第107話 海上戦

「あなたたち徹夜でもしたの?」


 エイジスの前で出撃準備をしていると、エフテが呆れたように聞いてくる。


「いや、少し寝不足なだけ」


「決戦前に激しい戦いの痕」プロフうるさいぞ。


「大丈夫だ。さっさと倒してさっさと寝ればいいだけだ」


 アリオが昂ぶっている。

 徹夜明けのハイテンションってヤツか。

 それにしても緊張で眠れなかったのは事実だけど、アリオとあんなに話をしたのは初めてだったな。


「ホントに大丈夫?」


 メロンも心配そうだ。

 実際、起きて僕がいなかったことで大騒ぎだったからな。

 まさかアリオとの関係を邪推されるとは思わなかったが。


「お待たせっ!」


 工作室からサブリも飛び出してくる。


「おう、仕事は終わったのか?」


 アリオは包容力のありそうな余裕の対応。


「うん。追加装備、気になっちゃってつい作っちゃったよ」


 えへへと満面の笑みをアリオに向けるサブリは、恋する乙女というよりは、好きなことを自由にさせてもらってる喜びに満ちていた。


「今更何を作ったの? 子ども?」


「そーそーアリオにそっくりって、言わせないでよ!」


 ノリノリじゃないか。


「戦術に影響するから、新兵器とやらを説明してほしいのだけど」


「ほら、腕に着ける槍なんだけどさ、関節の強度がもたないって言ったでしょ? 良く考えたらボディの正中線に装備しておけば威力も連射回数も上げることができるじゃない?」


 ああ、それをアノ最中に思い付いたのか。

 見てみろよ、皆、赤面しているぞ?


『なになになんの話?』


「ミライはまだ知らなくていいのよ」


『えーボクだけ仲間はずれ?』


 いやお前は知らないまま純粋に育ってくれ。

 

「……威力はともかく、相手と密着する必要がありそうだけど?」


 プロフが頭を抱えながら呟く。


「だから奥の手! いざという時の必殺技! 首を斬らせて小指を断て、だっけ?」


 だから違うって、いい加減覚えろよ。


「まあ、せっかく作ってくれたんだ。後で俺のエイジスに取付けてくれよ」


 アリオは優しいなぁ。


「腰部前面アーマーと換装するだけだから、全機10分もかからないわよ!」


 ニッコリと笑うサブリ。


「どうやって起動するの?」


「対象に強く押し当てるの! 簡単でしょ」


 サブリの食い気味の答えに、プロフは聞くんじゃなかったと表情で表した。


「まあ、いいわ。まだ時間はあるからね。それじゃ準備して」


 エフテの号令に弛緩した空気が引き締まる。

 それでも、真剣な作戦前だからこそ、僕らはこんなバカげたやりとりが楽しいと思ったんだ。


―――──


 凪の海に浮かぶアルゴー号の上部に立つと、冒険途中の帆船で航海している気分になるな。

 エイジスの外装を通じて、流れる風を感じる。


『時速10ノット、海峡まで2000』


 ミライの声が聞こえる。

 センサーや通信機器といった電子機器はEMPを食らうまでは普通に使用する。

 使えなくなったら、個々で声を出し合う。

 ホムンクルスのボディを使うのと、何も変わらない。

 使用兵装も全てエイジスの手や指を介して作動させる。

 それらは訓練で、だいぶ慣れている。

 光学照準が使えないから、勘に頼る部分は大きいけどな。


 兵装は、左腕に付けたパイルバンカー。

 右腕に持つスピアガン。

 腰の後ろに短刀を模した実剣が一振り。

 腰の前面装甲部に、えっと、男根?


『違うよキョウ、ピストンスピア』だから思考を読むんじゃねーよミライ!


『慣れておくために、目と耳と口はエイジス経由に切り替えておきましょう』


 エフテの声に思念操作で三感の電子アシストをカットする。

 エイジスの眼球、内耳、声帯を使うわけだが、これもホムンクルスの操作と何も変わらない。

 自分の肉体がエイジスのそれに切り替わっただけだ。


「やっぱりこっちの方が自然でいいな」左前方からアリオの声。


「あーあーマイクテスマイクテス」左後方からサブリ。


「問題ない。いつでもオーケー」僕の前にプロフ。


「僕も異常なし」


「それじゃあ確認ね。このまま進行して左のスキュラの遠距離攻撃を躱しつつ接近。頃合いを見てアリオが足場に上陸し近接戦で倒す」


「おうよ!」スピアガンを掲げる。


「海中のカリュブディスは爆雷であぶり出し、まずはデータを取るわ。直接船を攻撃されると思うけど、エネルギーフィールドによる防御は海中にも効果がある。どこまでもつか分からないから危険水域に至る前に退却するからね。何よりも船の存続を最優先とします」


『みんな命綱は繋がってる? 戦闘中も確認しておいてね』


 ミライの声が船外スピーカーから聞こえる。

 僕は背中のラッチに取付けられたカラビナとワイヤーケーブルを手さぐりで確認しておく。


「それからプロフ。守りの要だからと言って無茶をしないように、船の上だけがあなたの動ける範囲だからね」


 エフテの指示にプロフは両手の盾を掲げる。

 彼女の装備だけが僕らと違い、特製の盾を両腕に持つ。

 刃物が仕込まれていたり、炸薬で盾の一部を飛ばす機構などが組み込まれているそうだ。

 それでも基本は防御、盾役。

 船はともかく、自分を含め五機のエイジスを守るのが機動性に優れた彼女の役目だ。


『距離1000、注意して』


「アリオ、爆雷投下」


「おうよ」


 エフテの指示でアリオのエイジスが巨大なランチャーを構える。

 海峡の右側、海中に潜む相手をあぶり出すためだ。

 バシュシュシュシュー! という噴射音を響かせ海面と平行に四発の円筒が飛行する。

 着水と同時に外装が外れ、中に搭載された各10個、計40個の水深起動式爆雷が沈んでいく。


「EMPは?」


『反応なし』エフテの質問にノータイムでミライが返す。


「EMPが効かないと悟ったかな?」


「どっちでも大丈夫さ」


「未知の攻撃とか進化されなきゃいいけど……」


 プロフが縁起でもない事を言う。


「進化ほどじゃないけど、対応は任せて! ヤバくなっても一旦引いて、あたしが新装備でなんとかするからさ」


 サブリはそれだけの自信と能力があるんだろう。

 初見殺しはともかく、一度見れば対応できると。


『起爆深度』


 ミライの声に合わせ、数十本の水柱と爆音、そして荒波が訪れる。

 慣性制御中のアルゴー号はほとんど影響を受けないが、水しぶきが跳ねる。


『S05、動き出した。こっちに来るよ』


 逃げる訳にはいかない。

 こちらもS04に向かう必要がある。


「前方警戒」エフテの声にプロフが盾を構える。


『海峡まで500、S05、方位30、距離100、浮上!』


 ミライの報告の途中、S05に大きな動き、海面が盛り上がり、そこに花が咲いた。

 緑色の醜悪な向日葵に見えた。


 円形のボディの周囲に複数の触手が持ち上がる。


「なんだ、植物か?」


「食虫植物みたい……」


「触手で捕まえて、食らうのかしら」


「いやらしいことするのかも!」サブリ、お前の発想がいやらしいわ。


『本体直径10メートル、触手本数多数、触手長10から20メートル、水棲動物なみの筋力と推定、捕まると潰されるかも、注意して!』


 ミライの声と同時にS04から火球が放たれる。

 三つの首が、リズムよく数十発ほど、広範囲に。


「砲台のS04、迎撃のS05ってことか」


 アリオが言いながら、高速飛来する火弾を躱す。

 同時に、触手が伸びてくる!

 プロフが飛び込み、直進してきた触手を弾く。


 あの触手、絡め取ろうとする動きじゃないな。


「海に落とされないように注意して」


 エフテの声は、まだ冷静だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る