第一章 魂の器②

「幼い頃に行方不明になった私の妹…ラウネに……ラウネの声がもう一度聞きたいと、そう思っています」


 しんと静まり返る空間に、アンナの声だけが続く。


「妹がいなくなったのは私が10歳の時です。4歳下の妹、ラウネと一緒に家の少し先にある原っぱで遊んでいました」


 私は相づちだけを返す。


「2人で花冠を作って、2人でお母さんが持たせてくれたお弁当を食べて、2人で走り回っていました」


 カタカタと窓が揺れた。風が強くなってきたのだろうか。


 そう言えば昨日から曇り模様だ。本格的に天気が悪くなっていたのかもしれない。


 雨、降らないといいな。


「夕方になりました。私はまだ元気に走り回っているラウネに、そろそろ帰ろう、と言いました。ラウネは笑顔でうんっと言って、こちらに走ってきました」


「…それで…?」


「…いつもみたいに手を繋いで帰ろうと、手を伸ばしたのをはっきりと覚えています。私もラウネも、手を繋いで歩くのが大好きだったから」


 窓の揺れが先程よりも強くなってきた。


 本格的に雨模様に変わるのかもしれない。


「ぱっと、目の前からラウネがいなくなりました。私は何が起きたのか分からず、しばらくポカンとしたのを覚えています」


 ぽつ、ぽつ、と何かを弾く音が聞こえる。


「はっと正気に戻り、私は大声で妹の名前を叫びました。

喉が枯れるまで叫んで探し回っても、ラウネはどこにもいませんでした」


「私が泣きながらうずくまっていると、帰ってこない事に心配したお母さんが来てくれました」


「お母さんは泣いている私に、どうしたの? 何があったの? ラウネはどうしたの? と聞いてきます」


「お母さんは、泣きながらただ首を振る私を優しく抱きしめてくれました。

ぽんぽんと背中を叩き、落ち着いて、アンナと」


 情景が浮かんでくるようだ。

 私はただ聞いていた。


 それがどういう事か知っているからだ。

 今も昔もそう、変わらない事だと知っているからだ。


「少しだけ落ち着いた私はお母さんに言いました。ラウネが急にいなくなったと。

手を繋いで帰ろうと手を伸ばしたら、急に目の前からいなくなったと」


「…お母さんはあなたのいう事を…信じたでしょう?」


 私はそう、ゆっくりと話しかけた。


「…はい、お父さんも。こんなおとぎ話みたいな話を両親共に。程なくしてからその事実を知りました。神隠しっていう事象があるんだって。両親が若い頃にも稀にあったことだって」


 そう、それは神隠しだ。


 タイミング、場所、時間、種族、何も因果関係は分からない。

 ただ、それが事象として起こるのだ。

 どうしようもない事だった。


 例えば今ここで目の前のアンナがぱっといなくなる事だってあり得るのだ。


「私たちは、ラウネがいつ帰って来ても迷わないように今もその場所で暮らしています。両親も同じ気持ちです。いつか帰ってくる、絶対にどこかで生きているんだって」


 ぽつ、ぽつ、とテーブルが何かを弾く。


「…雨、降ってきましたね。今日はどうやってここに?」


「…魔導バイクでここまで」


「そうですか。帰り道がぬかるんでこけたりでもしたら危ないから、今日は泊って行って下さい。明日は仕事は?」


 再び窓に目を向けると、窓に水滴がついては流れていた。


 横殴りの雨になっているのかも。


「休みを取っています。でも申し訳ないので…」


「いえ、この調子だと今日はもう雨はやまないでしょう? それに、あなたはお客様ですから」


 どうも雨脚が強くなりそうだ。

 この状態で退店させるのは当店のポリシーに違反する。


「今日はお話を聞かせてくれてありがとうございました。さて、丁度良い時間になりましたので、ご飯でも一緒にどうですか?」


「…ありがとうございます…いただきます……」


「いえいえ。ではパパーッと作ってくるので、ゆっくりしてて下さいね。その間にご両親に連絡を。それで、良かったらこれを」


 私はそう言うと、彼女の目の前に手のひらを差し出した。


 ポンっと、ハンカチが現れた。


 全体的に薄い水色で、四角に綺麗に折りたたまれたその端には可愛い花冠の刺繍がされてある。


「わっ…、ま、魔法…!?」


「私って一応エルフなので。さ、洗濯済ですから遠慮なく受け取って下さい。雨、止むといいですね」


 おずおずとハンカチを受け取った彼女にニッコリと笑いかけて、私はその場を後にした。


「雨…か…、ビックリしたら止まるって本当なのね…」


 外はまだ雨が降っている。


 当分、止みそうになかった。

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