第111話 閑話(預り物)
「私も舐められたものね」
工作室に入るなり、小柄な制服の女性は呆れたような言葉を放つ。
「あれっ? 司令、どうしてこんな辺鄙なとこへ……ああ!」
キョウは女性の入室に驚いた後、しばし記憶を探り腑に落ちた。
「思い出してくれたようでなにより。まったくキーノは何をやっているのよ」
『お言葉ですが、つい数分前にもキョウには連絡し返事をもらっています』
室内のスピーカーに、怪訝そうな電子音声が響く。
「あのね、人間というのは空返事ってスキルを使いこなすのよ。言いました、返事ももらいました。でも結果はこの通り」
「いやあ、エイジス用の改善案をASATEと話し込んでて、司令を
「キョウが意図しなくても、
「え、と、あの、ワタシがキョウを捕まえておかなかったから、ごめんなさい」
司令と呼ばれた女性の後で駆け込んだ未来が慌てて弁解する。
「未来は悪くないぞ、で、そんなことよりなんです? この時期にこんなとこに」
「まったくあなたって人は……そうね、陣中見舞、いや旧交でも温めようかと思ったのよ。久しぶりに、三人で」
司令は先ほどまでと表情を変え、急に柔らかく、年相応の可愛らしい顔を浮かべる。
「指令……」
「少しだけその呼びはやめてよ」
「……カネシロ」
「まあいいわ。未来は、名前で呼んでね?」
「ヨウコちゃん」
「ふう、久しぶりにホッとできるなぁ」
カネシロヨウコは両手を伸ばした後に弛緩する。
「ホント、久しぶりだよね。侵攻準備で、それどころじゃなかったもん」
「カネシロも、いろいろと大変なんだろ? それにどうなんだ実際のところ」
「コルキスの話? 噂では聞いているでしょ? 我が船団の命運は、芳しくないわね」
カネシロはやれやれと他人事のように両手を振る。
「人払い、しようか?」
「この船に他に人なんかいないでしょ? AIたちに聞かせても問題ないわ」
「まあ、キーノたちも予想確率を出してくれて、成功確率が絶望的でも、別に無理やり出撃を止められるってこともないからな」
「彼らは判断までだからね。決断と行動の裁量は与えていない」
「ヨウコちゃん、ワタシたち勝てそうもないの?」
「……残念ながら。そんなこともあってね、今日はお別れに来たのよ」
司令はごく自然な顔であっさりと告げる。
「お別れって、縁起でもない……全滅するからか?」
「それは避けたいんだ。で提案なんだけど、二人はこの船で逃げちゃわない?」
「は?」「逃げる?」
「そ、幼馴染としての心情ももちろんあるけど、我々の種を残そうと考えた時、真っ先に二人が浮かんだんだ」
キョウと未来は思わず見つめ合い、すぐに指令に視線を戻す。
「だめだ」「いやだ。ヨウコちゃんも一緒に」
どちらも提案への否定だったが、その内容は違っていた。
「未来、ありがと。でもね、私だけはそれを選べないのよ」
「なんでだ? 船団の代表だからか」
「私たちの「金色の羊毛」の代表だから」
「……よく分からないんだが」
「いいのよ理由なんて。私が二人と行けないのは確定事項。それに、キョウは逃げる気もなさそうね」
「当たり前だろ? その為にここまで来たんだ。もうここしかない以上、どんなみじめな思いをしたって、この星に拘るさ」
「この星の生き物を皆殺しにするって知っていても?」
「愚問だよな。僕たちは生まれる際にだって数億の競争を勝ち抜いてきたんだ」
「へえ、知ってたの?」
「え、デザインされた遺伝子じゃないの?」
「未来は知らなかったみたいね。なんでテラの移民船団がこれだけしか残っていないか、気にならなかった?」
「自死を選ぶからって……」
「なんでそれを選ぶの?」
「なんでって、長く放浪の中を生きて、希望が持てないんでしょ?」
「未来はどう?」
「ワタシはまだ、若いから」
「死にたいとも、絶望も感じた事ない?」
「……うん。ワタシにはキョウもいるし」
「どんな状況でも道を探し希望を考えられる。それが決定的な違いなのよ。あのね、結論から言うと、あなたたちは人工受精じゃないの。キョウがどこで知ったかは知らないけれど」
「キーノが調べてくれたんだよ」
『私は、その、あまりにも規格外のキョウが、この船で問題を起こさないか、DNAを調べた結果、煩雑というか汎用性の高い遺伝子構造だったもので、色々と調査して』
「なるほどね。キョウの異色さがAIの知的探究心を刺激したわけね。それで、キーノ、この二人は正真正銘、試験管ベビーじゃないのだけど状況適応力はどのくらいかしら?」
『未知数です。思考の指向性の振れ幅が大きすぎて、予測値が計算できません。簡単に言うと、何を考えているか何をするかさっぱり分かりません』
「おいキーノ、人をアホの子みたいに言うな」
「でも、なんでワタシたちが?」
「管理下から逃れて、自然分娩を繰り返してきた一族の末裔。排除するのも面倒で何かの役に立つかもってくらいの感覚で放置されていたの。その結果、二人はここに生き残っている。多くの民が、絶望と忌避の中で自ら死を選んだのに、二人はここにいて、あの星を手に入れようとしている」
「皮肉な話だよな、完璧な人間を作り出そうと頑張ってきたのにさ、生き残るのは雑種の僕たちだとは」
「雑種? 違うわよ。たくさんの人間の記憶を背負ってるの。現存する人間はデザインされた画一化された遺伝子を持つ。不思議とそこに個性が生じるのだけど、根っこの部分は何も変わらない。気付いた時には手遅れだった」
「ワタシとキョウは、もしかして……」
「出自の話はもういいでしょ? あなたたちは特別で、特殊で、規格外なの。だからこそ、私たちの呪縛から解き放たれた存在として生き残ってほしいんだ」
「あのな、カネシロ。みんなが自死を選ぶのは遺伝子の責任じゃない。大地があって、青い空の下で暮らせば、みんな生きる気になるって。それは種の問題じゃなくて環境。あの星の上で、みんなで苦労しながら生きればさ、死にたいなんて思わなくなるさ」
「大気が我々にとっては毒みたいなものだけどね」
司令はどこまでも楽観的な男の言葉に呆れ、苦笑する。
「うん、ワタシも頑張るからさ、辛いけど「金色の羊毛」を手に入れて、みんなと一緒に楽しく暮らそう?」
「ふう、それなら仕方ないか。ねえキョウ、未来、私からプレゼントがあるの」
司令は肩に掛けたバッグから細長い袋を取り出す。
袋の端の紐を解き、口元をしゅるりと開ける。
「なんだこれ?」
それは二本の短刀。
「フリキとオルギっていう、まあお守り刀ってやつ。これを持っているとね、ちゃんと無事に帰って来れて、最後まで行けるのよ」
二人はそれぞれに短刀を受け取り、柄を持ち、鞘を滑らせる。
「おお」「きれい……」
「いらなくなったら、私に返して。それまで預かっていてね」
「おう、なんだかよく分からないけど、不思議と力が湧いてくる気がするな」
「ホントだね……でも、ワタシはちょっと怖いかな。ね、キョウ、これは二つともあなたが持っていてよ」
「あ? まあこのサイズだしな、エイジスに持たせるわけにはいかないし、未来に白兵戦なんてさせられないし、分かったよ」
「さて、これで私の仕事はお終い」
「何言ってんだよ、これからだろ。一緒に頑張ろうぜ!」
「……そうね、いつかまたどこかで」
司令の声は小さく誰にも届かず、三人は最後に拳を突きあわせた。
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