#10
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「本日は、お忙しい中ありがとうございます。今回の事件を担当しております、三枝大樹と申します」
「部下の楢井崎圭っす!」
「いやいや、こちらこそ態々ご足労頂き恐縮です。ささ、どうぞお掛け下さい」
翌日の昼過ぎ、八津ヶ崎高校を訪れた大樹と圭を出迎えたのは、八津ヶ崎高校の校長、緒方次郎と、桜と桃慈の現在の担任、新橋早苗だった。
校長室に案内され、上質な椅子に腰を掛ける。メモ帳を片手に、大樹が早速校長に問いかけた。
「早速なのですが、今回の事件、八津ヶ崎高校では、どの様にお捉えですか?」
「いやぁ、実に痛ましい事件です。今後はこの様な事が起こらないように、生徒指導に力をいれていくつもりです。また先日の教師会議でも纏まった事ですが、これからはより一層、教師間での情報交換を綿密にして、生徒の危機に素早く対応していけるように、教師一人一人の意識改革を行っていきます」
「成程。校長自身は、今回の飛び降り事件について、どの様にお考えですか?」
「確かに若い時は、恋愛が自分の全てであると勘違いする事も多いでしょう。だが、それは彼らの思考がまだ未熟で幼い物であるからこそ起こってしまった、悲しい事件だと思っています。若い美空で自分の命に見切りをつける事程悲しい事はありません。我が校には、生徒の心の悩みにも寄り添えるように、不定期にですが、心理カウンセラーも待機させております。それでも悲しい事件は起こってしまった。誠に、心が痛いのと同時に、教育と言うものの難しさと無念さを感じておりますよ」
「お辛い所、誠に恐縮ですが、校長は今回の事件は、恋愛の末に起きた心中事件と考えている、と捉えてよろしいですか?」
「ええ、その通りです」
「昨今テレビ等のメディアでも報道されておりますが、水原桜さんの遺書より、いじめを苦にした自殺の線もあるのではないかと言われております。そちらはどの様にお考えですか?」
「ああ、いじめねぇ……。いやいや、勿論そちらの調査も第三者機関なども使って、詳しく調べてみたのですが、水原桜がいじめられていたと言う事実は、殆ど出ては来なかったのですよ。まぁせいぜいが、威勢のいい先輩に絡まれたり、部活の先輩に厳しく指導されたと言った程度。それらの細かい事をいじめと言っていてはキリがないですし、それこそそんな事でいちいち自殺をしていては、命がいくつあっても足りない。まぁ、高校生と言うのは多感な時期ですからな。些細な小競り合いやちょっとした嫌がらせも、いじめと表現してしまったのかもしれません」
「失礼ですが、水原桜さんのお母様からのお話によりますと、制服がびしょ濡れのまま帰ってきたり、泥だらけの上履きを洗ったりしている姿を目撃している、とお伺いしております」
「……それは、お母様ははっきりと、誰かに苛められていると、水原桜さんに言われた事なのですか?」
「いえ、お母様は、いじめられてるのではないかと桜さんに聞いた時は、そんな事は無いと、本人に否定されたと言っておりました」
「ほらやっぱり、大方突然の大雨に降られたり、部活の移動中に靴を花壇に落としてしまったとか、その程度の事でしょう」
「では、校長先生の見解では、今回の水原桜さん、及び門倉桃慈さんの飛び降り事件は、いじめが原因では無いとお考えなのですね?」
「無論、調査は継続します。ですが、我が八津ヶ崎高校にはいじめは存在しない。私は、そう考えております」
「……成程、承知いたしました」
「あの! いいっすかね?」
重苦しく収束に向かった空気を、元気に手を上げる事で圭が破りにかかった。
「新橋先生にもお話をお聞きしたいんですけど、いいっすかね?」
大樹が小声で圭に文句を言う。
「おい、ナラ! 黙ってる約束だろ」
「いいじゃないっすか、ちょっとだけっすから」
「ええ、ええ、何でもどうぞ。彼らの担任でしたからね。ただ、彼女は今年教師になったばかりの新任なので、その辺りお手柔らかに頼みますよ。ささ、新橋君」
「は、はい。よろしくお願いします」
教師と言う肩書きを背負っているとはとても思えない程の怯えたような態度に、大樹は心の奥底で密かに桜に同情した。この人には、頼れなかったのかもしれないな、と。
「水原さんと門倉君の普段の様子ってどんな感じだったんすか? 新橋先生の印象でいいんで、教えて欲しいっす」
「二人の、普段の様子ですか……、そうですね、水原さんは、とにかく活発で明るくて、でも必要以上に人を内側に入れない、何て言うんでしょう、無意識に壁を作っているような感じでしたね。誰に対しても明るく話しかけるし、話しかけられたらちゃんと返すのに、彼女の周りに常に誰かがいるって感じは、あんまり無かったです。ただ、それは門倉君も同じですね。彼は、なんて言うんでしょう、水原さんとは違い、最初から話しかけづらいオーラを出していると言う感じがしました。少し真面目すぎるきらいがありましたかね。堅物と言うか、朴訥と言うか、そんな感じでした。だからでしょうか、お二人がお付き合いをしていると聞いて、ああ、ピッタリの二人だなって思いました。きっとお互い、気取らずに話す事の出来る相手が、二人だけだったんでしょうね。それで、周囲に相談をする事もせず、思い詰めてしまったのかもしれません」
「成程成程、じゃあ、もう一つお聞きしてもいいっすか?」
「はい、なんでしょう?」
「担任の新橋先生から見て、菱川莉子さんって、どんな生徒さんっすか?」
「……え?」
早苗の瞳が一瞬大きく見開くのを、圭も大樹も見逃さなかった。
「菱川さん、ですか?」
「そうっす、同じく、担任を受け持ってますよね?」
「いや、それは、そうですけど」
「教えて下さいっす、先生にとって、菱川莉子さんってどんな生徒さんっすか? 出来れば、水原さんと門倉君との関係とかもあれば知りたいっす」
横から次郎が口を挟む。
「失礼! 彼女は今回の事件とは、何の関係も無いでしょう?」
「関係があるかどうかは、聞いてみないと分からないじゃないっすか。関係が無かったらそれはそれで良し、それでいいじゃないっすか?」
「いえ、あの、菱川さんは、優秀な生徒です。とてもとても人望も、ありますし……」
「さっき、水原桜さんは、誰かに話されたら積極的に返すし、自分からも話にいく、みたいな事をおっしゃってましたよね? それは、例えば菱川さんともそう言う関係だったんですかね?」
「わ、私は……」
早苗の呼吸が、徐々に浅く、早くなっていく。体も俯き加減になり、顔は段々と青白くなっていった。
「私は、何も知りません! 何も知らないんです!」
突然の早苗の大声に、場が静まり返る。
一呼吸置いて、次郎が有無を許さぬ言い方で発した。
「失礼。彼女は経験が浅い故、負担が大きすぎたようだ。今日の所は、ここまでにして貰えませんでしょうか?」
「でも!」
圭の言葉を、大樹が遮る。
「分かりました。お忙しい所、本当にありがとうございました。何か進展がありましたらご報告させて頂きます。お伺いしたい事がまた出来ましたら、後日、改めて、アポイントメントを取らせて頂きます」
「えぇ、よろしくお願いいたします」
圭を引っ張るようにして、立ち上がり、大樹達は校長室を後にした。
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