#5

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「どうも、水原桜の母親の、水原加奈でぇす。あ、この後仕事あるんでぇ、手短にお願いします」

 水原桜の家は、門倉家とは違い、どちらかと言えば雑然としていた。その部屋の印象は、そのまま彼らの母親の佇まいと直結し、圭はこっそりと、今回投身を図った二人の家庭環境の違いを推し量った。

「あたしぃ、仕事が忙しくってぇ、正直桜の事殆ど構ってやれてなかったんですよぉ。元々、子供にそんなに興味無かったしぃ、旦那の連れ子だったんすけどぉ、旦那が死んでからは、まぁ、お互い自由行動って感じですねぇ。だからぁ、自殺したって聞いた時、悲しくはあったけどぉ、そんなにショックじゃなかったりしてたんですよぉ。だからぶっちゃけぇ、あの子の事はよく分かりませんねぇ」

 母親の言葉を、大樹と圭は手帳にメモをしていく。念のため懐にも、ICレコーダーを潜ませていた。

「まぁでも、今回桜はいじめを苦にしての自殺で死んでくれたんでぇ、死んだ旦那がかけてた保険金が入ってくれた事でぇ、傷ついた心も何とか癒されましたけどねぇ。あたしぃ、自殺でも保険金出るなんて知らなかったんでぇ、マジでもうけもんでしたねぇ」

 加奈の唇の端が僅かにあがり、半笑いの形になるのを、大樹も圭も見逃さなかった。

「飛び降りる以前、娘さんに何か変わった事は無かったですか?」

「さぁ? そもそも会話なんて全然してないしぃ、戸籍上母親だぁっつっても、あたしあの子と6つしか離れてないんでぇ、ぶっちゃけ全然わかんないっすねぇ。でもでもぉ」

 加奈はそこで、雑然としたテーブルの後ろから、一冊のノートを取り出した。

「あいつの日記、鞄の中から引っ張り出しといたんです。これってぇ、重要な証拠ってやつっすよねぇ?」

「桜さんの日記ですか? それは貴重な、ありがとうございます」

「いや、いいんですよぉ? でもまぁこっちもぉ、可愛い可愛い娘の大事な日記なんでぇ、そのままお渡しするって訳にも行かないなぁって思ってはいるんすよねぇ?」

 雌狐のような嫌らしい笑みを広げながら、加奈はノートを団扇代わりに扇ぎだした。

 大樹の腸の温度が煮詰まる直前、横からすっと圭が前に行き、薄い茶封筒を加奈に手渡した。

「お母さんの心中、大変痛み入りますっす! ここは一つ、この辺りで、お気持ちを静めては頂けませんでしょうか?」

 大樹が圭を見るのと同時に、彼女もまた、大樹の顔を見つめていた。手で、下がれ下がれ、と彼に合図を送り、内臓の温度を下げさせる。

「えー? 別にそういう意味じゃなかったんだけどなぁ~、本当にいいんすか~?」

 満面の笑みを崩さず、加奈は半ば強引に圭の茶封筒を引っつかみ、恥も外聞も無く中身を確認する。ちらりと大樹が見た封筒からは、諭吉が二枚、苦々しい顔を並べていた。

「いやいや、お母様の心労なんて、それこそ大変な物っす。その位しかご用意できずにすみませんが、そのノート、こちらに頂く事は出来ないっすかね?」

「いやぁ、いいですよいいですよぉ。これが捜査の役に立てばぁ、あの子も浮かばれると思うんでぇ。是非是非ぃ、大切にお願いしまぁす」

 いけしゃあしゃあとのたまう母親に、形式的な挨拶と、また何か聞きたいことがあったら連絡をしますのでと、連絡先を交換し、二人は水原家を後にした。

 桜には悪いと思いつつ、一秒でも早く、大樹は外の空気が吸いたかった。

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