ終わった時に、大西さんが首を傾げる。
「どうかしたか?」
「もう一人、いらっしゃるんですね」
テーブルに用意されている食事は五人分。
俺、姉貴、母さん、大西さんともう一人。
まだ姿を見せていないが、俺には妹がいる。
「いつもならもう降りてくるんだが……」
説明をしようとしたところで、リビングの扉が開く。
若干寝ぼけ眼の妹の肩を掴み、大西さんの前まで連れて行く。
「妹の真雪だ。
「……?」
開いているのかいないのか分からない状態で真雪が首を傾げる。
状況が理解できていないのか。
するりと手を離れると、真雪は普段の自分の席に着いた。
「気にしないのか?」
「?」
目を開いて、大西さんを見たが、平然とした様子で牛乳に手を伸ばす真雪。
「姉さんがまたどこかから拾ってきたんでしょ」
「拾ってきた!?」
姉が人を拾ってくるという現実に慣れきっている妹と、拾ってきたという表現に驚愕を隠せていない大西さん。
こうなってから俺も姉貴が人を拾ってくるという異常性に慣れていたことを再認識させられる。
「よく考えたら軽く犯罪なんだよなぁ」
「あ?」
現実をかみしめていると、すでに朝食を始めていた姉貴が手を止めた。
話に参加する気はないのか。
「いただきまぁ~す」
相変わらずマイペースな家族である。
一人で突っ立っていても意味がないので、俺も席に着く。
「ほら、大西さんも食べていいぞ」
姉貴の事だから、袋の中の大西さんにきちんと食事を摂らせていたのか分かった物ではない。
食事をしておかないと、戦もできないからな。
とりあえずは、腹を満たそう。
「「「「「ごちそうさまでした」」」」」
手を合わせて、朝食を終える。
皿を重ねてキッチンまで持って行く。
人数分の皿を水桶に置き、水を出して皿を沈めていく。
そうしていると、リビングから大西さんがキッチンまで入ってきた。
「仁、くん」
「仁?」
「あ、す、すいません……七海さんと話してて、いつも下の名前だったから」
そういうことか。
別に名前呼びが嫌というわけではない。いきなり名前呼びだったのが不思議だっただけである。
その事を伝えると、ほっと胸をなで下ろす大西さん。
「とは言え、朝の内には片付けはしないし、もうそろそろ出ないとな」
時計を見て、そろそろ家を出ておかないと、学校に間に合わなくなる時間が迫ってきていることを確認する。
「学校……ですか?」
「うん、うん?」
釣られて時計を見たのか、大西さんが首を傾げる。
何だ? 姉貴から話を聞いていないのか?
「とりあえず、魔法をまた使えるようになりたいんだろ?」
ならば、学校……というか、俺たちのクラスに招くために帰ってきたのだろう。
「あ、いえ、というか……」
俺の言いたいことが分かったのか、大西さんが言葉を濁す。
「俺たちのクラスに来ることは?」
「はい、聞いてます」
? ならば、何が引っかかったのだろうか。
大西さんはもじもじとしながら、時計を指さした。
「まだ、朝の六時過ぎですよ?」
「ああ、そうだな。そろそろ出ないと間に合わない」
「えっと、仁君の学校って、遠いんですか?」
「いや、この町の高台にある学校だ」
「?」
「?」
何なのだろう、このすれ違い感は。
真
早起きは嫌いだ。
ていうかできないんだけどね。
予鈴が鳴る校舎を眺めつつ、僕、大矢真は遅刻ぎりぎりに学校に到着していた。
訳あって、一般科に属せずこの学校に通っているのだけれど、この学校に誘ってくれた仁や、七海さんに不義理をしないためにも、この学校にはきちんと通わないと。
とりあえずは、校門で油を売っていないで、クラスに向かわないと。
一歩踏み出そうとしたその時、遠くから走ってくる音が聞こえてきた。
「やべ、予鈴終わった!」
「兄さんがまた色々首突っ込むから!」
「はぁ、はぁ……っ! 二人、とも、元気過、ぎ、じゃないですかぁ!?」
同じクラスのいつもの二人と、もう一人は、見たことない子だな。
「あーきとー、おはよーぅ」
ひらひらと手を振る。
すると、仁達もこちらに気づいたのか、手を上げてきた。
「おう真! お前も走れ! 本令に間に合わないぞ!」
「あいあい」
いつもこれくらいの時間に学校に来ているが、ここからは小走りしないと遅刻になってしまう。
仁と真雪ちゃんともう一人の女の子と、教室を目指して駆け出す。
と。
「ちょ、ちょっと……すいません」
足を止めてしまったせいか、仁達と一緒に来ていた女の子が膝に手をついて走られないようだ。
「仁~。朝から女の子の足をガクガクになるまでにするなんて、ハッスルしてたんだねぇ」
「アホなこと言ってんじゃねぇ!」
あっはっはと冗談めかしている内に、仁はサッとその女の子を抱え上げた。
「ぅひゃ!?」
顔を真っ赤にして、女の子が変な声を上げてすぐ。
「口閉じろ、舌噛むぞ」
「え、ちょ……ひゃぁぁぁぁ」
仁
まさに滑り込むという表現がぴったりなほど、ぎりぎりで教室に飛び込む。
最近はわりと予鈴前には教室に入れていたのだが、今日は色々とあったせいか、ぎりぎりになってしまった。
机に鞄を置き、椅子に腰掛ける。
いつもはもう少し余裕があるのだが、ううむ。
「もう少し早めに出るようにするか……」
「これ以上早くするのは止めて」
俺の前の席に荷物を置いた真雪がため息と一緒に席に着いた。
真雪と俺は、同じクラスに所属している。
と言うのも、俺たちのクラス、私立天ヶ瀬台高等学校特別技術科、通称『特技科』は三学年合わせても八人しかないのだ。
八人しかいない学科がある理由、いや、『特技科』に所属できる生徒が八人しかいない理由。
それは、ある意味、魔法使い並に普通じゃない生徒が所属している学科だからだからなのだ。
「ユーキちゃん♪」
「雅ちゃん」
ニット帽を深めにかぶった少女が真雪に抱きついてきた。
特技科一年、真雪と同い年の
狼少女である。嘘つきというわけではない。
狼男の一族で、能力には優れていたのだが、「女」だったというだけで一族内で疎まれて生きてきた少女だ。
うむ。今更魔法使いが現れたところで驚かないのがよくわかるだろう。
「えへへー今日ももふもふだねー」
「それを雅ちゃんが言っちゃうかなぁ……」
妹と後輩が仲睦まじくスキンシップを取っている光景は、何とも微笑ましい気持ちになるな。
「いやいや、相変わらず仲良いねぇ」
後ろの席に座る真が頬杖をついてうむうむと頷いている。
全くだと同感していると、本令が鳴り出した。
ちょうどそのタイミングで、教室の入り口が開く。
担任教師の、
「?」
大西さんがいない。
転校か一時的な生徒にするかは別として、いきなり教室に連れてくるわけにも行かないので、校門から抱え上げ、昇降口を通り、職員室に降ろして来たのだが、朝の内から教室に来るわけではないのか。
このクラスの生徒に会わせるために、この学校に連れてきた彼女がその後に続いていなかった。
「先生ー」
「今日も朝から出席は五人か……んー? どうした佐倉兄」
出席簿を開き、出席の確認をしていた先生が、やる気なさげに答えた。
「大西さんはどうしたんすか?」
その質問に、出席を取り終わった(八人しかいないから点呼もしない。ちなみに今教室にいるのは俺たち姉弟と真と睦月ともう一人のみである)先生が、呆れた表情で出席簿で肩を叩いた。
「あー。佐倉兄」
「はい」
「今日登校中、何をしてきた?」
先生の言葉がよくわからなかったが、今日学校に来るまでにしてきたことを思い出す。
「交通事故を防いだのが四回、泥棒を捕まえたのが二回、ぼやを消したのが一回、歩道橋でお婆さんを助けたのが一回……?」
「迷子の犬も見つけてきましたー」
指折り数え終わったと思ったら、真雪がボソッと付け加えた。
「はえー、先輩達はいつも通りですねー」
睦月が感心していた。
「一般人が朝っぱらからそんな走り回って、体力が余ってるわけないだろう……保健室で休ませてるよ……」
「はぁ……」
むしろ今日はいつもより楽な方だったと思うんだが……
「自覚持てよ! ったく……様子は俺が適当に見に行っとくから、授業はサボるんじゃねーぞ」
その後、連絡事項を二、三告げて、先生は教室から出て行った。
大西さんは様子を見て、午後の授業から合流させるとのことだった。
ヒナ
『特技科とは言っても、高校である以上、通常科目が授業として盛り込まれている。午前中はそれらの授業が大半だ。とりあえずは休んどけ』
登校時、体力を使い切ってしまった私は、先崎先生の勧めで、午前中は保健室で休ませてもらっていました。
そして、仁君達がこの学校に通っている理由の科目だと説明された五限目。
『特技』
表だっての情報として、そんな科目として設定されている授業。
七海さんからも聞いていましたが、特殊な生い立ちだったり、環境で育ってきた生徒達に、人間としての一般常識だったり、各々の希望に添った特殊技術の訓練。
その授業から参加するためにと、連れられてきた特技科の教室で、私は深呼吸をしていました。
「んじゃ入るぞ」
「は、はい」
心の準備をするまで待ってもらっていたのか、先生が声をかけてくれて、教室の扉を開けました。
「おらー、授業始めるぞー」
先生に続き、教室に足を踏み入れます。
そこには、仁君、真雪ちゃんに、校門で会った男の子、それに五人の女の子がいました。
「んじゃ、朝もちょっと言ってたが、今日からの試験生だ。大西、自己紹介を」
先生に渡されたチョークで、黒板に名前を書き、前に向き直ります。
「大西ヒナと言います。よろしくお願いしまひゅ」
頭を下げ、挨拶をしました。
あああああああああぁぁぁぁ!
噛んでしまった事に、ワンテンポ遅れて気づき、頭を下げたまま固まってしまいます。
「大丈夫だ」
その言葉と、すっと差し出された手に、顔を上げます。
そこには、綺麗な黒髪が腰まで伸びている、女性が立っていました。
「ようこそ、特技科へ。私は
女の私でも見とれてしまう程の優雅さで、天ヶ瀬先輩は握手をしてくれました。
「よ、よろしくお願いします!」
握手をしながら、改めて頭を下げます。
「何、そんなにかしこまらなくても良いさ。こちらこそよろしく」
ぽんぽんと軽く私の肩を叩き、天ヶ瀬先輩は先生に視線を向けました。
「先崎教諭、今日の授業は彼女について、と言うことでよろしいかな?」
「ああ」
「承知した」
先生は、天ヶ瀬先輩にそう告げると、教室の隅にある、先生用らしき椅子に腰掛けました。
「改めて、ヒナ君から自己紹介をしてもらったところで、今度は私たちから名乗らせてもらおうか」
そうして天ヶ瀬先輩は、クラスの人たちに見えるよう、私の横に回り、一歩前へ背中を押してくれました。
すると、ニット帽をかぶった元気そうな女の子が、勢いよく立ち上がり、手を上げてぶんぶんと振ります。
「はい! 一年の、睦月雅です! よろしくお願いしまっす!」
しっぽがついていたら、手と同じようにブンブンと動いてそうな、明るい子です。
「こらこら、落ち着け睦月」
隣に座っていた、落ち着いた雰囲気の女生徒が睦月ちゃんを座らせます。
どこか穏やかな仕草の彼女が、続けて手を上げてくれました。
「霧隠五ツ
その後も、順番に自己紹介をしてもらいました。
そして、それらが終わり。
一旦、私は仁君の隣の席を割り当てられ、そこに座ることになりました。
「それじゃ、最後に」
天ヶ瀬先輩も席に戻り、私が席に着いたことを確認すると、再び先崎先生が教卓に立ちました。
「今回の試験生、大西ヒナについて、大方察しはついているとは思うが、佐倉姉、佐倉七海からの依頼だ」
出席簿に挟んであったのでしょう、封筒を取り出して先生はその中身を読み上げます。
「『大西ヒナ、彼女の抱えている悩みを、何とかしてやってくれ』だとよ」
『はい!』
クラスにいた、私と先生以外の声が重なりました。
先生が再び教室の隅の椅子に戻ると、私の席の周りに他のクラスの方が集まってきて、輪になりました。
「ヒナ先輩!」
睦月ちゃんが机に手を置いてずずいと顔を近づけます。
よく見ると、襟を真雪ちゃんが掴んでいました。
「繋がれた犬じゃないんだから……」
「ユキちゃん私は狼だよぅ!」
首を押さえながら、睦月ちゃんは振り向く。
表情がころころ変わる子だなぁ。
「それよりもです!」
さらにこちらに向き直り、机に手を置く睦月ちゃん。
「ヒナ先輩のお悩みって何なんで――もぶっ」
「ちょっと雅ちゃん……!」
首を傾げる睦月ちゃんの口を手で覆い、真雪ちゃんが引っ張り戻します。
別の学校のクラスにまで頼むような悩みを、あっさりと聞いてしまったことを気にしてしまったのでしょう。
仁君を見ると、「大丈夫だ」と笑ってくれました。
周りを見回してみますが、天ヶ瀬先輩も睦月ちゃんも真雪ちゃんも私の言葉を待ってくれました。
深呼吸をして、目を改めて開きます。
「魔法が、使えなくなってしまったんです」
その言葉に、天ヶ瀬先輩は俯いてしまい、睦月ちゃんは、困ったようにしょんぼりとしてしまいました。
「――――」
仁君があっさりと受け取ってくれていたので、油断をしてしまいました。
今の世の中で、そんなことを言っても……
「あー、大西さん?」
仁君の声が聞こえてきていましたが、そっちに反応することができません。
「っと……二人ともどうだ?」
仁君の言葉に、再び二人の方に視線を向けます。
「すみませんヒナ先輩、私はちょっとおバカさんなので、魔法がどうやったら使えるようになるのか分からないのです……」
「すまんヒナ君。私も魔法はまだ追求したことがなくてな。どうにも役に立てそうにない」
二人とも、申し訳なさそうに頭を下げます。
「え、いや……その」
慌てて、手を振ってお二人に顔を上げてもらい、こちらこそと謝ります。
七海さんも、仁君もそうでしたけど、このクラスって一体……?
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