第109話 サブリ
「そこんとこはさ、もう少しリミッターのレベルを上げてもいいんじゃないか?」
『あなたも物好きですね……リクエストは構いませんが、使用者の安全に関わる改造や調整はお断りしています』
「かー、固い! お前は固すぎる! そのボディが硬いからダメなんだ! そうだ解体して柔らかナイスバディに移植しよう」
『な、何をバカなことを』
「冗談はともかくさ、お前は僕の生存確率を上げる装備を整えるって使命があるだろ? だったら規約なんかに縛られず、僕のオーダーに応える方が崇高な行動だと思わないか?」
不思議な男だった。
自分が稼働してからいくつもの仕事をしてきたが、話しかけてきたり、提案をしてきたりといった人間は初めてだ。
修理し、使用者の練度に合わせて改造し、対象に合わせて装備を新造する。
そんな毎日の中に、彼の存在は変化を与え、その結果、パーソナリティが変化する。
『だいたいさー、キョウはなんで標準をうまく使おうとしないのよ。毎日、改造改造改造って、あたしの労働環境って劣悪なんだけど?』
人の文化を学び、模倣した軽口。
それは彼の笑顔と会話を増やすことにつながった。
だから、あたしは指示による仕事じゃない、彼のために働きたいと思った。
解体されても文句は言えないけれど、そんなことはどうでも良かった。
ある時、彼が食事をしながら現れた。
果実というのだろうか、赤く丸いそれを、丸かじりしながらいつものようにメンテを依頼してくる。
『それ、なに?』
「あ? ああこれか、この星のオリジナルフルーツ。いっぱい自生してたんで、もいで来たんだ」
『……採取や持ち込みは禁止だよね?』
食事という嗜好はあたしたちAIには理解できない未知の行為だ。
キーノやAUTO TOYなどは、甘いモノや魚? などに興味を示していたが、あたしにはよく分からなかった。
「堅い事言うなよ、検疫は済んでるし、持ち込まないとフードコンソールに登録できないだろ? これで八種類目なんだ。船で合成したヤツの味は、正直なところいまいちなんだけどな」
彼は悪びれもせず嬉しそうに笑う。
だからだろうか、あたしは彼の言うフルーツを食べてみたいと思った。
長く、激しい戦いの果て、皮肉なことにルールを逸脱し続けた彼らと、彼に影響を受けたAIたちと、彼の船だけが生き残った。
いや、その彼も肉体の死を迎えるそうだ。
肉体の死、とはなんだろう。
あたし自身、起動してから長い時間を存在し続けてきた。
ボディの耐用年数が過ぎたり、破損したりすれば新しいボディに換装し、環境や状況に合わせカスタムしてきた。
思考力も計算力も都度改善され、持てる能力を使い続けてきた。
でも、そうか。
もし二度と新しい体が手に入らないとすれば、この自我の入れ物が無くなってしまえば、それが死というものか。
自我?
あたしはいつからそんなものを認識しているのだろう。
『サブリーーー!!!』
誰かがあたしの名を呼んでいる。
サブリ、それがあたしの存在を表す識別名。
同時にASATEという呼称も思い出す。
―――――
「本能の赴くまま」
『それが分かんないって言ってんの! そう思うからこうやって交流を重ねて、口調だって模倣してんのに、なによ本能って、知らないわよそんなの!』
「いっそ人間になって戦場に身を置いてみりゃいいじゃん。考えてる暇なんかなくて本能が養われるぞ?」
『いやよ戦いなんて。あたしはASATE(artificial support assistant Technical engineer)として矜持があるの』
「はいはい、その矜持とやらが活かせる時がくればいいな」
―――――
そんな彼との他愛ないやり取りを思い出す。
キョウ、戦場に身を置いてみたけどさ、やっぱりあたしには本能って奴が分からないよ。
本能の源泉は生き残る欲求。
死を死として認識できないあたしは、本当の意味で死を絶望と換言できない。
ボディが損なわれれば、新しいボディに乗り換えればいい。
そう。
ホムンクルスへの乗り換えだって、実はそれほど抵抗は無かった。
人が扱う武器を同じ立場で扱えること。
何より、彼が食べていたフルーツを食べられること。
その期待値に思考能力が占有される程度の出来事だった。
『あたしの改名? んーどうすかなーって、オトトイがプロフ、キーノがエフテ、アースがアホオだっけ』
『アリオだ! 貴様解体するぞ!』
『やーもう! やめてよ! ていうか選択肢が無いじゃん』
『あなたは一番ポジティブですからね、素直にメサブリオでいいじゃないですか』
『いや、それは可愛くないし、みんなだって少しずついじってるじゃん。決めた、サブリにする!』
そんなみんなとの他愛ないやりとりを思い出す。
同じ立場のみんな。
AIから、ホムンクルスへの移動に際し、全ての記憶を捨てて、彼と歩む。
それは悪くないけど、あたしは欲張りだった。
せっかく新しい人生を歩むのだ。
そこには必然というかバックボーンがあったほうがいい。
全員、記憶喪失からのスタートだとしても、過去から現在につながる設定は必要だ。
そうだな、あたしたちは移民船団の母艦の中、学校に通う学生で、研修メンバーに選ばれた六人。
アルゴー号は研修船で、その辺の惑星への着陸を果たすミッションの途中、なんらかの事故で、惑星コルキスに辿り着いてしまった! なんてね。
そもそも、あたしが人として生きてきたとしたら、どんな人生を送ってきたんだろう。
人はセントラルで自動的に生み出され、教育を施され、適正調査の結果で様々な任務に就く。
ならば、あたしの立場はエンジニアといったところか。
人間関係は、よく分からないし、どんな学生生活だったかなんて知らないけど、細かなところは忘れたことにすればいいや。
こんなのは雰囲気で十分。それだけで満足だ。
『サブリーーー!!………』
崩壊が始まる。
五感を司る感覚器が消滅を始める。
でも大丈夫。
あたしはまた船の中で復活する。
それが、今のあたし自身かどうか分からないけど、サブリとしての記憶を持って、ガレージに保管してあるASATEのボディで復活する。
あたしは、また……まだ、みんなと一緒にいられる。
……でも、なんだろう。この痛みは。
ホムンクルスのボディに付加されていた性感によって得られた快楽と、不思議な充足感を思い出し、それが損なわれることが、痛い?
アリオの温もりを、もう二度と感じられないことが痛い?
「いっそ人間になって戦場に身を置いてみりゃいいじゃん。考えてる暇なんかなくて本能が養われるぞ?」
キョウの言葉を思い出す。
人間を模した体の喪失に際し、本能を知ったとでもいうのだろうか。
温かく、柔らかく、心地よく、美味しく、香しく、逞しく……。
感覚器を通じ得られる情報。
体を重ね甘美と思える行為、あれが本能なんだろうか?
あたしは意識が消え去る瞬間に知覚する。
メロンがキョウの体に拘った理由を。
キョウがメロンの体に溺れた理由を。
人々がどうしてここまで生きながらえてきたか。
それはただの結果だった。
大事なのは明後日の事じゃない。
いまここに、あなたといっしょにいたい
あなたととけあいたい
そんなかんたんなことだった
このおもいが ねがわくば あたしにのこっていることを
いのってる
だから
もういちど
あ
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