第一章 魂の器⑥



 程なくして、リルが戻ってきた。


 手の中には、砂時計を模したような形をした、小さな機械があった。


 それをテーブルにそっと置くと、リルは座らずに俺の横に立った。


「これが…魂の器…」


「あっと、アンナさん。まだ触らないで。そのまま聞いてほしい」


「…はい」


「それは、凡そ150年前くらいに使用されたものだ。先の戦争で夫を亡くした奥さんからの依頼で手に入れた」


「その奥さんは新婚だったそうだ。しかし、200年くらい前に起きてた東西の戦争で旦那さんは帰ってこなかったんだと」


「遺骨すら帰ってこなかったそうだ。残されたのは奥さんただ1人。子どももまだだったんだと」


「それを奥さんが依頼してきたのは、奥さんがおばあちゃんになってから。杖をついて遠くから来たんだと。付き添いはって聞いたらさ、1人だって言うんだよ」


「奥さん、旦那さんを今も待ち続けているんだって…そう笑ってたよ。どこかで生きてるんだって。方向音痴だったから帰ってこれないだけだって」


「俺は、じゃあ何の為に魂の器を使うのって聞いたんだ。だってそうだろ? 魂の器ってのはさ、死者の声を聴くもんなんだから」


「そしたらさ、言うんだよ。絶対生きているから、使っても声は聴けない…その確認がしたいんだって。自分はもうあまり永くはないだろうけれど、その確認が出来たら…まだまだ長生き出来る気がするからって」


「…それで、どうなりましたか?」


「…それは教える事が出来ない。守秘義務ってやつさ。ここまで話したのは、それを次に使用する人への義務だからだ。分かるだろ? それを使うって事はそういう事だ」


「…クレアルドさんは、意地悪ですね」


「あぁ、そうさ。よく言うだろう? 可愛い子はいじめたがるもんなんだ、男ってのは」


「…でも、優しいですね。だって、答えも言ってしまっているんですもの」


「…クレアルドさん、リルさん」


「こちらの魂の器、やはり私は使う事は出来ません。例え、旦那さんの声が入っていなかったとしても」



 太陽が頂点から少し斜めに動き出した頃、この話は終わった。


 魂の器を使わない、そう決めたアンナさんの顔は、少し前の泣きはらんだものよりも幾分か楽になったような、そんな顔つきだ。


 俺たちは今、3人で朝食兼昼食を食べている。


「リルさん、昨日と変わらずとても美味しいです。ありがとうございます」


「いえいえ、そう言って頂けると嬉しいです」


「リルの料理は天下一品だからなぁ」


「あ、そういえばクレアルドさんもお肉、食べるんですね」


「んぁ? そりゃ食うよ。むしろ肉の方が好きだし」


「ほら、アンナさん。昨日言ってたやつ」


 リルが俺をちょいちょいと指さす。


「あぁ、なるほど。そういう事ですか。納得です」


「こんなに美味しいって食べてくれるんだから、それなら私もって食べたくなりますよ」


「さっきから何の話してんの?」


「そのままの話です」


 そんな感じで賑やかに食べ終わり、でも話はとどまらずに、リルとアンナさんは色々な事を話していた。


「アンナさんさ」


 俺は2人の話を遮るようにして話しかけた。


「はい? なんでしょうか」


 リルに向けていた視線を俺の方に向き直した。


「俺が言うのもなんだけどさ…魂の器を、使わないでくれてありがとう。実は結構…いやかなり、大切な商品だったから」


 俺は深々と頭を下げた。テーブルにコツンと額がぶつかる。


「いえ、私の方こそありがとうございました。先程の話を敢えて聞かせてくれた事も。話す事が義務なんて、嘘ですよね?」


 頭を上げて下さいと、頭を下げるのは私の方ですからと。


「あぁ、話した内容は全て本当だけどね。それでね、代わりといってはなんだけどさ…これ使ってよ」


 俺は3人分のハーブティー以外何もないテーブルの上で、パチンと指を鳴らした。


 瞬きしない内に、テーブルの中央に1つの品物が生まれた。


「わっ! …え、これって…魂の器に似てますけど…」


「今度は触っていいよ」


「は、はい…でも見た目がちょっと違う…。クレアルドさん、これは?」


 手に取って繁々と観察しているアンナさんに、俺は笑いながら告げる。


「それはね、時の器。俺のお手製さ」



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