第108話 連携の破綻
アルゴー号は、海の上を大きく回り込みながら海峡に近付く。
ちなみに電磁力推進システムを使用しているので、かなりの速度は出せるのだが、僕らが船上から攻撃できる速度を維持する。
『S04まで500』
適時入るミライの報告。
「プロフ大丈夫?」
エフテの声にプロフは反応しない。先ほどから苛烈に続く触手攻撃を防ぐのに手いっぱいだ。
S05は船と並びながら、相対距離20メートルほどを維持する。
接近し過ぎると、僕らの兵装でダメージを食らうと理解しているからか?
今はスピアガンもパイルバンカーも射程外だ。
「このまま! もう少し我慢してくれ」
アリオが船の先端から様子を伺う。
彼をS04の待つ場所へ送り届けたら、僕らはS05を引き連れて離脱し戦場を二つに分け、各個撃破を狙う。
「こいつら、遊んでる?」
僕の左横でサブリが呟く。
実際にはサブリのエイジスが発声していて、わずかな声量でも人口内耳が明瞭にその声を届けてくれる。
「本気じゃなさそう、船にも興味を示してない、プロフのギリギリを見極めてるみたいだな」
S04からは散発的な長距離火球攻撃。
S05の触手は4、5本程度、プロフが捌ききれる範囲内だが、奴にはまだ多くの触手が海上と海中に待機している。
「この位置関係だと挟撃されちゃわない?」
「二対一だと、どうあっても挟撃されるからしょうがないわね」
サブリの声に、エフテが返す。
こちらも時折、S05にスピアガンを撃つのだが、奴は機敏に避ける。
アリオを送り届けた後、どうやってコイツと戦う?
一応プランは考えてあるが、倒し切るためにはもう一工夫必要だろう。
『S04、距離200!』
S04からの火球も数が増える。
まともに直撃しても数発は耐えられるが、シミュレーターで練習を重ねた僕らは、まだ余裕を持って躱すことができている。
船のエネルギーフィールドの恩恵もあるが、直立したエイジスの胸部から上辺りはフィールドの範囲外で、当たればダメージを食らう。
向こうもそれを理解しているのか、船を狙う攻撃じゃない。
触手も僕らを押し出して海に落とそうとする動きに見える。
それでもS04に近づけば近づくほど、当たり前だが、火球の威力と速度と頻度は増す。
僕らは火球と、プロフが捌ききれなくなりつつある触手の二つに意識を集中させる。
状況に対し、非現実感を覚える。
どこか、他人事のように感じている自分がいる。
それだけ集中している証拠なのかもしれない。
誰も何も言わず、飛び交う火球と触手の風切り音だけが海上の騒乱を表す。
『S04、距離50!』
「うおおおおおおおぉぉぉぉ!」
いきなり船の後ろまで走るアリオ。
「ちょ、まだ早いってば!」
事前練習での跳躍距離は20メートル弱。
あいつが何をしようとしているか理解したサブリが声を上げる。
「援護、頼む!」
最後部まで走ったアリオがUターンして走る。
「ミライ増速! 水深に注意しつつ転回可能速度まで! プロフ前へ! キョウとサブリは触手を弾いて!」
察したエフテが方針を切り替える。
多少のリスクは覚悟の上か。
S04の火球がまっすぐに撃ち出され、前方に駆けこんだプロフが盾で弾く。
僕は助走するアリオを横目にS05に対峙するが、増速したアルゴー号に離され、すぐに触手は飛んでこない。
スピアガンを左手に、腰の後ろからエイジス用の短刀を構える。
刃先までの拡張したあの感覚は得られない。
それでも、振った感触は悪くない。
ヒュッ、っと海中からジャブの様な触手。
刀を振り、輪切りにする。
単分子ブレードの斬れ味は悪くないが、飽和攻撃には手数が足らない。
エイジス用の短刀は、一つしか用意できなかったからな。
「アリオ!」
サブリの声と共にスピアガンによる援護射撃音が続き、あいつが飛んだことを理解する。
そっちを見てる余裕は無いが、放物線を描くエイジス03が、スキュラの待つ足場に辿り着く予感があった。
『旋回!』
ミライの声の前から船が大きく旋回する。
慣性制御中だが、風圧は受けるため足を踏ん張る。
アリオを送り届ければ長居は無用だ。
とは言え、S05がどう動くかで状況は変化する。
「S05、こっち来る!」
「プランAそのまま! 速度合わせて、対応する」
サブリの声にエフテの指示。
チラリと海峡を見ると、アリオとスキュラが接近戦を始めていた。
アリオは無事に辿り着けた。
S05もこっちに来る。
戦況は第二段階だ。
『お尻、狙われてる! 回頭してS05に正対して後進するよ』
アルゴー号の防御力は正面が最も強い。
弱点である後部、ベクターノズルなどを晒しておく必要はない。
船は滑るように回頭しながら、僕らは前方へ集まる。
アリオの戦場も、見える。
「大丈夫かな……」
「サブリ、今はこっちに集中して!」
「来るよ!」
限度無しの触手攻撃が始まる。
一度に数十本。
本気になったってことかよ。
ただ、プロフもただ者じゃない。
回頭後停止したアルゴー号の上、重力制御で不動の大地となった船上の戦場で、自在に動くプロフのエイジス。
今までは腕だけだったが、そこに機動力を加え、彼女の防御範囲は格段に広がる。
僕らは打ち合わせ通り距離を取って三体並び、プロフの動きに合わせスピアガンを撃つ。
そしてその弾頭は特殊弾だ。
スピアはS05に着弾し破裂する。
これまで避けたり弾いていたスピアに対しわざと脅威を感じさせないようにしていたんだ。
それが牙を剥く。
近接信管で触れるだけで起爆。
弾頭は各50発しかないが、半分撃つ頃には奴の触手は防御一辺倒だ。
余裕が出てアリオの戦況を見る。
犬の背中に生えている女体は全高5メートルほど。
両腕の長い爪を振る。
それに対し、アリオは一振りの大刀で切り結んでいる。
10メートル四方も無い足場で、めまぐるしく動き続け、火球と拳銃も交わる。
「ミライ、後進しつつ旋回、アリオに向かって」
アリオは若干押されていた。
それをエフテも見て取ったのだろう。
本来であれば、S05を倒してから援護に向かいたいところだが、こちらの戦力をアリオに回す判断は妥当と思えた。
S05の触手はかなり潰している。このまま触手を破壊し尽せば、コイツの攻撃手段は終わるのだろうか?
「とどめ、刺しちゃおうよ!」
そう叫ぶサブリの声も分からなくもない。
早くアリオの加勢に回りたいんだろう。
伏せ撃ちの姿勢を解き、少し前に出る。
「サブリ、待ちなさい!」
エフテが叫ぶ。
サブリはプロフの横に移動し、スピアガンを連射する。
残弾を全てカリュブディスに叩き込む。
ヤツは全ての触手を防御に回す。
炸裂音が続き、海が泡立つ。
20本以上の特殊弾頭の爆発は、S05に多大なダメージを与えた。
それでも、焦るべきではなかったんだ。
爆発とヤツの苦悶の動きでかき回された海は荒れ、白泡が視界と聴覚を塞ぐ。
その騒乱の中、カリュブディスの放つ触手は、一矢を報いるというものだったのだろうか。
複数の飛来する触手を予見し、僕は走った。
「キョウっ!」
この攻撃は船を狙う、それは確信で、プロフの前に出た僕の目に映る触手の群れは、実際に船に向かって来る。
水の抵抗を嫌って、全て水上から飛来することだけが僥倖だ。
触手の先端は鋭利に変貌している。
硬度も上げているだろう。
エネルギーフィールドも貫く破壊の槍だ。
その全てを断つ!
「取りこぼしを捌け!」
いくつもの触手を斬り伏せながら叫ぶ。
それだけでプロフには通じる。
「位置が逆! 私が盾!」
通じてなかった。
プロフは強引に僕の前に出ようとする。
その一瞬、僕の迎撃と、プロフの防御に切れ目が生まれる。
触手の槍が、サブリに届く。
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