#18-2
「ここまでの話で気づいたかもしんねっすけど、及川匠は幼い頃から両親にネグレクトを受け、ずっと放置されて来たっす。それが原因かは解らないっすけど、助けてくれた相手や、その相手が大切に思っているものを異常に尊重する傾向にあるっす。工場を飛び出したのも、施設やそこに居た人達の事を馬鹿にされたからだし、工場を突然飛び出した時も、非礼を詫びて給料を置いていったりしているっす。つまり、及川匠と言う人間は『恩』と言う物に対して、善悪の区別無く、異常なまでの執着を見せる人間であると推測するっす。これが、私が辿り着いた及川匠の正体っす。莉子さん、ここまでの話の中で、何か思い当たる事は無いっすか? 及川匠は、莉子さんにとってどう言う存在でしたか?」
圭の言葉に莉子は視線を宙に浮かべ、何かを思い出すような仕草をする。そして、何かに気づいたのか、急に怯えたような表情を浮かべた。
「俺さ、親父が仕事で忙しい時期とか、俺がまだ小さい頃とか、結構匠に遊び相手になって貰ってたんだ。当時から、親父には秘書が常に3~4人居てな。匠は親父のプライベートの予定を管理する担当だったし、退屈な時は匠と遊べって、親父も公認だった。俺は匠と沢山遊んだし、優しい匠の事が大好きだった。でも、時間が経つにつれ、俺も大人になったし、匠も責任ある仕事を親父に任されるようになったりしたりで、一緒にいる時間は少なくなっていった。でも、相談事とかは良くしてたんだ。桃慈の事とか、桜の事とかも当然。それで、桜と桃慈が付き合って、全然平気だと思ってたのに、学校で、ふっと二人が仲良くしてるのを見て、本当に胸が張り裂けそうになって、それを、匠に相談しちまった事があった。悔しさと寂しさで癇癪起こして、泣きながら、あんな奴ら、死ねばいいんだって言っちまった事があったんだ。そしたら、桜達が飛び降りる何日か前に、一枚のDVDと、一冊のノートが、俺の部屋の机の上に置いてあった。ノートの横には、匠の字で、莉子お嬢様へって書いてあったんだ。ノートの中には、桜に対するいじめの内容がびっしり書いてあって……、DVDには、桜がいじめられてる様子が映ってて……。俺は怖くなって、すぐにそれを捨てたんだ。……それがまさか、こんな事になってるなんて」
「莉子さん」
怯える莉子に、圭は強めに声を掛けた。
「泣き言恨み言、愚痴や弱音を誰かに聞いて貰いたい気持ちは誰にだってあるっす。まさかそれを、相談した相手が実行するなんて思ってもみないっす。だから、莉子さんは何にも悪く無いっす。莉子さんが責任を負う必要は無いっす。莉子さんは、誰でもするような普通の事をしただけっす。桃慈君には酷な話かもしれないっすけど、私はそう思うっす」
莉子は圭の言葉を聞き、奥歯を噛んで、震えていた声を無理やり押さえつけた。
「いや、責任の一端は確かに俺にある。何年も一緒にいたのに、匠の異常性に気づけなかった俺の所為で、桜は死んで、桃慈は大怪我をした。俺は、一生かけてこの罪を償うべきだと思う。そして、あいつをこのまま放置してちゃいけねぇ」
「ああ、その通りだ。莉子嬢、及川匠と面会したいんだが、どうしたらいい?」
「正直俺は、親父の仕事の事は何も分からねぇ。だけど、匠は今でも親父の秘書だ。何とかしてみる」
「待って下さいっす。ぐっさん、実は及川匠に関して、既にネタを仕入れてあるっす。今夜、ちょっと付き合ってもらえないっすか?」
「ろくでもない情報じゃないだろうなぁ」
「前から思ってたっすけど、ぐっさんって基本私の事信用して無いっすよね?」
「……なぁ莉子」
不意に、桃慈が莉子の名前を呼んだ。
「どうした?」
「俺、桜を助けたかったんだ。本当の、本当に……。なぁ莉子。ごめんな。俺が弱いせいで、桜を、死なせちまった……。違う、俺が、桜を殺したんだ。最後、桜の背中を押したのは俺なんだ。俺が、桜を殺した。俺が、桜を、殺しちまった……」
訥々と呟く桃慈の懺悔を、誰が止められるだろう。
莉子は桃慈の手を握り、何か言葉を言おうとして、結局何も言えずに、ただただ悔しそうに、嗚咽を漏らした。
大樹は圭の肩をそっと叩き、圭も頷きを返した。そしてそのまま病室を後にし、莉子と桃慈、二人の時間を作ってやる事にした。
時を経て、同じ女性を愛した二人。どれだけ責任転嫁をしても、加害者意識が消える事は無いだろう。そして、どれだけ悔やんでも、愛しい人はもう戻っては来ない。
圭が後ろ手にドアを閉めた直後、
「チクショウ!! くそったれが!!」
と言う、莉子の咆哮が聞こえ、圭も大樹も、居た堪れない気持ちになった。
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