#13-2

『菱川さん、大丈夫? 立てる? 歩ける? 大丈夫だよ、一緒に保健室に行こうね』

「頭上から降り注ぐ優しい声に、俺は必死でしがみついた。保健室に運ばれた俺は、ベッドに座らされた」

『保健の先生、いないみたいだね。ちょっと探してくるね。菱川さんは、落ち着くまでここにいてね』

「保健室を出て行こうとする桜の背中を必死で掴んだ。自分でも、相当の無理をしてたのに気づいてなかったんだろうな。一人にされるのが、まるで世界から見捨てられるような怖さを感じたんだ。叫んだよ。行くんじゃねぇよ、俺を一人にすんじゃねぇ、ふざけんなこの野郎ってな。今まで普通の女の子だった同級生が、いきなりそんな風に叫んだら、普通は怖がるだろうな。でも桜は、ビビりながらも、俺の事を抱きしめてくれたんだ。背中を叩いて、頭を撫でながら言ってくれた」

『大丈夫、どこにも行かないよ』

「その優しい言葉と態度に、甘えた事を考えちまった。もしかしたら桜なら受け入れてくれるかもしれない、ってな。そう思って、俺は今まで自分が、普通を演じていた事を話しちまった。桜は、ただ静かに聞いてくれた。救われた気がした。その次の日、普通に登校した俺は、何事も無かったかのように演技を続けた。クラスの皆は、泣き叫んだ俺しか見ていない。だからか、やたらと心配の言葉を掛けてくれた。ギリギリセーフだったと感じるのと同時に、こいつらは演じている俺の事を心配しているんだと思うと、何だか空しくなった。俺は、昨日の様な本当の俺じゃなく、ちゃんとした女の子の状態で、桜にお礼を言いに行った」

『お礼なんていいのよ。それより、調子はどう?』

「桜は声を潜めて言ってくれた」

『今日も、無理してるんじゃない?』

「ああ、こいつだけが、俺の事を分かってくれている、そう思う事が出来た。俺は桜に、手紙を一通渡した。昨日の感謝とか、今まで俺が無理をしてきた理由とか、昨日桜にどんだけ救われたか、とにかく、どん引くくれぇのくそ重てぇ手紙だ。今考えてもぞっとする。俺はあの時あいつに、どんだけの負担を掛けたんだろうな。でも桜は次の日に、ちゃんと俺と同じように手紙をくれたんだ。辛い時は、自分の前でだけは本当の自分を出してもいいんじゃねぇのって言うような手紙だ。それから俺達の交流は始まった。手紙やメールを重ねて一気に仲良くなった。二人きりで会う時は、俺は本当の俺に戻って桜と接した。桜のお陰で中学校生活を生き延びる事が出来た。何度あいつの前で泣いたかわかんねぇし、桜はそんな俺を全部受け止めてくれた。俺達は仲良しで、親友で、秘密を共有し合う同志だった。一緒の高校に行く事も約束して、一緒に合格した。そして俺は段々、桜の前でも、本当の自分を偽る様になっちまった。自分の本当の気持ちに気づいた時、自分の生まれた意味に気づいた気さえした。俺は、桜に惚れちまっていたんだ。だから卒業式の後、俺は桜に告白をしようと思った。桜なら今までみてぇに受け止めてくれると思っていたから、当たり前のように、これからも二人の日々が続くもんだって、信じてた……。でも、違ったんだ……」

『莉子。気持ちは本当に嬉しいよ』

「あいつはあいつで、俺の為に、ずっと無理をしてくれてただけだったんだ」

『でも、ごめんなさい。その告白を、私は受けられない』

「桜は、俺なんかとは違って、本当にただの普通の女の子だった。ただただ、俺の為に、無理やり笑って、自分を捻じ曲げて、受け止めようとしてくれてただけだったんだ……」

『私ね、莉子がそうなんじゃ無いかって、ずっと思ってた』

「俺達は、どっちも、自分のキャパの小ささを理解して無かったんだ」

『でも言い出せなかった。言っちゃったら、莉子と離れ離れになっちゃう気がしてたから』

「今だったら分かるのになぁ。俺がどんだけ、桜に無理をさせちまってたのかが」

『でも、ごめんなさい。それだけは無理。私は、莉子とは違うの』

「教室でぶっ倒れた俺だったら、分かって当然だったはずだったのになぁ……」

『莉子とそうなる事は出来ないのかなって、私も、ずっとずっと考えてた。だけど、ごめんなさい。私は、そこまで莉子を受け止める事は出来ない』

「俺はどうしようも無くガキで、今までの恩も忘れて、受け止めてくれなかった桜にブチ切れちまったんだ……」

『でもね、そういう仲にはなれないけど、私は莉子の事大好きだよ? ねぇ、恋人にはなれないけど、今まで通りに、また一緒に仲良く……』

「ふざけんじゃねぇ! そうなんじゃ無いかってずっと思ってたって? じゃあ何だよ! 俺の気持ち知ってて、俺の想い知ってて、ずっと俺の事気持ち悪ぃって思ってたのかよ!」

『何言ってるの莉子! そんな訳ないじゃない!』

「じゃあなんで拒むんだよ! 今までの優しさも全部嘘だったのかよ!」

『そうじゃないよ! お願い莉子、聞いて!』

「うるせぇ! 嘘つき女の言う事なんて聞きたくねぇ! ずっと、ずっと騙しやがって! 人の心弄びやがって! ざけんな! ふざけんなよ! 最後まで責任取れねぇなら、最初から優しくすんじゃねぇよ! もうお前の顔も見たくねぇよ! さっさとどっかに消えちまえ!」

『莉子のバカ!』

「桜は、俺に一発ビンタをかました」

『そんな事言うなんてひどいよ!! 私だって、私だって辛いんだから!! もう知らない!!!』

「零れそうな涙を必死に堪えながら、そのまま逃げるように走っていった。俺は追いかける事もせず、その場で喚き散らした。それから、同じ高校には進学したけど、桜とは目も合わせてねぇ……」

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