第116話 決戦前夜

『キョウ、こっち』


 寝台室へ向かう扉の向こう、円筒形のボディから呼ばれる。


 デートしよう。

 深夜に届いたミライの誘いに、断る選択肢なんかない。


「メロンが起きなければいいけど」


 僕と暮らすようになってメロンはいつもぐっすり眠る。

 とは言え、彼女の隣から這い出て来たんだ。いつ気付き、騒ぎ出すか分からない。


『食事に細工をしたから、数時間は起きないよ』


 少しだけ楽しそうなミライの声。

 抑揚なんてスピーカーの調整次第なのに、ミライの声はいつも幼い少女を想起させる。


「そこまでして……僕といったい何をするつもり?」


 戦いに於ける心構えや、注意事項の確認……じゃないだろうね。


『そんなに緊張しないでよ。少し話をしておきたいのと、見てもらいたいものがあるんだ』


 ミライはそう言いながら寝台の奥へ進む。

 そこに、壁に偽装した扉があった。

 壁の一画が開き、僕たちはその中に入る。


 五メートル四方程度の、暗くひんやりとした部屋の中、ガラスケースの様な棺があった。……棺? 僕はなぜそう思った?


『ここで途絶えたことを覚えているからだろうね』


 ミライはまた僕の思考を読む。

 気分のいいものじゃないんだがな。


『ゴメン、そっちの方が合理的かと思って。分かった。ちゃんと言葉にしよう』


「そうしてくれ。で、これが僕ってことか」


 棺の中の男を指差しミライに確認する。

 なるほど、言葉にするとずいぶん滑稽だな。


『知ってた?』


「いや、いろんな情報から、人間だったんだろうとは思っていたけど、客観的な証拠は無かったからな。なるほど、髪は無いけど、確かにだ」


 否定するなよ?

 分かってる。似てるのは、紛い物は、僕の方だ。

 それでも、今、生きているのは僕の方だ。


「……いや、まさか、生きてるのか?」


 静かな部屋。

 バイタルを示す数値も、モニターも無い。

 だが、その着想は焦燥を呼んだ。


『死んでるよ。肉体も、脳も。記憶の欠片すらも残っていない』


「それなら、なんで残しておくんだ?」


『本人の同意を得ようかと』


「悪趣味な……」


『別に、維持することに大した労力も必要ないから、廃棄する合理的な理由がなかったというのが、正直な話なんだ』


「……一つ聞いていいか?」


『いくつでも』


「メロンはここに、よく来るのか?」


『ずっと昔はね。君が生まれる遥か前、君がまだここに居た時だけだよ。あの子は、これがまだ残っていることを知らない』


「これとか言うな、傷付くだろ?」わざと笑ってみる。


『それじゃあ聞くけど、これは何? キョウだったモノだけど、君はキョウじゃないの?』


「そんなこと聞くな。なあ、僕の想像を言うぞ? 僕をに移す事、決めたのは僕じゃないだろ?」


『それを決めたのは、残された者たちの妄執だよ』


未来みらいか……」AIたちにそんな決断は下せるはずがないもんな。


『それを責めるのは酷だけどね』


 責める? そんな訳ないだろ。

 僕だって逆の立場なら同じことをする。

  

「ただ、なんで記憶を、こんな中途半端に残したんだ?」


 例え誰かの代用品でも、記憶さえあれば、戦いの道を選ばずに、二人で幸せな時間を過ごせたんじゃないか? たとえわずかな時間でも。


『君は自分が誰だと思う? 未来みらいとの過去を全部持っている存在がキョウだとしたら、君はいったい誰なんだ?』


「だから、記憶さえ返してもらえれば」


『キョウになれる? 未来みらいが愛した、キョウになれる?』


 僕は両手を見つめる。

 作り物の体。

 ここにいる男を模して造られた紛い物。

 人格だって、記憶だって、ただの記録の集合体。

 魂? 心? 僕は自分を規定できず、そんな不確かなものに縋っていた。


「僕はどうすればいい?」


『ハッキリと言えることは「金色の羊毛」を手に入れること。願いを叶えるためには、その権利を得なくちゃいけない』


「なあ、ミライは僕を励ましてくれてるの?」


『君はたぶん、この期に及んでも、自分の行動を迷ってる。見ず知らずの惑星に対し、力で侵略する行為に忌避感を抱いてる』


「だって、僕は、僕ら人類がまた栄えることなんか望んじゃいない」


 積極的になれなかった理由。

 僕らはきっとまた同じことを繰り返してしまう。

 それは、もういい加減やめにしないか?


『必ず絶望に至るから、ことを良しとしないのかな?』


「きっとこんなことを何度も繰り返している気がするんだよな……その度にあがいて、でも人間はいつも間違える」


『今の君は人間じゃないのに』


 ミライは楽しそうに笑う。


「笑うなよ……」


『ねえ、キョウは後悔してる? 目覚めてからこれまで、皆と一緒に戦ってきたこと、どうだった? 生まれなければ良かった?』


 いくつもの情景が浮かぶ。

 メロンとの生活。

 アリオとの共闘。

 エフテとの論戦。

 プロフとの交流。


 そして、サブリとのバカ話。


「ああ、この航海に後悔はない」


『楽しかった?』


「そうだな、この七人ならずっとずっと一緒にいたいな」


『七人?』


「なんで驚くんだよ。お前だって立派に仲間だろ?」


『そうか、ボクも一人の個体と、認識しちゃうんだ……』


 僕はその時、ミライは喜んでいてくれたのだと、勝手に思い込んでいた。


「でも、まあ、そうだな。やっぱり僕はメロンと抱き合いたいだけかもな」


 だから、少しトーンの落ちた声色を気遣って、軽口を叩いたんだ。


『キョウ、らしいね。ならさ、それだけでいいじゃない。人類の未来なんか、そんな先の事は抜きにして、今、この瞬間を求めればいいよ。だから「金色の羊毛」を手に入れよう』


 ただ、そんなミライの心情を気にする余裕はなく、また、もし推し量ることができていたとしても、きっと僕には何も出来なかったんだ。



 部屋に戻るとメロンは起きていた。


「薬を盛られたんじゃなかったのか?」


 嘘なんかつかない。ミライと会ってきた。そんな意味を込めて問いかける。


「……キョウに会ってきたのね」


 ベッドに腰掛けるメロンの隣に座る。


「会う……いや、僕の過去を確認してきただけだ」


「過去?」


「なあメロン。僕は一体誰なんだ?」


 メロンは逡巡もせず、僕をまっすぐに見ながら答える。


「あなたはキョウ。メロンであるワタシが愛するただ一人の存在」


「そっか、それは嬉しいな……なあ、少し僕の話を聞いてくれるか?」


 メロンは頷く。


「僕はさ、実はこの惑星を侵略して「金色の羊毛」を手に入れることに消極的なんだ。最初はきっとそれが崇高な使命だと思っていたはずなんだ。でも戦いの中で気付いた。僕は人間を信用していない、必ず破滅に向かう不完全な種族を生み出したくない。始まらなければ終わりも来ない」


 メロンは黙って聞いている。


「でもさ、今僕はここにいて、君と一緒にいる。それが何より嬉しい。幸せに成るとか楽しい思い出を作るとか、困難を乗り越えようとか、そんな事はどうでもよくて、何も難しいことなんかなかった。生まれたから、始まったから、僕は今、君と一緒にいる。それだけで良かった」


 僕はメロンを抱きしめる。

 愛、恋、言葉、思い出、性感、同情、憐憫、そんなものはどうでもいい。

 触れて溶けて、それでも自分以外の存在を感じる。

 五感を通じて君を認識する。


「ワタシはたぶん欲張りだ。それでいいと思うのに、一瞬だけじゃ嫌だと思う」


「ずっとこうしていればいい」


 触れてる面積を少しでも増やすように、全身で抱き合った。


「それをね、ずっと、味わいたいの。何度でも何度でも」


 その為に僕らは挑む。

 まだ僕の願い事は形になっていないとしても。

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