第112話 最後のピース
『あらためまして、ASATEです。えっと、辛気臭いな……』
『まったく、なまじ人とそっくりな機能を持つホムンクルス共は……』
「そうね、感傷に浸るなんて、あなたちに対する冒涜みたいなものだもんね」
『そうそう、涙が流せる幸せを感じてもらいたいものだよ』
エフテとミライのやり取りの最中、パンッと音がする。
見るとプロフが自分の両頬を叩いていた。
「私はまだ、痛いと思える……」
『だーかーらー、プロフは悲壮感を出し過ぎ! 当のあたしが気丈にしてるんだから、しっかりしてよ』
「ごめん……」
『謝らんでよろしい! ほら、男性陣も、そんな喪中みたいな顔をしない!』
洒落にならんわ。
「それで、あなたは本当にASATEでいいの?」
『うん。以前の記録と同期も済ませちゃったからね。それに、やっぱりサブリはあの豊満な肉体じゃなきゃ、名誉棄損で訴えられちゃう』
なるほど。名前は特別なものなのかもしれないな。
それに、やっぱり寂しいんだと思う。
それだけ、サブリという名前は、僕らにとって特別なんだ。
「分かったわ。これからよろしくね、ASATE」
『うん! これからは装備開発や裏方に専念して頑張るよ!』
「……そうか。なあ、サブリのエイジスはどうなるんだ」
『どうもこうも全損だよ。搭乗者もいないんだし』
未だ硬い表情のアリオとミライのやりとり。
そのミライの返答にアリオは少しムッとした感情を滲ませる。
「四機で、行けるのか?」
その感情を抑え質問を重ねる。
『確率の話を聞きたいのであれば、可能性は五機から生まれる。としか言えない。そうだよね、エフテ』
「……そこでわたしに振らないでよ」
「どういう事だ? なんでミライはエフテに聞く?」
「治療中にミライに聞いたのよ。AIだった時のわたしがそう計算したんだって」
訝しむアリオの視線に耐えかね、目線を落としエフテは答える。
「五機……」プロフも呟く。
僕の隣でメロンが僕の服の裾をキュッと掴む。
視線を送ると、僕を見上げ、何かを葛藤している。
「俺が二機以上の働きをすればいいんだろ?」
アリオが強い意志を感じさせる声を出す。
『必要なのは総力じゃないんだよ。うーん、まあいいか、固定概念を持たれるのは嫌だから黙っていたけど、前回の記録から〝眠らずの竜〟と戦う唯一の戦術として、エイジス五体の運用が必要なんだ』
「誰の立案なんだ?」思わず声が出る。
『エフテの前世、キーノって言う指揮型のAIだよ。前回の決戦で得られた情報を考慮して、五機のエイジスを五角形に配置、対EMPフィールドを展開し、アルゴー号の主砲を当てるんだ』
「対EMPフィールドだと?」知らないぞそんなもの。
『そうだよ。この274年の間に作られた。ちなみになんでヒュドラの時に出さなかったかと言うと、五秒程度しか防げないからなんだ。アリオのエイジスでも五秒じゃヒュドラを倒せなかったでしょ?』
「アイツには効くのか? アルゴー号の主砲ってのは?」
『〝眠らずの竜〟の防御力はとてつもない。計算結果として、最大速度10km/sほどの初速で撃ち出す砲撃が必要なんだ。それは炸薬じゃ果たせない』
「レールガンか? どこにそんなものが」
『創ったんだよ。あのね、274年もあれば大抵の事はできる。それだけ長い時間なんだよ?』
「想像もつかないな」
『だろうね……ま、いいや。それでこの主砲だけはEMPの影響を受ける訳にはいかない。けど、如何せん初速が速過ぎて、コントロールが定まらない。確実に当てるには、最接近する必要がある』
「その位置が竜のEMP範囲ってことか」
『そう。確実にEMPを防ぐため、五機のエイジスが必要なのはその為だ』
対EMP、つまり今の僕らが運用するエイジスを五機、等間隔に配置し最接近したアルゴー号から致死の一撃を当てる。
実にシンプルな作戦だ。
「その〝眠らずの竜〟の攻撃はEMPだけなのか?」
アリオの質問。
『まさか、エイジスの装甲すら破壊する灼熱の火球、両腕の爪、まあ、記録されているのはそんなとこ』
「それに、位置取りの問題もある」
プロフは空間把握に長けているから気付いたみたいだ。
『そうだね、アルゴー号の正面に、サクラの花びらみたいに展開するということは、二機は地上でいいとしても、残りの三機は、空中にいなくてはならない』
「シンプルな作戦なんだけどね、その条件に至るまでが絶望的な確率なのよ」
エフテは苦笑すらせず、真顔で呟く。
「五機のエイジス、空中に留まる、火球を躱し、アルゴー号も守る……なんとも、厳しい話だな」
アリオは思いのほか優しい顔でASATEを見つめる。
『対EMPの空中装備と火球対策、あたしがなんとかする!』
その想いに応えるようにASATEが機械の腕を上げて言う。
だが、簡単な話じゃないはずだ。
「どうやって? 時間制限もある中、やりました、出来ませんでしたじゃ済まないのよ?」
「エフテ! ……言い方、頼むよ」
一瞬大きな声を上げたアリオが、小さく笑ってエフテに請う。
『大丈夫だよ、アリオ。前の記録と同期したって言ったでしょ? 前回の決戦のデータをベースに、これまでの戦いのデータ、それとみんなの能力も加算して、あたしの本能が大丈夫って言ってる』
「本能って、あなた……」エフテが目を丸くする。
「サブリちゃんに任せる。お願いします」
プロフは腰を折ると、三つ編みが垂れ下がる。
『だからASATEだってば……でも、うん。任された!』
「となると、肝心な前提として、エイジスをどうするか」
アリオは悩むが、皆の中に打開策のイメージはあるんだろう。
言い出せないだけで。
『ボクが乗ろうか?』
「ミライじゃ上手く動かせないだろ」
だから、その提案に対してはすぐに異を唱える。
お前の気持ちは嬉しいけど、なんとかして四機でできる方法を考えよう。
「ワタシが乗ります」
「メロン!」
「エイジスはどうするの?」僕の声を無視してエフテが問いかける。
「人が乗れるエイジスが一機残っています。ワタシが乗っていた機体です」
「だからそれじゃEMPに対応できないだろ?」
メロンを思い遣ってというよりは、話にならないといったアリオの声に俯くメロン。
『ボクが同乗してアシストすれば行ける』
だめだ、その流れはダメだ。
皆を説得しなくちゃ、メロンやミライを戦場に出すなんて。
「メロンは最後の人間だろ! 万が一のことがあったらどうするんだよ!」
「キョウ、最後の戦いに勝てる可能性が、万に一つなの。勝った後の事を考えている余裕はないのよ」
「でも、だって、そうだからって!」
「キョウ」
メロンが正面から僕に抱き着く。
「ねえ、お願い。ワタシずっとここで待ってて、何もできないって辛かった。あなたが帰って来るまで心配で仕方なかった。だから、たとえ危険でも、あなたと一緒にいたい」
でも、だって。
「それにあなただって、ワタシと一緒に朽ちる事を選んでくれたでしょ?」
違う、あの時は選べなかった。
結果として、僕は君を一人で放り出してしまったんだ。
この長い長い旅路に繋がる、274年前に。
「俺が守る、くらいの事言えよ」
「まったくね」
「メロンをキョウが守ればいい。私はキョウを守るから」
『エイジス02号機か……いじり甲斐があるわね』
『メロン、ボクと一緒に』
皆の声を聞きながら、僕はメロンを抱きしめる。
このまま溶け合って一つになりたいと、思いながら。
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