第一章 魂の器③

「ご馳走様でした」


「はい、お粗末様でした。お口には合いましたか?」


 少し腫れぼったい目で、でも笑顔でご馳走様と言ってくれた彼女、アンナにこちらも笑顔で返す。


「はい、とても。あ、でも一つだけ」


「あら、何か嫌いなものでも入っていましたか?」


 雨は依然変わらず降り続いていた。一応軒下はあるが、彼女の魔導バイクを店内に入れておいた方が良いだろう。


 風も変わらず強いようだし。


「いえ、店員さんはエルフですよね? 今日の料理はとても美味しかったです。そしてお肉だったり様々な食材が使われていたので。私てっきりエルフは菜食主義なのかと」


 なるほど、確かに一般的な知識ではそうだろう。


「そうですね、実際その嗜好が多い種族である事も事実ですよ。かくいう私もそうでしたし」


「あら? そうすると何かきっかけが?」


「そうですね、でもそのお陰でこれ、ですよ」


 私は自分の胸元を強調する。

 一般的にエルフという種族は身体にに目立った起伏部のないスリムな体型が多い。


 それが菜食主義だからなのかは分からないしはっきりとした因果関係もないとは思うが、敢えてそう言っている。


「羨ましいです…。そうなると私がエルフって事になりますね」


 アンナは自分の胸元を見てはぁ、と溜息をつく。


「あははっ、では、ほいっ」


 指先を彼女に向ける。


 ぽんっと、アンナの耳が変化した。


「わっ、何を…うわ、尖ってる!」


「あはははっ、これで同族ですね!」


 尖った耳を触りながら感嘆している様子のアンナを見て、一緒にご飯を食べて良かったと思う。


 ほんの2~3時間前に会った。それも単に店員と客の間柄だ。


 普通は目当ての商品を買い、会計して帰っていく。それだけの関係だ。


 ただ一つだけ違うのは、ここはただの雑貨店ではない。


 クレアルド・ノーティスが営む雑貨店なのだ。



 21時30分が過ぎる頃。


 雨足は更に強くなり、もう土砂降りといってもいいくらいに激しさを増していた。


「雨つえーよこのやろー」


 口では悪態をつきつつ、だが足は軽やか。

 水たまりがあれば踏むし、虫が鳴いていれば真似をする。


 雨は嫌いではない。勿論降りすぎれば毒だが、基本的に雨は恵みをもたらしてくれる存在だ。


 俺は雨が嫌いではない。多少衣服が濡れる事も些細な事だ。


「強すぎだろこのやろー!」


 だが傘を忘れた。多少所ではなく、ビッショビショに濡れている。濡れ鼠ってやつだ。


「帰ったらまず風呂入ろう。リルのやつ沸かしてるよな…? あいつたまに『もう今日は帰ってこないと思ったー』とか抜かして風呂の栓を抜いてやがるからな…」


 もしそうだったら罰ゲームだ。お仕置きってやつだ。


「カギはっと」


 グッショグショのズボンの右ポケットに手を突っ込む。

 ビッショビショのカギがそこにはあった。


 カランコロン


「ふぅ、帰ったよっと。おーい! リルー! いるかー!?」


 このまま入っていっても良いが、店内が水浸しになってしまうので入口から動かずに叫ぶ。


「タオル持ってきてー! でっかいやつー! おーい!」


 店内は暖かく、そしてほのかに食欲をそそる良い匂いがする。

 先程まで食事をしていたのだろう。


「俺の分残してくれてるかね…」


 多分ねーよな…と、ドタドタと足音が聞こえてくる。


「クレアさん、お帰りなさい…と、あーあーこりゃまた…。はい、タオル」


 風呂上がりなのだろう、濡れた髪をタオルで巻いている。

 濡れレベルなら俺の方がダントツで勝ってるけど。


「ただいま、おぉ、ありがとう」


 タオルを受け取りガシガシと全体を拭く。

 …服は、どうしよう。体に引っ付いて脱ぎにくい事この上ない。


「もう、しょうがないですねぇ…。…ほいっ」


 リルが魔法をかけてくれた。服を濡れる前の元の状態に戻してくれたのだ。


「おぉ、ありがとう。さすがだね」


「いえいえ。それよりもクレアさん、お客さんが来てますよ。今は客室にいます」


 お客さんとは珍しい。20日振りくらいか。


「へぇ、よく辿り着いたもんだ。んで、何が欲しいって?」


「魂の器が欲しいそうです。理由はもう聞いてます」


 魂の器か…。


「なるほど。まぁ詳しくは明日だな。そう伝えといてくれ。俺は取り合えず風呂に入りたい。それにご飯も」


 服が乾いたといっても体はまだべとつくし、お腹は空いたし。

 今日はもう店仕舞いだな。


「はい、分かりました。あ、ご飯は残してあるのでそれを食べて下さいね。あと残り湯で悪いんですがお風呂も」


「おぉ、両方あった! 今日は抜かりないね、リルちゃん」


「ちゃん付けはやめろぃ!」


 そう言って奥にズンズンと進んでいくリル。先程の内容をお客さんに伝えに行くのだろう。

 と思ったら、急にリルが振り返って、


「……ほいっ」


 ビッシャアァァ


 俺を再び水浸しにしたのだった。


「……そんなちゃん付け嫌なの?」



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