#11

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「ったくお前は、黙ってろってあれ程言ったのに、余計な事しやがって」

「余計な事ってなんすか! あそこで言わなかったら、絶対にそのまんま校長に押し切られて終わりだったでしょうが!」

「だとしてもタイミングってもんがあんだろうが!」

「あのタイミングしか無かったでしょうって言ってんすよ!」

「すいません!」

 口喧嘩を交わしながら外へと向かおうとしていた二人を呼び止める声があった。

「あの……、校長室からの声が漏れ聞こえて来たので、思わずお声をかけてしまいました。お二人は、今回の水原さんと門倉君の投身自殺の捜査に当たっている刑事さんとお見受けしておりますが、お間違いありませんでしょうか?」

「はい、その通りですけれども。失礼ですが、貴方は?」

「申し遅れました。私、当八津ヶ崎高校で、非常勤のスクールカウンセラーを行っております、斉藤岬と申します」

 岬は二人に対し、深々と頭を下げた。

「もし、お時間があるようでしたら、お二人とも、こちらへ来て頂けませんでしょうか? 内密に、お話ししたい事があります」

 二人の返事を聞かずに、岬は歩き始める。大樹と圭はお互いに目配せをし、頷きあった。

 岬に声を掛けられ、着いて行った先は、保健室だった。

 扉を開くと、暫く嗅ぐことの無かった懐かしい消毒薬の匂いに心が落ち着く気がする。

 岬はしっかりと保健室の鍵を閉め、窓のカーテンをしっかりと閉めた。そしてカーテンを閉じたベッドの中に、二人を招く。

「どうぞこちらへ」

「随分と用心深いですね」

 圭が大樹に耳打ちをする。

「何か、エロい事が始まりそうな予感っすね」

「バカ、何言ってんだ」

 二人はベッド周りのカーテンを捲り、ベッドの上へと乗る。岬の手の上には、セロテープでべたべたに貼り付けられた、一冊のノートが乗っていた。

「このノートは、一体何ですか?」

「その前に、順番に説明をさせて下さい。まず私は、スクールカウンセラーとして、秘密裏に、桜ちゃんからいじめの相談を受けていました」

「マジっすか!」

 圭の大声に岬が、しーっ、と人差し指を口の前に立てる。

「大声は控えて下さい。どこで聞かれているか分かりません」

「すいませんっす」

「このノートには、桜ちゃんがいじめを受けていた記録が克明に綴られています。トイレに入っていたら水を掛けられた。上履きをなくされた。お弁当をトイレにぶち巻かれて食べるよう強要された、外からはばれない位置に、ライターであぶった鉄で焼印を押された……」

 話を聞いている内に、大樹も圭も気分が悪くなって来るような、そんな内容だった。

「このノートは水原さんの手で記録されたものなんですか?」

「いえ、このノートを書いていたのは、門倉桃慈君です」

 岬の言葉に、二人が絶句する。

「脅されて、泣きながら記録をさせられたらしいです。だから、いじめの黒幕に渡す用とは別にもう一冊、全く同じ内容のノートを作りました。桜に何かがあった時は、このノートを然るべき所に提出して下さいと、水原さんとは別に、門倉君から頼まれました」

「すいません、頭が追いつかないので順番に整理をさせて下さい。斉藤先生は、黒幕と仰られましたが、それでは、彼女を苛めていた張本人は、一体誰なんですか?」

 岬は、首を横に振りました。

「桜ちゃんは、誰かを庇っていたのか、ここで密かにいじめの事を尋ねても、絶対にその相手の名前を言いませんでした。私はまずこの事を新橋先生に相談しました。二人の担任でしたから。彼女は真っ青な顔をしながら、ノートを読んでいました。その後、二人でこの事を校長に話しに行きました。そしたら校長は、『我が校にはいじめなんて存在しない』の一点張りで、私の手からこのノートを奪って、無理やりシュレッダーに流したのです。そしてこっそり耳打ちをしてきました。『この事は、君の胸だけに留めておきなさい』と。何故門倉君が先生では無く、外部の非常勤講師である私を頼ったのか、理由がその時に分かり、同時に深く後悔しました」

 ノートを握る岬の手が微かに震える。

「あまりに悔しかった私は、密かにそのごみを全部集めて、こっそり繋ぎなおし、元の通りのノートに復元しました」

「凄い執念っすね」

「校長は、この学校にいじめが存在すると言う事実をまずいと感じているのか。それとも学校的に、そのいじめに関与している人物が、明るみに出るとまずい人物なのか」

「桃慈君を脅していじめの内容を書かせる事が出来て、尚且つ、校長までをも使ってこの事実を隠蔽することの出来る人物。つまり、この学校に、娘が通っていると言う理由で多額の寄付を受けているが故に、その娘を無碍にする訳にはいかないと言う免罪符を存分に使う事の出来る人物。見えてきたっすね」

 圭はそこで、まるで名探偵でも気取るかの様に、ぺろりと唇を舌で舐めた。

「菱川莉子。間違いないでしょう」

「ナラ、先入観で物事を見るのはよく無いぞ」

「いや、これはもう先入観とかじゃなくて、9割9分確定っすよ」

「だとしてもだ、菱川莉子がもし先導していじめを行っていたとしても、ここは学校だぞ。これだけの人数がいる中、殆ど誰にも見つからずに、相手を自殺に追い込む程のいじめを一人で行っていたと言うのは無理があるだろう。頭のいい協力者、或いは、忠実な部下が必要だ」

「その条件を抑えている人物、両方知っているっす」

「誰だ?」

「協力者の方は恐らく及川匠、菱川雷太の秘書でもあり、莉子の幼い頃は教育係も勤めていた優秀な存在っす。彼の能力と、菱川雷太の権力があれば、小さな町のいじめ事件一つもみ消すのはたやすいっすよ」

「成程、計画などは彼が練っていたとしよう。もう一人の忠実な部下ってのは誰だ?」

「私が考えているのが合ってるのなら、恐らく、田村昌司っす」

「意外な名前が出てきたな。根拠は?」

「先日、彼と電話をした時に言ってたんすよ。莉子には恩義がある。あいつの為ならなんだってするって」

「田村家もまた、菱川家に恩義を感じている人間って事か。清濁併せ持つとは良く言ったが、権力ってのは恐ろしいねぇ」

「これ下手したら、代わりに犯人として名乗り出るまであるっすね」

「じゃあ門倉桃慈も、援助を打ち切られたら母親共々生活が滞ってしまうから、莉子に逆らえなかったって事なのか?」

「金の魔力は人を変えるっすからね」

「お前が言うと説得力が違うな」

「ぐっさんは私をどう言う目で見てるんすか」

「とにかく先生、こちらはお預かりさせて頂きます。貴重な証拠、ありがとうございました」

「いえ、どうか、桜ちゃんの意思を、尊厳を、守ってあげて下さい。よろしくお願いいたします」

 その時、三枝のポケットの携帯電話が震えた。

「はい、三枝……、え? 門倉桃慈が目を覚ました?」

「マジっすか! やりましたね! これで本人から話を聞ければ一発っすよ、早速行きましょう!」

「いや、待て。流石に集中治療室を出てすぐに面会なんて出来ないだろう。それよりも、俺に考えがある。少し、時を待とう」

 先程の圭同様に、今度は大樹が、ぺろりと自分の唇を舐めた。

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