注文の少ない雑貨店

いらん世話

第一章 魂の器

今日も今日とて閑古鳥。鳴くのを止めるはお客の願い。

※話を追うごとに少しずつ繋がっていくような形をと思っていますので、どうか長い目で見て下さると幸いです。






 夕方、今日も閑古鳥が鳴いていた。


 誰も来ない店のカウンターで、壁に掛けている時計を見る。


 17時。

 月に5人程度しか利用客がいないこの雑貨店で、私、リルは今日もため息をつく。



「はぁ…暇だなぁ」



 後1時間もすれば閉店だ。


 どれだけ暇でもしっかり給料は発生するので文句はないが、こうも変わらない風景だと独り言も出るというものだ。


「掃除もしたし在庫チェックもした。お金も差異はゼロ」


 指折り数えて今日の業務を反芻していく。


「お客さんもゼロだから当然差異なんかある訳ないってのよ」



 肩肘ついてボソボソと。そこに顔まで乗せているのだから完璧だ。

 誰がどこから見てもやる気の欠片もないように見えるに違いない。


「まぁこっちとしては楽出来ていいんだけどさぁ」


 これだけ独り言を言えばさぞ時計も進んでいることだろう…そう願ってもう一度向こうに目を向ける。


 17時7分。


「よっしゃ! 7分も稼いだ!」


 存外ポジティブな年頃の女の子、それが私、リル・アルナーレだ。



 17時55分。


 そろそろ入口の鍵を閉めようか。

 そうリルが考えていた時に、カランコロンとベルが鳴った。


 ゆっくりとドアが開き、そして閉まる。


 1人の女性だ。


「いらっしゃいませ」


 18時で閉店なんですけど、とは決して言わない。


 開店後から閉店前、つまり9時から18時までに来店すれば何時間でもいても良い。


 この店の唯一のポリシーだ。


「あの、閉店間際にすいません…」


 どのくらいの年齢だろう、多分20代だと思う。

 落ち着いた茶色のセミロングの女性。


 開口一番に言う言葉が店舗と店員に対する配慮の言葉。

 それだけでこちらも自然と笑顔になるものだ。


「いえいえ、大丈夫ですよ。何かお探しですか?」


 女性は少しほっとした顔を見せ、


「ありがとうございます…。探しているものなんですが…」


 そしてすぐに悲しげな顔つきになった。


「魂の器っていう商品はありますか…?」



 魂の器。その品物が流行したのは今から200年くらい前の事だ。


 過去に何度か起きている東西の戦争。

 現状最も近くに起きた第5次東西戦争では、様々な生物が過去最大級に死んでいった。


 最たる例がドラゴンだろう。元々数が少ない希少種であることに加え、戦争に利用されそのほとんどが死んだ。


 東西を隔てる大きな大きな海を飛び越えるには、空を行くのが一番手っ取り早く、そして強いのだ。


 そして人間や亜人だ。

 東西合わせて総人口の3割がこの戦争で命を落としている。


 名高い戦士や騎士団長、誰かの妻や息子、考えるだけで怖気がたつ。


 膠着状態が増え、もしかしたらこの戦争も終わるかもしれない。


 もう何年もこの状態が続いている。両国共に家より墓石の数が上回っただろうこの地獄が、このまま終わってくれたら。国は違えど、それは力ない平民の総意だっただろう。


 そんな時、ある錬金術師が言った。


「死者の声が聞きたいのか?」


 皆口々に言った。


 聞きたい、と。


 もう一度話がしたい、と。


「それがどんな言葉でも?」


 どんな言葉でも良い!


 愛する夫の声を聞かせて!


「その結果どうなったとしても?」


 構わない!


 娘にもう一度会わせて!


 それならばと、悲しみに暮れる遺族の為にと、錬金術師はそれを作った。


 しかし、作った数は僅かに5個。


 錬金術師は言った。


「これは魂の器。これを手に取り、話をしたい死者の名前を言うがいい。その願いが本物だった時、それは叶うだろう」



「魂の器ですか…」


 私の返答の鈍さに、彼女はおおよそ察しがついたのだろう。


「やっぱりないですよね…」


「そもそも、その存在をどこで? 失礼に思うかもしれませんが、あなたみたいな若い女性がよくその名前を」


 そう伝えると、俯きがかった顔を上げて彼女は言った。


「店員さんの方がずっと若いでしょうに」


 少し微笑んだ彼女の顔を見て、私はこう伝える。


「あぁ、見た目だけですね。私、エルフなので。若く見えるかもしれませんが、多分200は超えたかと」






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