第一章 魂の器⑦



 おねぇちゃんもこっちにおいでよぉ! おいかけっこしよーよぉ!


 おねぇちゃんは今お腹いっぱいで動けないの! ラウネが残すからぁ!


 だってぇ! ラウネおやさいきらいだもーん!


 またそんなこといってぇ! 好き嫌いしていると大きくなれないよぉ!


 なるもーん! ラウネはおかあさんににてるからぁ!


 あー! そんな事言ってると、おねぇちゃんはお父さんに似てるからもっともーっと大きくなるもんねー!


 あー! おねぇちゃんずるーい!



「時の器はね、対象者が一番戻りたい過去に、一度だけ遡れるものなんだ」


 壁掛け時計が動いている。カチ、カチ、と、進んでいる。


「そ、そんなものがあるなんて…そんな事どの文献を読んでも載ってなかった…」


 アンナさんは目を見張らせて驚いている。


「それはそうですよ。だって、過去に2人しか使用者はいないですもん」


 リルがそう答える。


「それに、その商品は流通させていないからね。こんな限定的な商品、そもそも誰も使えないから」


「いえ、皆さんが欲しがるものじゃないですか? 誰だってやり直したい過去の一つや二つはあるでしょう」


「あぁ、それはそうだろうね。でも、その人達は多分これは使えないから。時の器を使うにはね、幾つか条件があるんだ」


「条件…」


 そう、条件。


 俺はテーブルに肩肘を付いたまま、人差し指、中指、薬指と、右手の指を3本立たせた。


「一つ、対象者の戻りたい過去を聞くこと。二つ、それに対しての本当の想いを聞くこと。そして最後に、俺から直接対象者に時の器を渡すこと。この三つを達成した人物でないと、使う事は出来ない。だからアンナさん、あなたにしか使えない」


 アンナさんは、手に持っているそれを見た。


 今、彼女は何を考えているのだろうか。


「これを…時の器を使って過去に戻れるのは一回きり…」


「そう、そして遡れる時間は1時間だけ。その後アンナさんの意識は現実に戻ってくる」


「…私の意識が過去の自分に?」


「そう。1時間という限られた時間だけれど、楽しんでおいでよ。妹さんの声、直接聞いてきたらいい」



「過去のどのタイミングに戻るかは先程言った通り、アンナさんが一番に戻りたい過去だ」


「…はい」


「それは、神隠しがあった日?」


「はい、そうです」


「だよね。じゃあ一つだけ…神隠しが起きるという事は止められない。神隠しがあの日、あの場所、あのタイミングで起こる事はもう決まっているから。だから、悔いのないようにね」


「はい…!」


 俺の言葉が役に立つかは分からない。


 だけど、アンナさんならきっと。


「私からも一つだけいいですか?」


「リルさん…はい、お願いします」


「アンナさん、あなたのラウネさんを想う気持ちはきっと、きっと…ラウネさんに届くと思います。だから…伝えて下さい。楽しい時間を過ごして下さいね」


 そう言って、リルはアンナさんの手をぎゅっと握った。


 しばらく、握り続けた。


「んじゃあそろそろ。アンナさん、時の器を持って」


「はい」


「願うんだ。あの時にもう一度と」


 俺の言葉に、アンナさんは目を閉じた。


 程なくして、アンナさんはゆっくりとテーブルに上半身を預けた。



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