第一章 魂の器①

 ここ、クレセリア大陸には多くの種族がいるが、その最たる種族が人族だ。


 ただ人族だけがこの世界を支配しているかと言われれば、決してそういう訳ではない。


 亜人と括られる種族がいる。

 亜人は基本的に様々な動物の得能を宿した種族だ。

 人族の見た目と、各動物それぞれに則った得能。


 例えば猫人族。


 頭に猫の耳があり、細長い尻尾がある。

 かといって人間の耳がないかと言われればそうでもない。

 変な言い方ではあるが、人間の体にそれらがオプションで付いている、という捉え方でも良いだろう。


 それに加えて、猫特有の俊敏さ、気紛れさを併せ持つ。


 他にも多種多様な亜人がいるが、エルフもその1人だ。


「あぁ…そうなのですね。髪で隠れているので気付かずに。女性に年齢を言わせてしまうなんて」


 先程来店されたどこか影のある女性は、そう言って頭を下げた。


「いえいえ、お気になさらずに。それに、エルフでの200歳はまだまだピチピチですから」


 証明の為に髪を耳に掛けて微笑む。


 そこにはエルフである証、尖った耳があった。


「良ければ、あなたの事情を聞かせてもらえますか?」


 ふと、壁に目をやる。


 18時32分。


 カウンターに私、入口に女性。

 私はカウンターから出て、奥にあるテーブル席へと案内した。


 後をついてくる女性は棚にある数多の商品には目もくれず、ただ私の背中だけを見ている。


 視線を感じる。


 エルフとは自然と共に生きる種族。空間把握能力は全種族でもトップクラスに高いのだ。


「こちらに座って下さい。お時間が大丈夫ならハーブティーでも飲みますか?」


 促されるままに椅子に腰かけた女性は、ありがたくいただきます、と頭を下げた。


 私は小さく頷き、来客用カップにお手製のハーブティーを注ぐ。


 途端に香りが周囲を包む。


 まるで森の中にいるような感覚に囚われた女性は、ほぅ、と息をついて思わず肩の力が抜けた。


「どうぞ。代金などは勿論頂きませんので、まずはゆっくり寛いで下さい」


 私は笑顔でそう告げる。まずはリラックスして、そういう意味合いを多分に込めて。


 女性はつられてゆっくりと笑い、カップに口を付けた。


「美味しい…」


「ありがとうございます。それね、私お手製のやつ!」


 つい口が軽くなってしまう。


 やはり自分が手掛けたものを褒めてもらう事ほど嬉しくなるものはないだろう。


「間違いなく今まで飲んだ中で1番美味しいです。これが飲める喫茶店はさぞ繁盛するでしょうね」


 女性はそう言ってゆっくりとカップを置く。先程よりも雰囲気が軽い。


「重ねてお礼を。全く繁盛していない雑貨店でそれが飲めるっていうのも皮肉な話です。やっぱり代金を貰おうかな?」


「このハーブティーにはそれ以上の価値がありますよ。店員さんの人柄までもが伝わってくる…そう感じてしまうほど」


「ここまでべた褒めされるとやっぱり代金は頂けませんね。あなたのその笑顔が貰えた事でチャラにしましょう」


 テーブル越しに笑いあう。


 先程まであった物憂げな雰囲気はなくなり、優しく暖かい空間に変わった。


「私の名前はアンナと言います。王立図書館で働いています。魂の器の存在はそこで知りました」


 クレセリア大陸を統一する聖クレセリア王国、その首都にある王立図書館。


 膨大な書物があり、勿論その中には歴史の書物もある。

 魂の器は先の戦争中に実際にあった。


 利用した者もいるだろう。


 ただ、5個しか作られなかった事はどの書物を読んでも書かれていないのだ。


 何故か?


 それは、5個しか作られなかったからに他ならない。


「なるほど、それなら納得です。王立図書館には魂の器の文献もある。それがどういったものなのかも載っている。…でも、それだけしか載っていなかったでしょう?」


「はい…。もしかしたらどこかのお店に売ってあるかと思い、暇を見つけては色々なお店を巡っているのですが…」


「どこにもない、ですよね」


「そうです。その存在すら知らないお店もありました。失礼を承知でを申し上げますと、こちらのお店にもないだろうと思っています」


 そりゃ世界で5個しかないんだもん。そこら辺のお店で見つかったらこっちが驚くよ。


 心の中でそう呟き、私はこう尋ねる。


「魂の器が欲しい理由、聞かせて頂いても?」


 彼女…アンナは、はい、と私の目を見据えて、こう言った。


「幼い頃に行方不明になった私の妹…ラウネに……ラウネの声がもう一度聞きたいと、そう思っています」

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