第118話 眠らずの竜
「メロン」
エイジスで近付き、開けたハッチの中にいるヘルメット姿に声をかける。
「キョウ、ちゃんと帰ってきてね」
「今度はフリキとオルギがあるからな、それにアルゴー号も前線だ。行く先は一つだけさ」
格納庫のモニターに映る古城を見つめる。
あそこに「金色の羊毛」がいる。
「じゃあ、またね」
僕とメロンはそれぞれのハッチを閉じ、エイジスの腕で軽い抱擁を済ませる。
「それじゃ、行きましょ」
エイジスを通じたエフテの声に皆は頷く。
―――――
メロンとエフテのエイジスを降ろし、アルゴー号は飛翔する。
EMPの照射範囲はおそらく500メートルくらいだろう。
そこに近付くまでに、竜は起きて、灼熱の火球を放つ。
僕らの装備は、対EMPフィールド発生装置を背に、左腕に耐熱シールド。右手に炸薬式の30連装ライフル。近接用の単分子ブレードだ。
プロフは武器を持たず、両腕に盾。
僕は標準装備以外に、フリキとオルギをお守り代わりに装備している。
僕らを乗せたアルゴー号は、高度100メートルほどを維持し、地上の二機に合わせゆっくりと前進する。
主砲のリニアガンは500メートル以内に接近してから発射する。
そこに至るまで、五機が持ちこたえられるか、船の防御フィールドがもつか、鍵になる。
『距離1200』
目的地の古城が、主砲の射線と重ならないように、迂回しつつ120°方向から近付く。
見下ろす視線の先、城前の広場、ゆっくりと竜が目覚める。
フラッシュバックの様に思い浮かぶ光景。
確実な勝利を得るため、稼働できる200機のエイジスで挑んだ戦い。
その一部始終の記憶が蘇ってくる。
どんな攻撃も跳ねかえす鱗。
それを突破しようと最接近しEMPを食らい、火球に墜とされる僚機。
なすすべもなかった。
だが、今度は、たった一撃。
前回の戦いで僕と
それを確実に破壊する一撃は、僕らの行先を照らす灯になる。
『距離1000』
ASATEの声が届く。
その直後、空間が歪んだような錯覚。
全ての電子アシストが途絶える。
同時に振動。
アルゴー号がEMPの影響を受ける!
くそ、射程距離が想定以上だ!
だが振動も一瞬だ。
対EMPフィールドは船の機能を取り戻す。
「一旦距離を取って上昇! 僕らは滑空で向かう。ASATE、EMPの照射は連続じゃない、間隙を縫って近づけ!」
地上にいる指揮官の代わりに僕が指示するけど、これも予定調和じゃない。
臨機応変は、たぶん僕が一番うまくできるはずだ。
アルゴー号は後進で距離を確保し、高度を上げる。
「アリオ、プロフ、墜とされるなよ!」
二人のエイジスが了解の合図で腕を上げ、エアジェットで空に飛び立つ。
「このまま一気に発射位置に行くぞ!!」
叫びながら躍り出る。
地上の二機も走る。
アルゴー号も増速し、上部の主砲が展開する。
EMPの連続照射が続き、明滅する電子機器を嫌い、全てのアシストを切る。
風を斬り、風に乗りながら竜に近付く。
それでも、早すぎてはだめだ。
地上の二機の走りに合わせ、旋回しながら距離を合わせる。
アルゴー号は照射を食らうたびにエアポケットに落ちたように降下し、立て直し上昇することを続ける。
そして火球が放たれる。
幸いなのは、発射管が竜の口一つ。
次弾までのタイムラグが一秒程度。
それでも耐熱盾以外の装甲に直撃すれば、一発で損壊するだろう。
基本は避ける。
ただ、僕らに届くはずの、そのほとんどをプロフが捌いてくれていた。
誰よりも最前線に留まり、翼と重心移動と四肢の振りで無理矢理な機動を行い、特化した専用の二つの盾で、致死の火球を弾き続けている。
プロフの位置が相対距離500メートルの位置。
全機が、そこを目指し、プロフが取りこぼした火球を避けながら進む。
ただ、アルゴー号はその巨体故に避けることはできない。
EMPでシステムがダウンするたび、直撃を受ける。
ASATEのいる操縦室は強固なフィールドで保護されているとはいえ、いつまでももたない。
でも、一瞬の射点まで辿り着ければ。
桜の花びらの頂点にプロフ。
右上にアリオ。
左上に僕。
右下にエフテ。
そして左下にメロンが辿り着く。
そのメロンのエイジスに火球が放たれる。
陣を構成する一画、一番弱いパーツを狙ったとばかりに。
「避けろ、メロン!」
だがメロンは避けなかった。
わずかに右に位置をずらしたのは、同乗するミライの反応だったのかもしれない。
盾ごと左腕が消失しただけで済んだ。
全機の位置が整った。
対EMPフィールドがその機能を発揮した。
五角形に形作られた相関関係がアルゴー号をEMPから守る。
刹那、主砲が放たれる。
実に10Km/sの超高速弾はプラズマ化した軌跡を残す。
その白熱の閃光の到達点、竜は健在だった。
巨大な尾で身を守った。
その尾も大半が消失していた。
一瞬の視覚で得られたそんな情報を吟味する時間はない。
すぐに竜の火球が放たれたからだ。
お返しとばかりに放たれた火球はアルゴー号への直撃コース。
その射線上にアリオのエイジスがいた。
いつでもASATEのいるアルゴー号を守る、そんな準備をしていなければ辿り着けていなかっただろう。
火球はアリオのエイジスを蒸発させた。
「この野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
長く響く雄叫びは、僕の乗るエイジスが出していた。
使用限界のある対EMPフィールドの機能が残るうちに、アイツを!!
ただ、直情過ぎる僕の目の前がオレンジ色に染まる。
放たれる火球より早く辿り着くつもりが、最短距離を辿る勝負は、僕の負けだ。
だが、被弾より先に、左側からものすごい衝撃を受ける。
僕に体当たりをしたプロフのエイジスは、僕を獲物として食い付いて来た火球の餌食になった。
近すぎて盾の耐久限界も越え、塵一つ残らず、プロフを構成していた要素は空に霧散した。
アリオとプロフが……。
今更ながらに冷めた思考が、僕を現実に呼び戻す。
僕の短慮が、またしても誰かを犠牲にして!
『キョウ、下がって!!』
アルゴー号から大音響の声。
それはプロフのものだった。
『勘違いしちゃダメ! 私もアリオも死んでない! まだ終わってない、だから今は逃げて!』
瞬間、強大なEMP攻撃。
空間すらも機能停止にするような濃密な電磁パルスにアルゴー号も一瞬止まる。
それでも、地表すれすれで息を吹き返した重力制御装置のおかげで損壊は免れた。
ホッとする間もない。
視界の端に、エフテと、メロンのエイジス。
先ほどの負傷で身動きの取れないメロンのエイジスを、エフテが支えている。
およそ300メートル先の広場の上で、重傷を負った竜が矛先を変える。
意志の欠片も感じさせない双眸は、刻まれた本能のままに抹消すべき闖入者を視界に収めていた。
全力で飛ぶ。
飛翔中にEMPでフライトユニットは大破し、緊急用のパラシュートを展開し二人、いや三人の元へ飛び込む。
メロンだけは、死んでも守る!
そんな想いをあざ笑うように、火球が地表を抉りながら迫る。
リニアガンの速度に比べれば実に遅い。
でも、二つのエイジスを屠るには十分な火力を保持している。
瞬間、エフテはダッシュで前へ出る。
エフテとメロンの間に辿り着いた僕の、延ばした指は彼女に届かず、彼女からの声だけが届く。
「キョウ、ミライを頼ん……」
言葉の途中で、火球を全て受け止め、その残響だけがエフテが存在した記憶となる。
「メロン、ごめん僕も」
傍らのエイジス02に声をかけ、顔を上げる。
僕らの頭上に大きな影が差していた。
〝眠らずの竜〟に向かってアルゴー号が直進する。
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