第一章 魂の器④
クレアルド雑貨店の朝は早くはない。
開店は朝の9時、店主である俺、クレアルド・ノーティスが店番をしている日もあることはあるが、基本的には店員のリル・アルナーレがカウンターに座っている事が多い。ていうかほぼほぼリルが座っている。
俺は何をしているかというと、寝ている。
大体12時くらいまでグッスリだ。最初の頃はリルも朝食を作ってくれていたが、諦めたのだろう、今となってはリビングにあるダイニングテーブルにパンが置かれているだけだ。
特にそれで問題はない。だって睡眠の方が大切だもの。睡眠最高。二度寝はもっと最高。
ただ、今日は別だ。
客がいる。月に5人くればいい方のお客様が。
でも…。
「リル、今日は臨時休業にしといて」
「もうしときましたよ。いつものことですから」
「そっか、ありがとう」
このやり取りも慣れたものだ。
この雑貨店をいつ始めたかとかはもう正直覚えていないけれど、幾つかある店のポリシーの内のひとつだ。
向き合う。
そして決めるのだ。
売るか、売らないのかを。
「さて、改めて挨拶しようか。俺はこの雑貨店の店主であるクレアルド・ノーティスという。俺の左に座っているのが、昨日から対応させてもらっている店員だな」
俺は軽く会釈をする。
「なんだかんだ昨日は名乗っていなかったですよね。リル・アルナーレといいます。昨日は楽しい時間をありがとうございました」
リルは席から立ちあがって挨拶をした。
リルなりの俺への立て方なのだろう。
昨日その雇い主をずぶ濡れにした同一人物とは思えない、正に雇われの鑑と言えよう。
俺たちは今2階のリビングにいる。木で出来たダイニングテーブルに左右に俺たち、向かいに彼女が座っていた。
「アンナといいます。こちらこそ楽しい時間と美味しいお食事に感謝しています。客室の寝心地はとても良いものでした」
彼女、アンナも立ち上がって礼をする。ただこちらは深々と。
その様子を見て、リルの接客態度がどうだったか分かるというものだ。
「リル、今月の給料上げといてやる」
「いえ、その必要はありませんよ。教えられた通りに行動しただけですから」
「そうか」
「はい。モンドカフェのデラックスパフェがいいです」
「またかよ。了解」
ふと、彼女…アンナを見る。
落ち着いた雰囲気の女性だ。茶色の髪色がそう思わせるのかもしれないが、先程の言葉を聞いたら決してそれだけではないと分かる。
心が落ち着いているのだ。何があっても動じないような雰囲気さえある。
何百年と生きているとそれはもう様々な経験をするものだ。
その培われて練り上げられた観察力には自信がある。
アンナは、平穏な女性だ。
「あの、すみません…ちょっと質問が…」
そのアンナが恐る恐る手を挙げる。
「はい、なんでしょう」
リルがそれに気兼ねなく対応する。昨日である程度以上の仲が確立されているようで何よりだ。
「店主さん…クレアルドさんって、もしかしてダークエルフですか…?」
アンナは、そう上目遣いで聞いてきた。
俺は何事もないようにそれに答える。
「うん、そうだよ。結構珍しいでしょ」
「はい、先の戦争で今や種族の危機に瀕していると学校で習いましたので…」
「そうだね。言い方がちょっと悪いかもしれないけれど、いわゆる絶滅危惧種ってやつだね」
ダークエルフとエルフの最たる違いは一目瞭然で、見た目である。
ダークエルフは銀髪に褐色の肌、エルフは金髪に透き通る白い肌。
ただ俺の場合は事情があって、どちらかといえば肌色に近い皮膚の色をしている。
尖った耳は隠していないし、銀髪も変わらずそのまま。だからこそアンナはダークエルフだと言い得たのだろう。
「エルフは長寿の種族。色々良い経験もしたし、勿論その逆も沢山したよ。もしかしたら、今生きている全てのエルフの中で、最も長く生きているのは俺かもしれない。その俺が言うんだから間違いない。アンナさん、あなたは良い人だ」
昨日、リルとアンナさんがどういった話をして、どう打ち明けていったのか。
それは既にリルから聞いてある。
俺が見たかった、体験したかったのは、今、目の前にいるアンナさんを俺自身が直感でどう思うかだ。
「ありがとうございます。しかし…」
アンナさんはお礼を言った後、少し俯いた。そして続ける。
「今日初めて会うただの人族の客を見て、そう簡単に信頼をおけるものでしょうか。私がクレアルドさんの立場だったらとても…」
そのまま俯いたまま、そう答えた。
「アンナさん、顔を上げて」
俺はそう促し、
「昨日さ、リルの対応ってどうだった?」
そう聞いた。
「あ、はい…そうですね…。正直に…言わせてもらうとするなら、なんて危ない対応をする人だろうって、そう…思いました」
「ですよねー」
リルが同意する。
「うん、一般的な感覚だったらそうだろうね。見た目が可愛くてスタイルが良くて、決して強そうでもない。耳も普段は隠れているからエルフかどうかも分からない。エルフだって分かれば襲おうとするバカはそこまで多くはないからね」
言わずもがな、魔法があるからだ。
「でも、だからこそリルはあなたにとってはこの接客がベストだと思ったんだよ」
はっと、アンナさんは何かに気付いたようにリルを見る。
「俺がリルに店番を任せている理由は、勿論うちの全ての業務に精通しているからもあるけれど、最大の理由はそこ」
俺は左に座っているリルを見る。
姿勢が良い。その凛とした佇まいは、この俺から見ても目を見張るものがある。
「リルの人を見る目ってやつを、俺はこの世界の何よりも信じているからさ」
そう、自分よりも。
自分より優れた能力を持っている相手が選んだ人なのだ。何を疑う事があろうか。
先程の俺の観察はその最終確認みたいなものだ。
「この前さ、ってか結構前だけど」
「ちょっと、それ強盗の話でしょう! 恥ずかしいから止めて下さいよ!」
途端にリルが立ち上がる。この話をしようとすると、リルはいつもこうなるのだ。
「まぁまぁ、良いから座れって。リルがさ、いつも通り店番してたんだよ。俺はその時2階にいて、店の扉が開いた音がしたわけ。ほら、うちの扉ってカランコロン鳴るじゃん。それで、お、珍しく客が来たな…なんて思ってた訳よ」
むぅ~と言いながら渋々着席するリル。
「はい、それでどうしたんですか?」
「そんでさ、こいつが普段ちゃんと接客出来ているか見にいこうと階段を下りてたのよ。そしたらさ」
「はい、そうしたら…?」
気持ち前のめりになって聞いているアンナさん。
ちょっとだけ目がキラキラしている気がする。
「急に、リルが『それ以上近づいたら燃やしますよ…!』って言ったのが聞こえたのよ。俺もう慌てて店内に突入したわけ」
「もぉ…この話何回するんですかぁ…」
先程までの凛としたリルはどこへやら、テーブルに突っ伏して耳を塞いでいる。
「急いで店内に来たけど、既に誰もいないのよ。パッと入口を見たらさ、店の外でリルが仁王立ちしているわけよ。2メートルくらの火球を浮かべてさ。それを見た5人くらいの男が尻もちついて震えてるわけ。俺は全てを悟ったね。あ、こいつら死んだって」
「殺してません! 2秒ほど全員の髪の毛を燃やしただけでしょう!」
「えぇ!? 燃やしたんですか!?」
アンナさんが心底驚いている。それはそうだ。昨日のリルの対応からは想像が付かないだろう。
「『それ以上近づいたら燃やす』って言っといてさ、別にあいつら近づいてないのに燃やしてんの。とんだバーサーカーだよ。そいつらはさ、相手の同情を誘って金目の物を盗んでいく有名な強盗でさ。ただ相手が悪かったね。リルだもん」
一目で見抜いちゃってんの。そう言って未だに突っ伏しているリルの頭を撫でた。
「という事は…つまり…」
アンナさんがうーうー言って撫でられるままのリルを見る。
「そう、リルがあなたを見てそう判断したっていう事は、そういう事だよ」
俺は撫でるのをやめ、リルに起きるよう促す。
うーうー言いながらも体を起こしたリルの顔は、火球みたいに真っ赤だった。
「そんな楽しい話までされたら…信じるしかありませんね」
うん、だからあなたは良い人なんだよ。
そう締めくくって終わりに出来たら、楽だっただろうに。
「そう、そんな良い人のあなただからこそ……アンナさん、あなたに魂の器は売れない」
こう伝えざるを得ないんだ。
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