第117話 地下都市
「それではこれより作戦を開始します」
操縦室に響くエフテの声。
気負うでもなく、淡々と作戦開始を告げる。
「せっかくなんだから最終決戦とか言おうぜ」
アリオが苦笑する。
「いつも通りのわたしたちで行きましょ。プロフ、お願い」
「らじゃ」
気の抜けたプロフの応対と同時に、大穴に侵攻する。
直径500メートルはあるだろうか、全長100メートルのアルゴー号でも余裕で降下できる大きさだ。
『前回の記録だと、ここからはエイジスの大群だけで向かって、帰って来れたのはたったの二機。キョウと
「キョウは人間だったと、ここで明かす訳ね」
ミライの言葉にエフテが苦笑する。
『本人の面通しも済んで、承諾も得られたからね』
「承諾したつもりはないけど……まあ、客観的な事実としてそういうことらしい」
だからどうしたって話なんだけどな。
隣に座るメロンが僕の左手を握り締める。
顔を合わせ大丈夫だよと笑う。
『そっかぁ、あたしもさ過去の記録と統合して知ってたんだけどさ、なんとなく言っちゃいけないんだろうなぁって黙ってたんだよ』
「なんでキョウが人間だって、黙っておく必要があったんだ?」
ASATEのホッとしたような声色に訝しむアリオ。
「僕が僕の死に対してショックを受けるからなんだろ? 記憶を制限されていてそんな自覚も得られないけどな」
それ以外にもメロンに対する配慮ってのもあるんだろう。
でも、あそこで死んでいる男と愛し合っていたのは
『記憶は仕方ないでしょ、覚えていた場合、過去の敗戦はトラウマにしかならないし、君はメロンと二人で逃げ出すかもしれなかった。それに記憶は蓋をしてあるだけで、何かの拍子にこぼれ出る可能性もあった。だから念の為に、君が目覚めた後、メロンにはできるだけ事務的な対応を心掛けるように指示したんだ』
「確かになんとなく冷たい印象は感じたっけな。でも、客観的に見ても二人が想い合っているのは分かったぞ?」
ミライの説明にアリオが笑う。
「わたしたちは、いつか真実に辿り着くと思っていたの。
『正確にはメロンだよ』
エフテの解説に、ミライの平坦な声。
そりゃあそうか、僕との絆を築いたのは確かにメロンであって、ミライにしてみれば関係ない話だもんな。でも、そんな嫌そうに言わなくてもいいのに。
「エフテちゃんも、思い出していた?」
「んー、左腕を怪我して、寝台にいる時にね。ミライに教えてもらったの」
ゆっくりと降下するアルゴー号を操縦するプロフが問いかけ、エフテが答える。
『まあ、これで後顧の憂いはなくなったかな? みんな他に聞いておきたいことはない? 今ならまだ間に合うよ』
なあミライ、そんな悲しい声でそんなこと言うなよ。
「最後みたいな言い方はよせよ。帰ってきて、それからゆっくり話をしようよ」
「キョウに賛成だな。それに俺は昔の事より明日の事を話したい」
『あたしも賛成! みんな帰って来なかったらあたし一人で逃げるからね?』
「ASATEには主砲発射という大事な仕事があるでしょ? あ、でも無理だと思ったら逃げてね」
「サブリちゃんにも簡単に船を動かせるショートカットプログラム、組んでおいた」
「あ、あの!」メロンが大きな声を出す。
彼女の右手をギュッと握ると、僕を見て頷き、握り返しながら言葉を続ける。
「みんなのおかげでここまで来れました。始まりはずっと昔のことでしたが、なんとかここまで来れました。……あの、うまく言えないけど、ワタシ、キョウだけじゃなく、みんなとも、ちゃんと一緒に生きたい」
「あなたに蔑ろにされた覚えはないし、ちゃんと一緒にやってこれたでしょ? あなたとミライは最後までちゃんとやりきった」
メロンのたどたどしい言葉にエフテが答え、それに誰も異を唱えない。
『まだ最後じゃないけどね。そろそろ地下都市だよ』
ミライが苦笑しながら告げる。
正面モニターには船の下方が映る。
漆黒の大穴は、いつの間にか薄らとした光が浮かぶ。
「地下都市……」
『地上からここまでの深さが約2000メートル、ここから下は高さ1000メートル、直径5000メートルの地下空間だよ』
すでに空間の境目に差し掛かっている。
1000メートル下方には、自然物じゃない構造体が一面に広がる。
それが地下都市の由来なんだろう。
「先史文明があったのか?」
『それはなんとも、ちょうどここから2000メートルほどの位置に白い城が見えるでしょ? あそこに〝眠らずの竜〟が寝ている』
『寝てるの寝てないのどっちよ!』
「起きるまで寝てる。侵入者が訪れるまで……」
『プロフの言う通り。自動防衛プログラムみたいなものだよ。で、プロフ、後方へ移動。3000メートルほど離れた位置で着陸して』
「この位置で攻撃されないのか?」
『記録だと1000メートル以内が防衛範囲みたいだね』
200機のエイジスが全方位から突撃する映像が一瞬だけ浮かぶ。
「それにしても明るいな、壁が全部光っているのか」
アリオが大空間を見渡して呟く。
いつぞやの地下空間で、ヒカリゴケが発光するレベルじゃない。
真昼間というほどじゃないが、黄昏の夕暮れ前程度には明るい。
『過去のデータで聞いていた通りで安心したよ。なにせエイジスの視力に暗視能力はないからねぇ』
ASATEはホッとした声を出す。
これまでの戦いで夜間戦闘もあったが、EMPを放つ敵がいなかったため暗視装置に頼っていた。
今回の竜はEMP対策が大前提だから、肉眼戦闘が可能なのは大きい。
アルゴー号は、白亜の古城に船首を向けたまま、ゆっくり後進降下を続ける。
〝眠らずの竜〟はその姿を現さない。
「竜とやらはどこにいるんだ?」
アリオの疑問にメインモニターが城のズームを映す。
『この城の前に広場があるでしょ? で、この金色の小山が竜だよ』
200メートル四方はありそうな広場は、まさに庭園。
色とりどりの花が咲き誇り、その中央に10メートルほどの小山。
「あの城、ずいぶん古そうだけど誰が住んでいるの?」
『対人センサーに反応はないみたいだよ。昔も今も』
プロフの問いにミライが答える。
「あんな綺麗な場所が戦場になるとはな、罪深い話だ」
「僕ららしくていいよ。なにせ侵略者なんだから」
アリオの苦笑に笑顔で応える。
「着陸」プロフの声に各自、シートベルトを外し立ち上がる。
周囲は石造りの住居? 崩壊した廃墟にしか見えないな。
「最終確認。全員がエイジスに搭乗し、メロンとわたしのエイジスが地上から。アリオ、キョウ、プロフの三機はアルゴー号と共に上空へ。フライヤーユニット、グライダー、パラシュート、いずれの方法で指定時間に所定位置へ。ASATEは主砲のトリガーを。タイミングはあなたの判断に任せるわ」
『責任重大だね。でもやるよ、あたし』
「頼んだぞ、サブリ」アリオはASATEの顔にキスをする。
『アリオも頑張って』
「おう、お前のカラダ、ちゃんとオーダーしてくるぜ」
そんな微笑ましいやりとりが済んだ後、僕たちは動く。
ここまで多くの資材を投入し、エイジスも残機のみだ。
もう再戦はできないだろう。
勝っても負けても最後の戦いになる。
―――――
エイジスに乗りこむ。
思えばこいつは01号機だったんだろう。
前のキョウが乗っていた機体。
悪いな、メロンと同じく、別の存在に乗られてさ。
でもガマンしてくれ、お前のと僕の冒険も、もうすぐ終わる。
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